第25話

「見えるの?」

「うん、美和子さん。僕の視力は2.0だからね。」

「そういう問題?」

 彼の返答に桐山教授は呆れた。

「被験者と結果読めますか?」

「成宮博と柊凜のDNAの鑑定で親子の確率が99.9%だね。」

 英知教授の言葉に誰もが息をのんでいたが、この中で最も唖然としているのは自分だと樹は思った。

「ちょっと待ってください。あの、柊さんは最初にあった時に教会の孤児院で5歳から育てられたと言っていましたけど。」

 それ故に、狼狽しつつも言わずにはいられなかった。凜自身が言っていた過去のことを。

「あとから分かったケースも十分に考えられるわ。5歳まで母親1人に育てられたかもしれないわね。あなたも見たでしょ?あの男のあの態度を。つまり、自分とは釣り合わなかったということでしょう。容姿が似てないから周囲から疑われないみたいだし。さっき見た記者会見でも隣同士で座っていても全く分からなかったわ。あの目のせいかしら。」

 桐山教授は悩ましげな表情で頬に手を添えた。凜の特徴的な目の色を思い出して同意したが、それでもそんな利己的な大人がいることに樹は悔しさで拳を握った。

「それじゃあ、彼女に才能があるからこの事実を確認して利用しているということですか?それじゃあ、あまりにも彼女が気の毒じゃないですか。」

 最後は思いっきり八つ当たりだった。言葉だけでなく我慢できずに握った拳を机に叩きつけてしまった。染みわたる拳のしびれはあるもののそれ以上に体が熱くなっていたので、そのしびれはすぐに消え失せていた。そこに、肩に手を乗せて落ち着くように言って来たのは英知教授だった。いつも通りの表情をする彼を見て少しばかり落ちつき、驚いているような空気を出す周囲に謝罪し、先を促した。

「まとめると、つまり、彼らは親子関係であり、その事実を掴んだ彼も邪魔だったということだな。」

 一瞬間があったものの伊藤教授が話を切り出してまた会話が始まった。

「これで、2人の接点はできたわね。だから、以前彼が内山先生の診察に訪れて私が“他人が”と言った時、彼は一瞬詰まったのね。」

「そうですね。そして、おそらく柊さんは成宮さんと自分の関係も彼が色々と画策していたことも知っていると思います。」

「そうね。彼女は色々と成宮さんに対して遠慮しているところがあるような気がするもの。」

 成宮と対面した時の凜が脳裏に浮かんで言えば、それを見た桐山教授も賛同したが、言葉は続いた

「でも、それ以外を知っていたってどうしてそう思うの?」

 と、彼女は首を傾げて疑問を口にした。

「彼女は極力他人と関わらないようにしたいと、そうするように注意していると言っていました。それに、先日疫病神という言葉に極度に反応したところも見ると、以前にも彼女に関わった人でひどい目に遭い、その本人か周囲かに同じ言葉を言われた経験があるのではないでしょうか?そして、今回あの夜遅い時間に病院を訪れることができた理由は、きっと、それを耳にしたか、成宮さんが彼女に残酷にも知らせたかのどちらかだと思います。」

 未成年、しかも思春期の彼女の気持ちを考えて、先ほどまで何らいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていた英知教授までもが顔を顰めた。言葉の意味を理解できて反抗期がある時期に、他人を自分のせいで傷つけられる恐怖を彼女がずっと味わってきた、その気持ちはどれほどか、全く想像もできなかった。きっと、あの大人びた対応はそういう世界で生きた時間の積み重ねと、同じ年ぐらいの子たちから避けられるようにと考え彼女自身で行動に出た結果だと思った。

 重い空気の中、伊藤教授が大きくため息を吐いた。それで、さらに空気の比重が増した気がしたが、それ以上に彼の表情は少し曇りが晴れていた。それに気づいたのは樹だけではなかったようだった。

「どうしたの?」

 英知教授が彼に尋ねた。

「いや、やっと色々解けたなと思った。会話の内容や言葉遣いと彼女の容姿にギャップがあって、まだ14歳の女の子は一体どんなことを経験してきたんだろうって思っていたんだ。いつまでも硬さは取れないし、ずっとガラス板で強靭の壁が間にあるような感じだった。その理由が色々分かって、ちょっと安心した。彼女の最初の境遇ではなく、後天性のものだってわかってさ。」

「確かに生まれてからその事実が分かるまでは間があったと僕も思うよ。どうしてDNA検査なんてすることになったのかは知らないけど。日付がまだ6年前だからね。ちょうど、彼女が作家デビューした時だね。依頼者は匿名になっているから分からない。でも、名前を隠す必要があるってことは、堂々と名前を明かせない誰かってことだね。この場合、最も怪しいのは成宮さんだけど。」

「そうですね。調べた機関が分かるので、検査した本人がいれば話は聞けるかもしれません。」

「そうだね。後は、その画像を持っていた入院中のフリーカメラマンと話すことだね。」

 そこで、一旦話は途切れた。すると、間を開けて桐山教授が手を打ったので、そちらを見た。彼女は真剣な眼差しを向けていた。

「内山先生、ここから先は医者の領分じゃないわよ。強制させられていようとそうでなくても患者の彼女が電話で診察継続の辞退を言って来たことは事実なの。これ以上、あなたは首を突っ込むことはあなたの意志次第よ。それに、話の流れからして危険な状況で、それでもあなたは領分を越えてまで彼女と関わりたい?これは私の勘だけど、これ以上前に進めばもう進むことしか許されなくなる。それでも、内山先生、あなたはこれ以上続ける?」

 その言葉の端端から桐山教授樹が慮って言っていることは十分伝わった。しかし、覚悟はすでに決まっていた。

「はい。私は柊凜さんが抱える悩みを解消する手伝いをすると言いましたから。彼女が例え辞退を言ってきても彼女のことを捨てておけません。彼女のために最善の行動を擦るまでです。」

 彼女は一度目を閉じて開き、フウッと息を吐いて笑みを浮かべた。

「そう。分かったわ。私もできる限り協力するわ。」

「ありがとうございます。」

 それから、少し話しをしてこの場にいる人は全員協力し合うことになった。

「秀則君の病室はどこでしょうか?」

 お開きになった頃を見計らって、秀則の両親に尋ねた。

「まだ息子は本調子ではありませんので。」

 と、父親が断りを入れてきた。

「申し訳ございません。すぐに伝えなければならないのです。柊凜さんから預かった伝言がありますから。」

 すると、両親のみならず伊藤教授が驚いた顔をした。あまり似ていないと思っていたが、その表情は父と息子でそっくりだったことに自然と笑みが出た。

「分かりました。私らもこれから行こうと思っていましたので、良ければ一緒に行きましょう。」

「はい。お願いします。」

 そうして、樹は彼らについて秀則の病室に向かった。

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