第21話

 1人の少年が運ばれたと夜遅く自宅にいた樹の個人携帯に小児外科の後藤から連絡を受けたのは、桐山教授が伊藤教授に話し、彼が孫である秀則に話を聞いた次の日だった。その話を聞いて樹は寝間着のまま飛び起きてなりふり構わず病院に走った。季節は冬で雪が積もっていて慣れない道を全力疾走するが、足を何度も雪に取られていつもの倍以上に疲れ、息が乱れた。

 関係者専用の出入り口から入り、急いで手術室に向かった。そこには、伊藤教授と樹の同じ年ぐらいの、顔を見た覚えはないが男性の方は伊藤教授に似ているから秀則の両親だろう人たち、それに少し離れた場所に後藤が背を壁に寄りかかって立っていた。伊藤教授らは少し狼狽しており、冷静な後藤はいち早く気付き手を挙げて軽く振っていた。

「よお。こんな夜遅くに悪いな。」

「それは大丈夫。」

「そうか。お前の知り合いらしいから電話したんだが、その顔を見れば知り合いで合っているらしいな。」

「伊藤教授に訊いたの?」

 ニヤリと笑う彼に樹は首を傾げた。

「いいや、今日の救急担当だった看護師が運ばれてすぐに言ったんだよ。お前ともみ合っていた男の子だってな。」

「なるほど。」

 数週間ぐらい前に一度彼が凜の診察のことを喧嘩腰で突っかかって来た時のことが頭に過ぎり納得した。あの場面を見た看護師がいてもおかしくはなかった。

「それで、容態は?」

「ああ。運ばれてきた時にはすでに内臓破裂があって、今緊急手術中だ。手が空いているのが英知教授で良かったよ。よほど、強い力でお腹を踏まれたようで、結構危険な状態だった。」

「それだけじゃないから、電話してきたんだろう?」

 樹が試すような視線で見れば、後藤は小さく舌打ちをした。

「ああ。あの子、柊凜のことを話してしまったって言う子だな。」

「何で知っているの?」

 彼の言葉に一瞬言葉に詰まるも唖然として唾を飲みこみやっと言葉を吐き出せた。しかし、誤魔化せばいいのに、あまりの驚きで肯定するような言葉を言ってしまった。

「やっぱり知らなかったか。これを見ろよ。」

 後藤が取り出したのはiPADで画面に写されたのは雑誌の1ページだった。そこには、外部に漏らした少年Iと記載されており、漏洩の経緯まで詳細が記載されていた。

「何、これ。」

「今日発売されたある雑誌の記事だ。」

「出版社は?」

「N出版。」

 樹は黙るしかなかった。そこで、伊藤教授らがやっとこちらに気付いたのか困惑しており、顔は青くしていたが、すまなそうに眉尻を下げていた。

「すまんな。こんな夜遅くに来てもらって。」

「いえいえ。そんな風に言わないでください。それより、皆さん座っていてください。顔色が悪いです。皆さんまで倒れてしまってはいけませんから。」

 樹は彼ら3人を近くのソファに座らせた。

「内山先生、こっちは俺の息子夫婦で秀則の親だ。2人とも法律家をしている。」

 伊藤教授に紹介され、お互いに軽く会釈をした。

「それで、今日は君に訊きたいことがあったんだが、いいか?」

「はい。私で良ければ。」

「じゃあ、今回、秀則は暴行を受けたようでその現場に居合わせたという人が救急車を呼んでくれて、それですぐに手術が始まったんだ。運ばれたのは今から3時間と45分前。」

「その人は?」

 キョロキョロと辺りを見回したが、その人がいないので帰ったのだろうかと首を傾げた。

「その人は救急車に同乗はしたんだが、すぐに帰ってしまって分からないんだ。」

「そうなんですね。」

 昨今、同乗しても何も言わずに帰る人が多かった。他人に関わることで問題が起こることはよくあることだったからだ。

「それで、今は英知教授が執刀して手術中ということでしょうか?」

「ああ。だが、その人が救急車に連絡して容態を訊いた時、数人の男達に暴行されていたと言ったそうだ。そして、実はもう1人の男性も暴行を受け、今はまだ意識が戻らないが、一緒に運ばれた。彼は秀則が背に覆いかぶさったおかげで、ほとんど怪我がなく少し頭を打ったぐらいだったようだ。」

「その男性は?」

 その一言だけだったが、伊藤教授は何を知りたいのか察したように頷いた。

「フリーカメラマンだ。」

 その答えに言葉は出て来なかった。彼らが襲われた理由など1つしか思い浮かばなかった。それに思い至った瞬間、樹は悔しさで手を握りしめ、壁を思いっきり殴った。

「落ち着けよ。」

 それを止めたのは後藤だった。樹の力ではほとんど壁に傷などつかなかったが、取り乱した様子に見ていられなかったのか、どこか焦っているようだった。

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