第31話
数日後、もうクリスマス一色になってきた。院内にもツリーが飾られ外は白い道になっていた。
「寒いですね。」
「そうね。まあ、仕方ないわ。暖房の温度上げようか?」
「いいえ、そこまでではないですけど。それに、換気をしているのに、温度上げても意味がないですよ。」
「確かにね。」
昼食を食べながらそんな雑談をしていると、桐山教授がふと思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、内山先生は今まで実家に帰ったとか聞いたことがないわね。今年も帰らないの?」
「はい。実家に帰っても誰もいませんから。」
「お正月なのに?」
「はい。イベントの時の方が忙しい家族なので。」
「そうなのね。職業柄というのもあるわね。じゃあ、今年も1人で年越しをするの?」
「そうですね。年明けに墓参りでも行ってこようとは思いますけど。」
「お盆は、体調崩していたわね。」
「そうなんです。だから、1年行くことができなかったので行ってきます。」
「そうなのね。良かったら、うちでおせちでも食べる?」
「いえいえ、そんな家族水入らずの所には入れませんよ。英知教授もいらっしゃるのでしょう?」
「まあね。でも、あの人も気にしないと思うわ。」
「いいえ、上司と元上司とは緊張でせっかくのおせちも味が分からない気がしますから。」
「プライベートなんだから、気にしなくていいのに。」
唇を尖らせた彼女に苦笑した。家族のことは決して誰にも言ったことがなく、今名乗っている姓も本当は違うのだということをこの病院どころか大学の友人でさえも知らなかった。実際知っているのは、中学までの知人と家族のみだろう。樹にとっては最高のタブー情報なんだから、自分の姓が数年前に亡くなった祖母の旧姓だということは。
凜との再会は成宮と荒木の持っていた名刺からの指紋一致が分かってから、数日後、突然のことだった。クリスマスに向けて入院患者に対するイベントとしてちょっとしたパーティーを開くことになったので、その部屋の飾りに折り紙を折る事になった。そのための買い出し要員にされたので、休日に折り紙を買い求めて近くの量販店で文具と一緒に買った。色々と折り紙でも入っている色や枚数の違いがあり、とりあえず、全種類2個ずつ購入しておいた。
「これだけあれば大丈夫かな。」
袋を持って自宅に帰る途中だった。前に見えてきた自宅に一番近いバス停、そして、そこに座る小さい姿があった。黒いコートと短く切られた髪だったが、その姿と放たれる雰囲気は見間違えるはずがなかった。そう思ったら気付かないうちに走り出していた。
その小さな肩に手を置くと、彼女はハッとしたように顔を持ち上げてこちらを見上げてきた。映像ではなく実際に目で見たそのアースアイはとても惹きつけられた。まるで雲が散らばる蒼空を切り取ってきたようだった。目の下には化粧をしていないからか青黒い影ができていた。彼女は驚いてはいたが、口をへの字にしてしまった。それは会話を拒む彼女の意志表示だったのかもしれない。
「久しぶり。柊さん。」
「お久しぶりです。」
しかし、挨拶は返してくれるようだった。こちらが話をすれば、彼女は返答を拒まないのは出会った時から知っていた。彼女のそう言う癖を知っていてわざと話す自分のずる賢さに苦笑が漏れた。
「ここ寒いけど大丈夫?」
マイナス気温で太陽も出ていない今の時間にセーラー服でコート1枚の彼女を見て心配した。細い足はすでに青色がかっており寒さを主張しているのが目に留まったからでもあった。
「いいえ、大丈夫です。少し風に当たりたかったのでここに座っていただけです。心配しないでください。寒いことにはなれていますから。」
「こんな遠い場所で?寮からも離れているのに。」
「寮は出てしまいましたから。」
少し沈んだように聞こえたが、彼女は穏やかな表情に見えるので聞き間違いだっただろうかと首を傾げた。
「そっか。最近、眠れてるかな?」
「以前と変わりませんよ。」
「君は正直だね。」
間髪入れずに答える彼女に苦笑した。彼女の正直さがあるから、あれほどの小説が文章が書けるのだろうと思った。
「先生はどうですか?」
「まだ、先生と呼んでくれるんだね。」
嫌味のように言ってしまったが自分が情けなくなった。急に理由を言わずに消えた彼女に対する意趣返しだったのだろう。心のコントロールができていない状態だった。それが彼女にも伝わってしまったのか、彼女は黙り俯いた。
「ごめん、嫌味を言ってしまったね。ここ寒いからあそこで休もう。モーニングが食べられるから付き合ってくれると嬉しいんだけど。」
そう、慌てて弁明し、最後には近くの喫茶店に彼女を誘った。恋人という存在はいたことがあっても、これほどに気を遣ったことがなかったので自分でもどうしていいか困惑していた。それでも、誘えば彼女は頷いて喫茶店のテーブル席に対面して座ってくれた。
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