第27話

 秀則に話を聞き自分の考えに確信を持ち始めたが、もう1人の当事者に話を聞くべく、彼の主治医に確認を取り、すでに通院になっている彼の受診日時に合わせて開けた時間に精神科に来てもらった。目の前に座る男性はまだ20代半ばの細身の男性だったが、目はカメラレンズのように常に被写体を探すようにキョロキョロと動いていた。

「荒木さん、本日来ていただいたのはあの日のことやそれ以前のことでの質問にお答えいただけないかと思い、お時間を割いていただきました。」

「いいえ、フリーでしているので、気にしないでください。あの日、というのはやっぱりここに運ばれてきた時のことでしょうね。」

「はい。そうです。すでに、もう1人運ばれてきた方にはお話は伺いましたが、あなたにもきちんと説明いただきたいことがございます。」

「まるで、警察のようですね。」

 言われても仕方がないが、今まで誰も突っ込んでこなかった嘲笑した言葉を彼、荒木は口にした。

「それに近いとも思っていただきたいです。もう1人の方の証言により、この病院での患者情報漏洩問題につながっておりますので。」

「そう言うことですか。確かに、凜さんの情報漏洩問題は痛手ですね。」

「そうです。情報漏洩は決してあってはいけないことです。しかし、それが起こったことは事実で、病院側としては問題が起こった原因解明と今後の対策をしなければならないのです。」

 建前として用意していた理由を言えば、彼は納得したように頷いた。

「では、どうぞ。全て答えられるか分からないですけど、質問は聞きます。」

「早速、1つ目はあの記事に載っていた情報は全てあなたが流したものでしょうか?」

「はい。全てがそうかと言われると違いますけど、最初に出たやつとスケジュールとかは俺です。伊藤君から聞きました。って、これはあなたも知っていると思いますけど。」

「一応、確認です。2つ目、これは侮辱ではなく一般論としても質問なのですが、どこかの組織に属した経験がなく、過去の功績もないフリーカメラマンが大手の出版社や新聞社関係の人脈ができるものですか?」

「失礼ですね。でも、その意見は尤もだと思うし、ほとんどゼロに近いと思います。俺は運が良かっただけです。運命の人に出会ってその人に夢中になって撮り続けていたら、ある大手出版社のボンボンのスキャンダルを掴んでしまいましたから。それが縁になって、色々と仕事をもらえたんです。おかげで、今は普通の生活は送れます。」

「そういうことですか。今回もその人を通して流したというわけですか。」

「そういうことです。でも、あの純粋な少年が可哀そうになって教えてあげようと思ったんですけど、待ち合わせ場所に指定した場所にいたら数人の男性がいきなり現れて暴力を受けたというわけです。まあ、こんな職業をしていると、色々危険な目に遭った経験はありますが、どこかに連れ込まれず、その場で殴られたのは初めてでした。」

 へらへらと笑いながら彼は話した。

「それが不思議なのはどうしてですか?人通りの少ない場所だったからでは?」

 疑問を言うと彼は舌を鳴らして指を左右に振った。

「分かっていませんね。普通、そんな場所だったとしても彼らは自分の陣地に連れ込んで徹底的に潰すんですよ。そうしないと、万が一ということがありますから。そうしなかった理由は誰かに雇われて条件を付けられたからか、そこが彼らのテリトリーだったかだと思います。まあ、一番弱そうなスーツ着た優等生みたいな人が指示だけ出してすぐに車でどこかに行きましたから、その人が雇った人だと思いますけど。」

「その人は最初だけいたんですか?」

「はい。俺が腹パンチを食らって寝転がせられて彼が俺の人相を確認して周囲の男性に指示を出すまでですね。」

「その人の特徴は?」

 このまま話を聞けるかと思いきや、荒木が待ったをかけた。

「俺もペラペラ話したのは悪いけど、これは情報漏洩に関係ないでしょ。」

 気付かれたが、十分な収穫があったので樹は自分も今気づいた風を装った。

「本当ですね。申し訳ございません。もう1人の方が私の知り合いだったので、つい質問が止まらなくなってしまいました。」

「そうなんだ。あの少年の知り合いか。」

「はい。」

 天井を見上げた彼は息を吐いた。

「あの少年は回復してますか?」

「ええ、順調に回復しています。後、数日で退院可能です。」

「そっか。良かった。」

 彼は心底安堵したようだった。

「最後の質問なのですが、情報をもらうのに、あなたはある人の名刺をその少年に渡しましたね。名前は、成宮博。」

「その通りです。」

「その名前を使ったのはどうしてですか?」

「もう知ってるんだな。」

 こちらの意図を察したように彼は呟き、自嘲的な苦笑いを浮かべた。

「せっかく仄めかして逃げようと思ったのに、そこまで知られているなんてな。あの少年も知ってたんだ。俺が本人じゃないって。」

 全く困った、というように彼はため息を零して頭を左右に振った。

「先生は俺をどうしたい?」

「警察に言うつもりはありませんし、何かすることもありません。ただ、知りたいのは事実だけですから。」

「そうですか。」

 そこで、一拍置いて彼は話し始めた。

「成宮博は俺がもう知っていると思いますけど、凜さんを追いかけていた時に出会った人で、偶然彼と凜さんの関係を知ってしまい、それを彼に知られました。すぐに呼び出されて口止め料として俺が要求したのは仕事を回してもらうことでした。最初は何も頼まないつもりだったんですけど、彼女が引っ越してしまって俺もお金が必要になったので、簡単な話ですが誘惑に負けたんです。それから、成宮は色々と仕事を回してくれましたし、人並み以上に稼いで思いっきり彼女を追い続けられました。でも、数週間前に、急に成宮から名刺と写真と資料を渡されて、その写真に写っている人物に接触して凜の現状を訊いてこいという奇妙な依頼を受けました。撮影がほとんどだったので不思議に感じたものの凜さんの役に立てると思って乗ってしまったんです。そうしたら、どんどん悪い方に転がっていくし、あの少年のことまで載せ出すので、困って居た所に、あの暴行事件が起きました。」

 荒木は一通り話し終えると、喉を潤すように出した紙コップの水を勢いよく飲み干した。彼は成宮に利用され、今は狙われる立場になった、被害者なのだと分かった。

「大変でしたね。」

「まあ、そういうこともありますよ。」

 彼は開き直っているかのように肩を竦めた。

「でも、盗撮の罪でよく警察に訴えられませんでしたね。彼に。」

「そういうことがまかり通っていたら、フリーカメラマン全員的に回しますから。意外と、俺らのネットワークは強いんですよ。」

「そうですか。」

 彼は明るく、そして誇らしげに笑った。前向きで打たれ強さが今の彼を支えているのだと思い、素直に尊敬の念を感じた。

「これからどうするんですか?」

「ほとぼりが冷めるまでどこかにいます。家には今も戻ってませんし、あの人の部下がどこにいるかも分かりませんから。癒しの時間がないのは残念ですが。」

「そうですか。」

 凜の追っかけの時間が彼にとっては生きる糧のように聞こえて、フリーカメラマンの性の恐ろしさを垣間見た気がした。

「ところで、1つだけ教えていただきたいことがあります。」

「もう、ここまで話したんですから遠慮しないでください。」

「では、遠慮なく。彼女、柊さんが育った教会孤児院の名前でも場所でもいいのですが、覚えていませんか?」

「ああ。それなら覚えてますよ。俺もそこで10歳まで過ごして荒木の家に引き取られたので。」

「そうなんですか?」

 素直に驚いた。彼女に惹かれた男が彼女と同じ施設育ちである偶然に。

「良ければ、院長先生の部屋にかかる電話番号も書きましょうか?」

「お願いします。」

 彼は持ち歩いているのか、胸ポケットから出したメモ帳の1ページを破ってそこに自前のペンでスラスラと書いて渡してきた。

「ありがとうございます。」

「いいえ。では。もし、展開があれば俺にも教えてください。偶然、街で会えれば。」

 彼は快活に笑って手を振って去って行った。そんな彼につられたように笑みになった樹は見送ってからもらったメモを眺めた。ひまわりの館、そこが、凜の起源の場所だった。

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