第24話

 1日の診察が終わり、桐山教授に連れられて見慣れた会議室に向かった。そこは、以前の医療ミスの時によく使っていた防音が効いた部屋だった。

 入室すれば、すでに他のメンバーはスタンバイしていて、待機していた秀則の両親が立ち上がり礼儀正しく頭を下げた。それに恐縮して樹は頭を下げ返した。

「先日は申し訳ありません。お恥ずかしい所をお見せしました。」

 と、我さきにと謝ってきたのは秀則の母親だった。落ち着いた声音で切り長の目をしており冷静沈着を絵に描いたような人だった。

「いいえ、息子さんの一大事だったのですから大丈夫ですよ。こちらの桐山教授の助手をしております内山と言います。」

「父に聞きました。以前、息子があなたに失礼な態度を取ったと。それも合わせて申し訳ございません。」

 続いて彼女の横に立つ父親にまで頭を下げられて、慌てふためいた。

「いえ、本当に気にしていませんから。どうぞ、おかけください。」

 樹が言うと、やっと2人は椅子に掛けた。上座側に伊藤教授と秀則の両親、下座側に英知教授と桐山教授の間に樹が座った。元上司と上司に挟まれ、肩身が狭く感じた。そんなことを察したように伊藤教授が苦笑した。

「じゃあ、早速だが、内山先生説明をお願いできるか。」

「はい。」

 伊藤教授の言葉を合図に樹は少し前、患者である柊凜の情報漏洩から話し始めた。情報漏洩者の探索、漏洩を責め立てて凜の治療の中止を求めてきた成宮、そして、雑誌や新聞記事、報道関係者の動きを合わせて話した。

「そして、今日、あれだけこちら側が訴えても動こうとしなかった報道関係者が一斉にいなくなりました。誰かが彼らに指示を出しているに違いありません。おそらく、成宮かその周囲だと考えております。それを証明するかのように、柊凜さんは先ほど今後の予約をキャンセルする意思を電話で伝えてきました。朝の記者会見の30分前に。これも憶測を出ませんが、彼女は成宮さんと何かを話し合い、その会見をする代わりに報道関係者をひかせたと思います。」

 それから、少しだけ静まった。

「息子は漏洩をしたからということでしょうか?」

「それが向こうの意図的でなければ、そうなります。」

「どういうことでしょう?」

 訝しげな表情で少し目を揺らいでいる両親を見つめた。

「その漏洩した時、それを聞いたのはおそらく同じ被害にあったフリーカメラマンだと思います。そして、もし、それも彼らの指示だった場合も考えられます。フリーカメラマンで、しかも名も売れていない人物のネタをまず信用する会社がどれだけ存在すると思いますか?その情報を信用させうる誰かがいたとしか思えないんです。そして、もし、それが大手出版社の次期社長だとしたら辻褄が合います。それに、息子さんが話すことも不自然ですが、彼がもしその名刺を持っていて、彼女のことを心配しているなどと言ったら、正義感の強い彼はおそらく言ってしまうのではないでしょうか?体調が不安定なことを。彼女を助けたい一心だったと思います。誰もその名刺を見て顔が浮かぶことはないですから。」

「そういうことですか。内山先生は息子が知らない間に利用され、巻き込まれたとおっしゃるのですね。」

「はい。ただ、これは憶測ですし、実際はそのフリーカメラマンと秀則君、この2人に話を聞いてみないと分かりません。」

 樹の言葉に秀則の両親は揃って難しい顔をした。2人とも手は強く握り込まれていたが、一方で震えているように見えた。息子を一歩間違えれば失ったかもしれない恐怖と彼を傷つけた相手に対する悔しさ、恐怖と憤慨が両親の心の中でせめぎ合っているようだった。

「そのフリーカメラマンの所持品はフィルムの抜かれたカメラと後はお菓子の食べ終えたゴミ、それから空っぽのたばこの箱だったよ。」

 空気を読んでいるのか絶妙なタイミングで英知教授がこちらに話しかけた。

「ゴミばかりですね。」

「実際に見てみる?ほら。」

 いつの間に用意していたのか、彼は机の上にジップロックのような袋で密閉したそれらを机の上に並べた。

「刑事ドラマ見たいでしょ?」

 並べた本人は楽しげに体を弾ませていた。

「お前、もうちょっと緊張感持てよ。」

「そう言われても、もう過去の話でしょ。実際、2人とも助かったし、話だって聞けるんだから、これからいくらだって相手を探せるんだよ。前を見ないとね。警察はこれを過激なファンからの暴行として片付けるみたい。自首してきたらしいから。」

「さすが、今まで振られ続けても諦めない奴の言葉には説得力があるな。それより、そんな情報があるなら早く言えよ。」

「そうでしょ。だって、言える雰囲気じゃなかったし。」

「褒めてはないからな。そこは空気読むのかよ。」

 最後の嫌味をスルーして英知教授は樹の方を見た。その視線に気づいてお礼を言ってから、1つ1つ確認していった。

「カメラ古いモデルですね。血痕もありますね。」

「どうやら、秀則が庇う前に頭をカメラの角で殴られたみたいだ。運ばれてきた時、カメラマンの頭から出血した血がすでに固まりかけてたんだよ。今は傷も脳も異常がなく、意識も正常で問題ないよ。後3日ほど入院してもらうよ。」

「そうなんですね。」

 英知教授がフリーカメラマンの容態を説明してくれるので、それに頷いた。次に手に取ったのはたばこの箱だった。その中を見てすぐにジップロックを開けて、素手で掴み下の底を破ってその上側の紙を丁寧に剥がした。出て来たのはマイクロチップと小さく折られた紙で広げて見ると、名刺を模造した四角い紙だった。樹はポケットに入れておいた成宮の名刺と比べて全く同じであることが分かった。ただ、両方印刷なのでこれを指示した人物がいた証拠にはならなかった。

「このマイクロチップの記録って見れますか?」

 機械には不安しか覚えないので、周囲に問いかけてみた。すると、さすが弁護士というべきか、秀則の父親が持ち歩いているノートパソコンを鞄から取り出して、早速、チップの中に保存されたデータを見た。

「動画が3件と写真が150件ですね。」

「写真はどんなものですか?」

「柊さんの写真がほとんどと、男女のカップルの写真が数枚、後は、あれ?」

 父親はこちらにも見えるようにモニターに接続してくれた。

「何かの書類でしょうか?」

「DNA鑑定の書類だね。」

 英知教授は事もなげに言いきった。それに驚いて彼を誰もが見た。

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