第33話

 入院患者用のクリスマスパーティーを明日に控えたこの日、診察の合間に折り紙で飾り付け用の星や月、花などを作っていた。そのおかげで診察を終えた時に自分のデスクの上に箱が2箱鎮座していた。それを持って会場となるふれあいルームに向かった。

「内山先生、久しぶりだな。2週間ぶりぐらいか。」

 入院病棟に入ったところで声をかけてきたのは後藤だった。ひねた笑みではなく普通の友人に対するような笑みだった。小児外科医の彼は入院患者にいるのはごく当然だと思い、驚きはしたものの意外とは思わなかった。

「後藤先生、久しぶり。診察ですか?」

「ああ、今終わったところだ。伊藤教授のところのお孫さんも無事回復したみたいで良かったよ。今日で通院も終了らしい。」

「本当に良かった。あの時のあなたの判断は正しかったということだね。」

「ああ。俺には絶対にできないオペだからな。」

「それは努力次第じゃないかな。」

 こうして、半年前まで会えば突っかかって来ていた彼と、軽口を叩くほどに会話をするようになったことに内心驚いたが、それはそこで止めておいた。

「それより、お前はどこに行くんだ?そんな荷物を抱えて。」

 会話が途切れたかと思えば、彼は不思議そうに樹が持つ2つの箱について尋ねた。

「これは明日の準備で使う飾り。ここの看護師たちに頼まれたんだ。手が足らないから手伝って欲しいって。」

「相変わらず人が良いな。」

 彼は呆れていたが、お前らしい、と納得もしていた。

「そういえば、あの女子は記者会見の場で倒れたらしいな。大丈夫なのか?」

「え?」

「何だ、知らないのか?」

 唐突に挟まれた話題に固まったが、それ以上に目を丸くしたのは後藤の方だった。院内で名前を出すことは禁止されているので、後藤は“あの女子”と言ったのだろうが、十中八九凜のことだと検討は付いた。しかし、その内容は初耳でまさに寝耳に水だった。最後にあった時は確かにふらついていたが、それ以外は普通でサンドイッチも美味しそうに食べていたからだ。

「それ、いつ?」

「さっき、そこのテレビで流れていたのが見えたんだ。今日の昼って言っていたな。今は、ほら。」

 後藤は顎でテレビの方を指した。その方向を目で追ってテレビを見ると、凜の病状に関する情報が流れていた。以前、流れた彼女の精神科通院の事もあって、否定したはずが、今回のことで命に別状とまで報道されていた。運ばれた病院名までは出ていなかったが、都内の大きな病院のように伝えられていた。

「彼女、本当に精神的な病気なのか?」

 それを見ていると隣の後藤が不信感を伴った視線を寄こした。

「そのはずだけど。」

 そうとしか返せなかった。長い間診てきた彼女の症状は食欲不振と睡眠不足からくるものだった。彼女自身は不眠症と思っているようだが、夢遊病のような症状が出ているのは、彼女自身の過去からおそらく精神的に自分が思っているよりストレスを抱えているからだと考えていた。しかし、彼女の報道された症状は今まで聞いたことがなかったので驚いた。彼女の全身に発疹ができたことも、呼吸困難やけいれんなども聞いたことがなかった。それを聞いていれば、樹も迷わず内科への受診を勧めていたに違い無かった。貧血による立ち眩みはあっても呼吸困難にまでなる原因にはならないはずだった。

「こんな症状は彼女から聞いたことがない。確かに、生活のバランスが取れていないから貧血はあったようだけど、それ以外は。」

 頭を整理しながら、彼女の症状を思い出していたが、全くそこまでの重症になる原因が浮かんでこなかったが1つだけ可能性があった。

「どうしたんだ?」

 急に止めたからか、後藤が声をかけてきた。

「後藤、彼女の搬送先分かる?」

「いや、報道には都内の病院としか書かれていないから。」

「早くしないと手遅れになる。悪いんだけど、これ、ふれあいルームの方に運んでくれないか?看護師さんたちに渡すだけでも構わないから。」

「あ、ああ。」

 戸惑っている彼に半ば無理矢理に箱を持たせて、真っ先に向かったのは英知教授の元だった。

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