第二章
第14話
冬を迎えて朝が氷点下になるかならないかで薄っすらと水溜りに氷が張る時期になった。「寒いな。」
樹はマンションを出ると、思わず寒さで手袋をした両手で腕を摩った。自転車を通勤することができなくなり、樹は徒歩で通勤するようになったことで、彼が家を出る時間は30分早まった。普段、椅子に座っていることが多い彼にとっては、通期の自転車は運動の代わりでもあったので、その時間を止めることはできず、徒歩での出勤にした。しかし、約30分ほど寒さの中歩くことはとても体に対しては重労働のように厳しかった。
「まあ、でも、行くしかない。」
樹は自らを奮い立たせて勤務場所であるS大附属病院に向かった。
病院に着きいつものように診察の準備やスケジュールの確認をしていると、精神科の教授でもある桐山先生が出勤してきた。
「おはようございます。」
「おはようございます。内山先生。」
朝から快活に挨拶を返す彼女はそのまま自席に座り、いつもより大きな鞄を持ってきた。
「いつもより大きな鞄ですね。」
「そうなのよ。これ、資料も入っているからね。」
「資料ですか?」
「そう。今度の研究発表の資料。」
「そうなんですか。」
「そうなのよ。今、家で仕事しているからね。」
「どう・・・。お孫さんのお迎えとかですか?」
「そう言うことよ。」
桐山先生は苦笑しながら樹に向かって頷いた。彼女の娘はこの病院の看護師をしており、現在は産後休暇で休みを取っているが、3人の子供を持つ母親だった。そして、母子家庭である彼女は体調が不安定で手が回らないこともあり、1人親で彼女の家族と同居している桐山先生が上の2人の子供の迎えをしているようだった。
「大変ですね。資料の方は私の方で手伝えることがあれば何でも言ってください。」
「ありがとう。助かるわ。内山先生は器用だし要領良いから、こういう仕事が早くて毎回本当に助かっているのよ。」
「ありがとうございます。」
そうして、話ながら患者スケジュールを渡して朝のミーティングに入った。
「今日は柊さんの診察入ってなかった?」
最後に名簿を見た桐山先生が尋ねた。
「それが、今日は無理だから明日に回してほしいと昨日の帰り際に連絡があり、明日の午後は1人しか入っていないので、いつもと同じ時間に入れました。」
「それならいいんだけど。」
桐山先生は安堵したようだった。
「これから進路とかもある時期だし、彼女も多忙になるから無理ない程度にしていきつつ、ケアはして行きましょう。不眠症の方はどうなの?」
「全くですね。彼女、生活も10代とは思えない過酷な食生活をしていて、改善の余地がないです。あれでよく健康診断引っかからないと思うくらいです。」
「それって、引っかかっているけど無視している可能性もあるんじゃない?」
「確かに、彼女ならやりかねないですね。寮生活ですし、家族の目というものもないですから。」
「必要なら内科にも連絡入れてみましょうか。」
「分かりました。必要になれば内科に連絡してみます。」
桐山先生は困ったように微笑んだが、それ以上は何も言わなかった。それからは、いつもの日常であり、最後の診察が終わり患者の見送りから戻ろうとして受付ロビーを通った時だった。ロビーの一席に座っていたらしい制服を着た中学生くらいの男子が樹に大股で近づきいきなり頬を叩いた。それに仰天して樹は目を瞬いた。
「お前、ちゃんと診察しているのかよ。全然効果ないけど、藪医者なんじゃないのか。」
と、罵倒してきた。夕方で診察時間も終わっているので、ほとんどそこには人はいなかったものの、それ故に尚更彼の変声期前の声は良く響いた。
「秀明!お前、何をしているんだ!」
そこへ乱入してきた声に樹は驚いた。伊藤教授が走ってきて秀明と呼ばれた少年の頭を叩いていたのだ。しかし、少年は次に目の前に立つ伊藤教授を睨みつけた。
「だって、祖父さん。こいつが診察しても全然良くなったように見えないんだ。今日だって委員会の途中に貧血で倒れそうになったんだぞ。それに、そのせいで仕事も辞めようとしているんだからな。お前のせいで。」
最後には、少年は伊藤教授を退かして樹の襟を掴んで睨みつけた。樹は混乱の中で話が全く読めなかったが、彼と同年代だろう患者である凜のことだとは検討が着いた。
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