「A子はいつも鶴を折っている」

 A子はいつも鶴を折っている。教室のどこの席にいても、休み時間も、授業中も折る。教員は誰も注意しない。

 A子はノートの端っこをビリビリと引き裂いたり、授業のプリントを堂々と正方形にカットしたりして、鶴を作る。ときどき普通の折り紙とか、4分の1サイズの折り紙も持参している。授業時間を丸々使えば、70個くらいは作り終わってしまう。

 作った鶴は羽を広げずに、A子の筆箱とか、カバンとか、机の中にぎゅうぎゅうに押し込まれていく。時にはクラスメイトがA子ちゃんちょうだい、と列を作ることもある。するとA子はちょっと嬉しそうに、好きなのとってっていいよ、と笑う。


 ある時A子の鶴が捨てられた。ゴミ箱で、ティッシュや消しカスにまみれて、色とりどりの鶴たちが溺れていた。

 A子はそれでも毎日鶴を作った。鶴をちょうだい、と言ってくるクラスメイトはいなくなった。


 ある時A子の鶴が通学路に捨てられていた。踏まれたのか、ぐちゃぐちゃで、茶色い土がついていた。そっと拾って鶴の羽を広げたら、ばーか、と書かれていた。A子はそれを家に持ち帰った。


 A子は鶴の国を作りたかった。

 家に、真っ白な折り鶴の彫刻がある。手のひらサイズで、表面がツルツル光っている。A子はこの子を神として崇めていた。

 神の鶴を真ん中に置き、周りをA子が作った鶴の群れで埋める。中には小指の爪のサイズにも満たない小さな鶴もいた。それを神の頭や羽、真ん中のクッションのようなところの上に乗っけたりもした。なんでもありのようだ。


「今日は新入りの子がいまぁす」

 A子は体がつぶれた鶴をヨタヨタと歩かせ、神にお辞儀をさせた。

「仲間にさせてください」

 神は無言だが、よいと受け取ったらしい。

「ではさっそく」

 薄汚れた鶴が、小さい鶴をはねのけて神の体によじ登ろうとする。だが、体が不安定で乗ることができない。

 A子はふうっとため息をつき、その鶴を解体することにした。頭を真っ直ぐにし、元の折り紙状に戻していく。クシャクシャだが、ばーかの文字は浮き出そうなくらいはっきり見えた。


 A子は学校で鶴を作るのをやめることにした。すると周りの子が変な目を見てくる。A子が鶴を作ってるのを見ないと、落ち着かないらしい。A子も作らないと気が狂いそうだ。休み時間、トイレに駆け込んで、トイレットペーパーで鶴を折った。へなへなで頼りないけど、案外形にはなった。A子はこれを水に流した。流れていく鶴を見るのは心苦しかったが、これを休み時間の度にやった。

 

 ある時トイレの天井から鶴が落ちてきた。トイレで水をぶっかける、という現実味のないいじめのワンシーンならドラマで見たことがあるが、鶴とはどういうことだろう。鶴を捨てた子の仕業だろうか。玉入れみたいに、わんさかわんさか入ってくる。空を飛ぶ鶴たちは、羽が生えたみたいに見える。

 床に落ちてきた鶴は、カラフルだが、A子が作ったのではない。折るのが下手っぴで、ほとんどの鶴に白い部分が見えてる。特に頭と尻尾の部分がひどい。中には両方頭にしてるのもあるし。

 A子が拾うと、羽にメッセージが書かれていた。どうせばーか、と書いてあるのかと思ったが、違う。


 A子ちゃんの鶴大好き!またちょうだい!

 A子ちゃんの鶴は綺麗だね

 またA子ちゃんが鶴作ってるの見たい!


 別にこれらのメッセージは、A子にはそこまで響かなかった。だが、A子はふふんと得意げな顔をしている。A子の周りでは、沢山の鶴たちが、ひざまずいているのだ!


「わたしは鶴の国の、神様!!」


 そういうと、またトイレの天井から、沢山の鶴が降ってきた。


 A子はまたクラスで鶴を折るようになった。あだ名はトイレの神様になった。

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過去作置き場 ナノハナ @claririri

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