明るい子

雨世界

1 あなたはとても遠い場所にいる。

 明るい子


 プロローグ


 あなたは私の憧れだった。


 本編


 あなたはとても遠い場所にいる。


 一つのベンチ


 そこには一つの真っ白なベンチがあった。たくさんの綺麗な花が咲いている大地の上にある、なんとか二人の人間が座れるような、小さなベンチ。(でも、すごく綺麗で魅力的なベンチだった)


 そんなベンチにあなたは一人で、ぽつんとなにをするでもなくて座っていた。

 白いワンピースの服を着て。白い帽子をかぶって、麦わらで編んだ靴をはいて、そんな小さな白いベンチに座っていた。


 そんなあなたのことを私がぼんやりと遠くから見ていると、やがてあなたは私の視線に気がついて、(気持ちのいい風が吹いたせいかもしれない)私を見て、にっこりと(いつものように)魅力的な笑顔で笑った。(笑ってくれた)


 それからあなたは私に遠くからなにかを言った。でも、その言葉は、私の耳に聞こえてくることはなかった。


 そこで、私は夢から目覚めた。


 その夢がどんな意味を持っているのか、考えてみる。でも私には、どうしてもその夢の意味が、あなたが言おうとした言葉がなんなのか、理解することができなかった。(それはとても悲しいことだと思った)


「桜庭さん。夢占いができるって本当?」

 にっこりと笑って教室の自分の席に座っている桜庭小糸の前に立って菊乃は言った。

「え? あ、はい。……一応、できます」

 緊張した声で小糸はいう。

 密かに心の中で憧れている菊乃に声をかけられて、小糸は自分の心臓がどきどきと高鳴っていることを感じた。


「私の見た夢。その夢がどんな意味を持つ夢なのか、桜庭さんに占ってもらってもいいかな?」菊乃はいう。

「はい。いいですけど……、じゃあ放課後の時間でいいですか?」ざわざわとする周囲の人たちの雰囲気を察して小糸はいう。(菊乃さんは美人で、勉強もできて、性格も明るくてみんなの人気者だった)

「もちろん。どうもありがとう、桜庭さん」にっこりと笑って菊乃は言った。


 小糸はその約束通りに放課後の時間に誰もいなくなった教室の中で菊乃と二人だけであった。(放課後の時間になるまで、小糸の心臓はずっとどきどきとしていた。本当に菊乃さんが約束の通りに来てくれるのか、ずっと心配だった)

 そして、その場所で菊乃の夢を聞いて、彼女の夢占いをした。

 その占いの結果は、……あんまり良いものではなかった。


 小糸はどう菊乃に占いの結果を伝えようかと迷っていると、菊乃は、「やっぱり、あんまりいい夢じゃなかったんだね」とやっぱりにっこりと笑って、小糸に言った。

「やっぱりって?」遠慮がちに小糸はいう。

「いい夢じゃないっていうのは、なんとなく私にもわかっていたの。これはきっと不吉な夢なんだってわかっていた」

 菊乃は夕焼けに染まった窓の外に目を向ける。

「……でも、誰かにちゃんと言って欲しかったの。変なこと頼んじゃって、ごめんね、桜庭さん」

 小糸を見て、菊乃は言う。


「そんなことない。菊乃さんに夢占いをお願いされて、私嬉しかったよ」と小さく微笑んで小糸はいった。


「……ありがとう。桜庭さんは優しいね」とにっこりと笑って菊乃は言った。


「じゃあ、またね、ばいばい。桜庭さん」

「うん。ばいばい。菊乃さん」

 そう言って、学園の正門の前で手を振って笑顔で二人はお別れをした。


 それから(今までもだけど)小糸と菊乃が二人だけでなにかお話をする機会は一度もなかった。


 学院に入学して、菊乃と出会い、それから学院を卒業するまでの三年間の間に、二人の間にあった二人だけの時間は、(あるいは言葉は)この日にあった短い間のこの時間だけだった。

 学院の卒業後、二人はそれぞれ別の大学に進んだ。


 それ以来、小糸は一度も菊乃と出会うことはなかった。


 だから、本当に久しぶりに菊乃さんの夢を見て、桜庭小糸は本当に驚いて、……そして本当に悲しい気持ちになった。


 ……私、菊乃さんと友達になりたかったんだ。

 私には菊乃さんと、ちゃんと友達になれるチャンスがあったんだ。……きっと、菊乃さんも私と友達になりたいって、もしかしたら、そう思っていてくれたかもしれないんだ。


 そんなことを思って、真っ白なベットの中でぼんやりとしている寝起きの小糸は、涙を流した。


 ……ばいばい。菊乃さん


 小糸は、心の中で夢の中に出てきた菊乃さんに、にっこりと笑ってそう言った。


 明るい子 終わり

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