第34話

 英知教授が在室であることに安堵しつつもノックすると、彼は察していたのかすぐに入室を許可した。そこには、伊藤教授もいて2人で何やら大事な話をしていたようで深刻そうな表情をしていた。

「お話中に申し訳ございません。」

「いや、構わない。柊さんのことだろう?僕らも今報道を見て驚いていてね。ちょうど、君に話を聞こうと思っていたところなんだ。」

 さあ、椅子に掛けて、という言葉をやんわりと断った。

「あの、すぐに退室しますから大丈夫です。柊さんの搬送先をご存知でしたら教えてください。」

 それに、2人は顔を見合わせていた。

「どうして、知りたいんだ?今回の彼女の倒れた原因に心当たりがあるのか?」

「はい。」

「それは、内科の受診を彼女に勧めなかったということかい?」

「それは違います。」

「だが、あの症状は精神的なものではない。あの症状が以前から出ていて原因にも心当たりがあるのに、君は勧めなかったんだろう?」

 英知教授と伊藤教授の言葉が辛辣で心が痛むが、今はそれどころではなかった。

「今回の症状は私も初めて聞く症状です。でも、心当たりがあります。」

「どういうことだい?」

「今回のあれはアレルギーショックによるものだと思うんです。」

「アレルギーショック?何のアレルギーかもわかっているのか?」

「おそらく彼女はペニシリンアレルギーだと思います。」

 そこで、沈黙が落ちた。2人の教授は唖然としており、固まったからだった。しかし、そんな2人に合わせて沈黙を続ける意味もなく、時間が惜しい今だからこそ、話を続けた。

「彼女の母親、名前は紗栄子さんとおっしゃるようですが、彼女の死因がペニシリンアレルギーによるものだったと、以前、彼女が育った孤児院の院長先生からお聞きしました。彼女の生活面は全て成宮さんが見ています。彼がそれを知らずに彼女に市販の薬を渡していたということは十分考えられます。母親のことを何も知らない場合はですが。」

「確かに、アレルギーは遺伝であることが多いな。病院の治療でペニシリンが使用される場合もあるから、搬送先に言わなければならないな。」

「はい。それで、急ぎ搬送先に伝えたいのですが。」

「その必要はないよ。」

 英知教授が樹の言葉に被せるように言った。その時、電話がかかった。

「ほら、かかってきた。」

 したり顔をして言う彼はそのまま電話を取った。電話内容からして搬送先の医師からだったのだろうと思われた。

「同乗した男性に彼女のアレルギーについては聞きましたか?」

 と、彼は意地悪く答えを先に伸ばしていた。しかし、すぐに顔を顰めたところを見ると、その答えはおそらく“ノー”か“分からない”だったのだろう。

「彼女はペニシリンアレルギーでそのための対処をしてください。急がないと命が危ない。」

 と言って、少ししてから電話を切った。

「向こうの医者が結構慌てていたね。どうやら、症状はかなり重かったようで、泣きついて来たような感じだった。」

「それなのに、最初に答えを言わないところは悪童だな。」

「親子関係を盾に囲った彼が知っていれば、こちらが解答する必要はないだろう。僕は知りたかったんだ。彼がきちんと義務を果たしているのか。それとも、彼女の才能を利用しているだけなのか。」

「結局は後者だったわけだ。もし、向こうが知っていたらこっちに訊いてくる必要がない事くらい察していただろうに。」

「そうだね。でも、これで彼は子供である彼女に興味がない事が知れたね。」

「相変わらずだな。」

 どこか楽しげに微笑む英知教授に対して呆れたようにため息を吐いた伊藤教授は樹の方に歩いてきて、優しく肩を叩いた。

「内山先生、こいつは優しい顔して敵と認識した相手には結構えぐいことを平気でする性格だから、付き合うなら気を付けた方がいい。」

「はい。」

 伊藤教授の恐ろしいことを想像させるような助言で体に寒気が走った。それから、1時間後に向こうの病院から回復している報告とお礼の電話が英知教授の元にかかってきた。それを、桐山教授から伝え聞かされたのはふれあいルームの飾り付けが終わり、休憩室に入った時だった。それには、心底安堵し、彼女には“よくやった”と褒められた。

「桐山先生、私は彼女をあそこから連れ出します。彼女のことを知らずに甘い汁だけ啜る彼らの所には置いておけませんから。彼女にもっと自由な世界を見せてあげたいのです。」

 休憩室を先に出る際に、樹は立ちあがって彼女に決意を話した。それに予想外にも彼女は驚きはせず、ただ優しく微笑んでいた。母親が子供をみるような目だった。

「分かったわ。私もできる限り協力するから。英知教授と伊藤教授も色々と動いているようだから。頑張りましょう。」

 その言葉に安堵の気持ちと同時に彼女のような人の下で働けている自分が果報者だと思った。それから、彼女は樹の決意を予想していたように先ほどまでいた英知教授の部屋に向かうと、伊藤教授もまだその部屋の中にいた。

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