第10話

 会議室には、現在4人残っていた。後藤達が座っていた椅子を持って行き、英知教授の隣には元々桐山教授が座っていたので、それに細長いテーブルを挟んで対面する形で英知教授の前に伊藤教授が、桐山教授の前に樹が腰かけた。

「まあ、皆楽にしてよ。僕もちょっと疲れたし。ほら、内山先生、お水を上げよう。」

 先ほどとは打って変わって、砕けた口調で樹のことまで気配りしてきた英知教授に樹は仰天し、差し出された未開封の水のペットボトルを受け取ってしまった。

「お前、その切り替わりはもう少し何とかならないか?俺らは慣れているが内山先生はびっくりしてロボットみたいになっている。」

「ああ、ごめん。気の置けない者たちしかいないから普段通りになってしまった。」

 伊藤教授に咎められた英知教授はのんびりとした口調で朗らかに樹に笑いかけ軽く謝った。

「それで、さっさと私たちだけを残した理由を言ってください。」

「そんなにピリピリしないで。じゃあ、言うけど、今回のことと3年前のこと、関係あると思う人は手を挙げて。」

「何だよ、その子供たちの遊びで多数決みたいなやり方は。」

「いいじゃないか。分かりやすいし。」

 嫌な顔をして突っ込んだ伊藤教授の言葉も1言で英知教授が流した。すると、2人は諦めたようにため息を吐いで、彼らは手を挙げるほうを選択した。そして、英知教授もそうだった。しかし、樹は何の判断もできないでいた。

「おや?内山先生はそうじゃないと思っているのかな?」

 英知教授は意外そうに樹に尋ねた。

「正直に言えば、分かりません。3年前の原因も自分は分かりませんでした。その時臓器損傷とは書かれており出血が死因でしたが、それを引き起こした原因が分かっておらず、今回のように出血量は多くありませんでした。だから、3年前のことと今回のことで原因が一緒かどうかも分からないのに、繋がっていると判断はできません。ただ、2つの手術はどちらも後藤先生が当事者であることは事実です。しかし、それだけでは何とも言えないです。」

「そっか。確かに、おかしいよね。普通虫垂炎破裂で出血はほとんどないはずなのに、3年前は術後1週間後に、今回は手術中にそんな理由で幼い2つの命が奪われるなんて。」

「司法解剖を依頼した人は信頼できるの?」

 そこで、桐山教授が英知教授の方に尋ねた。

「さあ、警察に届けを出して、彼らが手配しているから、そこら辺は全くのこちらの管轄外なんだ。」

「もし、その司法解剖をした法医学者がT大出の人だったら、話は簡単なのにね。」

 彼女は何気もなく言い切った。それに、樹を含めた3人は首を傾げて彼らは視線を交わし同時に首を横に振った。

「どうしたの?」

 男3人の奇妙な動きに桐山先生が首を傾げてしまった。代表して英知教授が口を開いた。

「どうして、T大出身だとそうなるんだい?」

「だって、大分助手って元々はT大出身であそこの附属病院で働いていて、助手とかになれそうになかったからこっちに来たわ。それに、あなたの推薦じゃなく小児科外科の助教をしている人もT大出身で、彼の推薦があって、ここに来たのよね。それに、後藤先生もT大出身の教授たちに可愛がられているし。あの人の父も兄もT大出身って小耳に挟んだけど。あれ?もしかして、ただの噂で実際は違うの?」

 黙る3人の男の反応に桐山先生は自信なさげになった。彼女の発言は大きな進展につながる重要な手がかりで樹たちは黙ってしまったのに、彼女は認識違いをしているようだった。つくづく女性の情報収集力の凄さに樹たちは舌を巻いた。

「いや、ありがとう、美佐子さん。これで、この件、少しは進展しそうだよ。」

「え?うん、ありがとう。というか、名前で呼ぶなって言ったわよね。」

「ごめん、ついね。まあ、バレたっていいよ。」

「ここには私の大切な教え子もいるの。」

 まるで痴話げんかのような言い合いが始まった。それに呆然としながらも樹はギギっとなりながら頭を伊藤教授の方に向けて声にならないので目だけで説明を求めた。

「うん、あの2人は正式な夫婦ではないけど、一応夫婦みたいなものだな。内縁のってところだ。言っておくけど、2人は出会って40年ほど経つけど全く逸れたことはない。ただ、タイミングが合わず、娘には説明してあって納得してもらっているし、彼女やその子供・・孫にもたまに会っているらしいから、そのままズルズルとここまで来ちゃったって感じ。」

 普通の口調で伊藤教授が説明した。その話に樹は瞬きも忘れた。パワフルママ代表のような先輩である桐山先生がそんな形の家庭を築いていたことに純粋に驚いたからだった。

「まあ、2人は楽しそうだからいいけどな。ちなみに、優斗、英知教授は美佐子の2個下であの2人は高校からの出会いだったから。」

「へえ、本当に長いですね。」

「そうなんだよ。未だにくっつかない意味が俺には理解できない。娘に3人目の孫も生まれるっていうのにな。」

「そう言えば、陣痛が来たって言ってましたけど、桐山先生は分娩室に行かなくても大丈夫ですか?」

 樹がまだ言い合っている桐山教授の方に尋ねた。すると、彼女は思い出したように立ち上がり、相変わらずのフットワークの軽さであっという間に部屋を出て行った。

「英知教授は行かなくてもいいんですか?」

「ああ、うん。僕は分娩室なんて立ち会ったら倒れるから生まれたって連絡もらったら行くよ。」

「なるほど。」

 英知教授の発言に樹は意外に思いながらも頷いた。

「T大出身者って言うと、さっきの教授たちを出したのは正解だったかもしれない。」

「そうだな。全員T大出身だしな。」

「そうなんですか?」

「うん。僕らはS大もち上がり組だけど、彼らはそうなんだ。昔はT大出身者の天下りのように使われてたしね。この病院。」

「そうだよな。俺らが加わった頃はよく叩かれたし、色々とあったけどな。」

 2人は感慨深げに言った。そんな2人の雰囲気がいまいち馴染めず樹はただ空気になった。

「それで、今後は4人で連絡を取り合いたい。外も中も危険だけど、この部屋は一応防音されているからね。必要になったらここに集まろう。今後の方針は彼らには悪いけど、時間稼ぎはさせてもらって1週間は耐えてもらおうかな。僕はここ首になっても困らないからね。そうしたら、悠々自適に美佐子さんと仕事を止めておうちで過ごすし。」

「そう言うなよ。そうならない為の努力はしろよ。桐山も今は仕事を辞めたくはないと思うからな。」

「そうだね。ワーカホリックだから。」

 伊藤教授の指摘に残念そうに英知教授は言った。

「さて、内山先生は、今後、後藤先生や大分助手から接触があるかもしれないから気をつけて。君が一番彼らに狙われやすいだろう。3年前の当事者なんだから、身辺は警戒しておいて。」

 急に仕事モードになり彼は真剣な表情で樹に注意した。その切り替えの早さに驚いたが、心が引き締まった気がした。

「しかし、3年前のことは知りたいので、司法解剖の件、もし、分かれば教えてください。」

「もちろんだよ。」

 英知教授は樹の提案を快く受け入れた。それで、この会議はお開きになった。

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