第19話

 あまり多くの人に凜があのリン・ヒイラギだとは知られておらず、患者名簿から把握しても同一人物であることは紹介者の伊藤教授とその他のS大医学部教授と理事たちなので、漏洩の捜査は一向に進展していなかった。特に、医療関係者は数が多く把握しきれていないし、教授ならまだしも理事となれば樹にとっても、いや、教授でもそう簡単に接触できなかった。桐山教授らは何度もアポイントを取ろうとしたが、やんわりと断られており、為す術がなかった。

漏洩から1週間が過ぎても状況は良くなっておらず、毎日のように病院の入口に居座る報道関係者たちの態度が悪くなり、押しかけまでに発展し、通院患者にまで怪我を負わせるほどになっていた。その上、フリーの同業者までもが関係者専用の出入り口にいて、帰宅する彼らに執拗に質問攻めにしていた。テレビや新聞という媒体でも、毎日リン・ヒイラギの小説執筆活動の離脱がトップニュースや一面を飾っていた。それだけでなく、売れ行きが良くなることを知った雑誌出版社が煽るような記事を掲載し始めた。もちろん、先日やってきた成宮が勤めている出版社もその1つで、むしろ、誰よりも先に出版していた。

「まったく、こんな風に毎日報じられていれば、本人の精神的な苦痛は相当だわ。それに、何もかもリン・ヒイラギについてひた隠しにしていたのに、学校までバレているじゃない。しかも、誹謗中傷のような記載をしている。」

「そうですね。学校の方まで報道関係者が来ているようです。」

朝、早めに出勤して持ってきて新聞を読んだ桐山教授は机を叩きつけていた。苦痛に顔を歪ませており、苛立ちをぶつけるように新聞を何度も両手で叩いていた。息を整えた彼女は落ち着き、樹のほうを見た。

「彼女は大丈夫?あなたは随分落ち着いているけど。」

「昨日会った限りでは、普段通りでした。むしろ、迷惑をかけていることを謝罪されました。学校の教師は彼女の職業を知らないらしく、教師たちは詮索もしないようですね。生徒たちが報道関係者に色めき立っていてそれどころじゃないのかもしれません。彼女がそれほど落ち着いているのに、担当医の僕が不安を煽る態度は取れません。」

そこで一度言葉を切ったが、桐山教授が何か言う前に続けた。

「でも、本音を言えば本人の精神的な苦痛を無視して書くような人は許せません。」

 ニッコリと笑って言った樹に驚いた彼女は目を大きく開けて驚愕していたが、それは徐々に笑みに変わった。

「そうね。それに、謝罪するのはこちらであって、別に謝る必要なんかないのに。」

 彼女は苦笑した。

「ところで、漏洩した人物の宛はあるの?」

「今はまだ。と言っても、この病院の中で誰が彼女をリン・ヒイラギと結び付けていたのか分からないですので、あまり進展はしていません。」

「そうよね。でも、情報は教授で止まっているはずだし。彼女が毎回夕方の診察のおかげで、事務は決まった人しか名前は知らないはずよ。」

「そうですね。一応、その時間帯に入っていた事務の人にそれとなく世間話程度にしてみましたが、誰も変わった素振りはなく本当に知らないようでした。」

「後は理事か他の教授か、ね。」

「はい。教授や理事なら失礼ですけど、報道関係者と親しそうですから可能性は高いと思います。最初に掲載されたのは大手新聞社ですし。」

「そうよね。」

 桐山教授が頷いたところで話が一旦切れ、電話が鳴ったので彼女はその対応をした。樹は何となく彼女が持ってきた新聞を手に取って読んでみた。

 そこには、事細かに記された彼女の通院時期や重篤とまであり、それに関連付けて彼女が書いた小説の誹謗中傷まであった。以前は、どんな小説も絶賛しか書かなかったが、素早い手のひら返しだった。その上、彼女が執筆できる状態までなく、執筆活動辞退も秒読みと記載されていた。

「この学校込みのスケジュールを何で知っているんだろう?しかも、一切彼女の素性は情報規制がされているから、一般人が知るはずがない。知っているとしたら、伊藤教授・・・。」

 自分の考えをまとめていくうちに1つの答えが浮かび上がり、勢いよく立ちあがった。椅子が荒く揺れた音の大きさに驚いたのかちょうど電話を受話器に置いた桐山教授が目を見開いた。

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