第2話

そして日曜日、僕たちは朝早くに合流して森へと足を踏み入れた。

薄暗く、涼しい風が頬を撫ぜる。Tシャツで来たことを少しだけ後悔するほど、森の中はひんやりとしていた。後ろを振り返ると、まだ入り口の向こうに光が見える。まるで壁でもあるかのような森の内外の温度差に少しだけ違和感を覚える。

「調べるって言っても、どこを調べるの?」

長袖のパーカーを着ていても少し肌寒いのか、腕をだきながら恵麻が呟いた。

確かに、具体的に何をするかは決めていなかった。見切り発車にも程がある、と少し笑ってしまった。今のところ、木々が覆い繁っているだけで特におかしいところはない。



「特に何もねえな。」

「もう、賢治ったら。まだ来たばっかりじゃない。」

代わり映えのない景色に少しだけ飽きてきたのか、賢治が転がっていた石ころを勢いよく蹴飛ばした。それは放物線を描いて、茂みの中に落ちる。


「いたっ!」


石が落ちた直後、少女のような声が聞こえた。と、同時にガサガサと音がしたかと思うと、人影が奥へと走り去る。


「待って!」


僕はその“影”を追いかけるため、無意識に走り出していた。後ろから追いかけてくる3人が何か叫んでいるけれど、何を言っているかはうまく聞き取れない。どれだけ走っても、同じような木に囲まれた景色ばかりが続く。やがて少女に触れられるくらいの距離まで追いつくと、腕を掴んで思いっきり引っ張った。


「待ってってば!」


僕が腕を引いたせいで後ろに傾いた彼女はそのままこちらに倒れ込んでくる。思った通り、幼い女の子だ。真っ黒の髪に真っ黒の瞳。僕が追いかけたからか、泣きそうな顔でこちらを睨んでいる。


「ご、ごめん。」


思わず謝って、手を離した。少女は勢いよく僕から離れると、じっとこちらを見つめている。かなりの距離を走ったはずなのに、息も乱れてはいなかった。よくファンタジー作品で見るような、変わった洋服を着ている。短く切りそろえられた髪がサラリと風に揺れ、少し尖った耳が見えた。首にかけたネックレスは少し大きくて重そうだ。


「どうしてこんな森の中にいるの?」


「それはこちらのセリフだ。まさか、ニンゲンがまたオババをイジメにきたのか。」


「え?」


詳しく聞こうと一歩足を踏み出すと、彼女も一歩後ろに下がる。


「くるな!もやされたいのか!」


目を釣り上げた彼女は、首にかけているネックレスを握りしめている。まるで猫のようにシャーっと威嚇している姿が可愛らしくて、くすりと笑ってしまった。


「なにがおかしい!わたしだってそのきになれば!」


僕が笑ったことがよほど気に入らなかったらしい。彼女は右手に赤い光を集め、それが小さい炎に変わる。徐々に丸くなったそれは、テニスボールほどの大きさになった。


「ちょ,ちょっと!森の中で火はまずいってば!」


もしも周りの木が燃えて、それが燃え広がれば大変な事になる。止めようと、慌てて走り出すと、その“赤いボール”を僕に投げつけた。咄嗟に腕で頭を守る。当たったであろう場所が少しだけ痛んだ。



「エニー、やめなさい!」


突然聞こえた声に、動きが止まった彼女の腕を軽く押さえ込んだ。やめろ、とバタバタするのをどうにか封じ込めて、辺りを見回す。誰もいない。森の中には、僕たちが呼吸する音だけが聞こえている。


「オババ、たすけて!」


エニー、とはこの子の名前だろうか、そうだと仮定しよう。僕に腕を押さえられたことによって再び泣きそうになったエニーが叫んだ。


「離してやってくれるかい。もう大丈夫さ。」


すぐ後ろで聞こえた声に僕は驚いて振り向いた。誰も居なかったはずが、そこには、いつの間にか女性が立っていた。この女性も、なんというかとても個性的な格好をしている。そして右手には先が太陽のような形をした杖を持っていた。エニーは僕の手から離れると一目散に女性に駆け寄り、後ろへ隠れた。


「全く、ニンゲンに姿を見られたばかりか魔法まで使うなんて。」


「まほう…?」


「それにしてもあんた、なかなか素質があるようだね。」


「は?」


僕の話は聞かず、うんうんと頷く。そうだねえ、と考え込むと彼女は僕に杖の先を向けて空を見上げながら言った。


「うん、この子に決めたよ。いいかい?」


つられて僕も空を見上げ、そこでやっと、周りの景色が変わっていることに気がついた。少しの光も通さないほど多い繁っていた木々。それが僕たちの頭上だけぽっかりと穴が開いたように無くなっていたのだ。


「大丈夫、あんたならできるさ。」


頑張りな、そう声が聞こえたと同時に僕の意識は暗闇へと沈んでいった。


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ヤイロ Liber @nn-orange

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