第74話 仲間

 最後の出撃になるであろうその日は、雲一つない晴天で、春の木漏れ日であり、戦争でなければピクニックに行くのには最高の天気である。


「……」


 勝達兵士は、お互いドラゴンに乗り、これでもかと言わんばかりにお守り代わりの宝石を付け、まるで重度の鬱病のような、いたたまれない表情を浮かべている。


(俺たちは、これから本当に死ぬのかもしれないぞ……!)


 対照的に勝は、何故か清々しく、凛々しい顔つきであり、周囲からは「絶対こいつ、出撃前にドラッグとか、危険薬物の類をキメてやがる」と陰口を叩かれていた。


 戦時中、死地に赴く特攻兵達は、皆何故か妙にスッキリした顔つきだと当時の関係者達は物語っており、中には確かにヒロポン等の覚醒剤を打っている者はいたのだろうが、大半の者達は、迫り来る死と引き換えに国や家族を守るという、もはや軍部による洗脳に近い達観をしていた。


「おえっ」


 勝は、先日に強いアルコール度数の酒を大量に飲んだせいか酷い二日酔いに襲われており、何度か大きなゲップをして、酔い覚ましにちびちびと水を飲んでいる。


「!?」


 ハオウ国まで後50キロ程度という時に、裸眼視力20.0という、もはや常人の域を超えた視力を持つ勝は、すぐさまに目の前にある、明らかに生物の動きをしているそれらに気がついた。


「アラン隊長殿! ドラゴンの群れを見つけました! こちらに向かって来ております!」


 後ろで守りを任されているアランは、前日に風俗に出向き最後だからと、高い金を払い、店で1番のとびきりの美女とやろうとしたのだが、いざやろうとしたら不能であった為、未だに童貞のままで、なんとも形容し難い表情を浮かべている。


『散会し回避だ! ドラゴンの種族はなんだ!?』


『黒色をしています! 見たことがない種族です!』


『ブラックドラゴンだ! 俺のドラゴンの次に強いやつだ! だがあれは、絶滅危惧種で天然記念物に指定されているんだが!?』


『絶滅危惧種で天然記念物!? そんなものが、ハオウ国にいるのですか!?』


『あぁ、巣があるんだ! だが、保護種である筈なのに何故実戦に投入するんだ!? 国の協定で決めていたんだが……!?』


 かつて大陸を跋扈していたブラックドラゴンは、食用肉としてはかなり美味く、鱗も耐久性が優れている事で高く売れ、乱獲されてしまい個体生息数は激減した。


 生態系の維持の為に、ブラックドラゴンの保全を訴える非営利団体により、世界全体で生物兵器として扱わずに、一切人の手を加えずに自然繁殖で数を増やそうとする協定が結ばれたのは戦争が起こる前であった。


(俺は天然記念物とか絶滅危惧種の概念はよく分からないのだが、そんな国同士の協定が簡単に破られるとは、やはりそれだけに向こうの上層部の思想は破綻してるのだろうか……?)


 自然環境保全や生態系の保護の概念が芽生え始めたのは、環境問題が騒がれ始めた1960年代以降からであり、勝の生きていた時代にはその考え方は無く、当然天然記念物などの言葉は存在しなかった。


『どうしますか!? フランクの次に強いんすよね!? しかも、手を出しちゃいけない代物ですし、攻撃はどうしますか!?』


 ヤーボの声が魔法石越しから勝達の耳に入り、絶滅寸前だが、フランクの次に強い生き物をどうやって処理するのか、勝達はアランの判断を待つ。


『いや、今やっているのは戦争だ! 仮にそれが国の記念物だろうが戦って倒さねばならぬ! 勝、ここは俺たちが引き寄せるからお前は地上部隊と合流しろ!』


『はっ! 行くぞゼロ!』


 勝はゼロの手綱を引き、槍を構え、数キロ先にいるブラックドラゴンの群れを見やると、それは速度が明らかに自分達よりも速いのか、みるみるうちに距離が縮まっており、一抹の恐怖を感じる。


(もう、これで会えなくなるのか……?)


 あれ程気に食わなかったアランと、もう二度と会えなくなるのではないかと、勝は得体の知れない不安が頭をよぎり、アランの部隊から離れ、無意識のうちに敬礼をして彼等を見送った。

      🐉🐉🐉🐉

 エレガーとジャギーは、ボブと共に地下道を足早に進み、光の差し込む方へと進みながら、追っ手が来ないかどうかと不安になっている。


「ここだ」


 ボブが指差す方向には、厳重にロックがかけられた扉があり、ボブは慣れた手つきで解錠を行い、「これで一安心ね」とジャギーは安堵のため息を漏らす。


 扉を開けようとすると、扉の向こう側から声が聞こえてきて、それはどうやら、合言葉を言っているようである。


「ジャギー!」


「Jカップ!」


 明らかに卑猥で、立派なセクハラの言葉にジャギーは怒り心頭の表情を浮かべており、扉がギイと開かれ、急いで彼らは部屋の中へと入る。


「うわっ……!?」


 部屋の中には、沢山の魔法石と魔力回復用の薬、ドラゴンの鱗で作られた鎧と武器が所狭しと並べられ、30畳ほどの部屋の中にはレジスタンスと思われる人間が20人名ほどいる。


「エレガー、彼女がジャギーだな」


 中心で椅子に座っている50代前半で筋骨隆々の男は、背中にバトルアックスを差しており、相当な実力者だなと窺わせる。


「えぇ、彼女がジャギーです、ジョセフの娘です」


 エレガーはそう言うと、テーブルに置かれた魔力回復の薬を一口口に入れ、ため息をつき、あたりを見回す。


「武器はこれで全部ですか」


「あぁ、これでもかなりの上物を揃えた」


「まぁ、何とかなるでしょう」


「ちょっと! 何で私の父の名前を知ってるの!?」


 ジャギーは、10数年前に亡くなった父親のジョセフを何故他国の人間が知っているのか疑問に感じており、やはり敵なのではないかと疑心暗鬼に駆られる。


「申し遅れたな、俺の名はルーカス。君の父とは、元々は同じこの国の軍人同士の同期だった……」


「え!? 父さんが……!?」


「あぁ、君の父さんは、元はこの国の兵士だったが、嫌気がさして、赤ん坊だった君と奥さんを連れて亡命した。ムバル国に行ったと。何度か文通はして近況は知っていたが、奥さんが流行病で亡くなり、戦争が始まって徴兵され、戦死した。20人の竜騎士に囲まれて壮絶な最後だったのを俺は遠くから見た……! すまなかった、助けてやりたかったのだが、罪に問われるんだ……!」


「……!」


「君の力が必要だ、エレガーの次に高い魔力を持つ最高位に近い魔導士がな。今戦争で全線にほとんどの兵が出向いていて今が国王暗殺のチャンスだ。……力を貸してくれないか?」


「うーん……」


 ルーカスは椅子から立ち上がり、ジャギーに握手を求め、ジャギーは少し考え頷き、快く握手をし、何度も強く握り締める。


「よし、これで百人力だ。休憩して準備を整えてから、作戦を練って、行こう」


 エレガーは、そう言うと、部屋の中に置いてある自分の体に合う武具を見に纏いチェックをしながら、周りにいる人間に説明を仰いでいる。


「あのさ、ちょっと聞きたいんだけどさ……」


「ん?」


「さっきの合言葉考えたクソ野郎は誰?」


「あ、いや、それは……ギクリ」


「あぁ、エレガーがこの合言葉なら絶対誰にも分からないし、バッチリだと言ってたからこれにしたんだよ」


 ルーカスの一言にジャギーの表情はみるみるうちに真っ赤になり、エレガーの股間をブーツの先端で思い切り蹴り倒す。


「ギャアァァ!」


「この馬鹿野郎!」


 エレガーの悲痛な呻き声と、ルーカスやボブ達の笑い声が部屋の中に響き渡り、「これでは前途多難だわ」とジャギーは別の合言葉を頭で捻った。

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