第73話 逃亡

 この国で1番大きな居酒屋は、明日死にゆく人間が最後の憂さ晴らしで利用しており、おそらく開店してから初めてであろう、満員御礼の状態が数時間も続いている。


 人間誰しもが、強烈なストレスに苛まれると、大半の人が頼るのはアルコールかドラッグであり、違法薬物として指定され、生産が中止されているはずの、神経に作用する薬剤のカケラがちらほらと散乱しているのを勝達は見て、「誰でも同じなんだなあ」と深いため息をつく。


「あーあ、死ぬ前に恋愛をたくさん経験したかったなあ……」


 マーラは1番高い酒を頼んでチビチビと飲み、オモコをスパスパと吸っており、その発言にヤックルは微妙に反応しているのを勝は吹き出しそうになるのを堪えた。


「なぁ、これから一発やっていかねぇか!?」


 アレンはというと、片っ端から女性兵士に声をかけておりその度に思い切り頬をビンタされ、「見苦しいな」と勝達は深いため息をつく。


 街のあちこちでは、泣きながら国家を謳っている者達がおり、それを見た勝は、戦争に行く前に内地で酒宴を開き、意気揚々と軍歌を歌っていた同期の桜を思い出し感情に浸る。


 勝は、ゼロから21世紀末ごろに流行った、ラップやヒップホップ、ロックや演歌を教えてもらったが、やはり育ってきた年代が違う為にただの雑音にしか聞こえず、軍歌や国家の方がしっくりくるなと思い、オモコに火をつける。


「なぁ、勝さ、聞きたいんだけどさ……」


 ヤックルは一回戦で負けた学生野球の球児のように、散々泣き腫らした顔で、勝に何かを聞きたい様子である。


「なんだい?」


「勝のいた日本ってさ、典型的な軍国主義だったよね? その、死について考えたことはあったか? 変な宗教や特攻隊とかは別にしてさ」


「……」


 勝は思わず不意をつかれた質問をされ、返答に困っており、その様子を見たマーラやアレン達は「ククク」と笑っている。


「いやね、この人のいた国ってさ、全員死ぬまで戦うのが当たり前だったんじゃない? 今更死ぬのって怖くないでしょ?」


「あぁ、典型的な軍国主義だしな……」


 マーラ達は軽口を叩いているが、ヤックルは酔いが覚めたのか、真剣な眼差しで勝を見つめており、純粋な軍人の心境を聞きたいと興味津々の様子である。


「俺は……」


「はいさてね、最後のプレゼントにコール石のネックレスはいかがですか!? タダであげちゃうよ!」


 居酒屋に、ピエロのようなド派手な格好をした男が入って来て、周りに大声で胡散臭そうなネックレスを勧めており、折角のタイミングが台無しだなとヤックル達はKYなそいつを睨みつける。


「ヤベェ、あのネックレス人気のブランドじゃない!?」


 マーラは、場末の娼婦が高価な装飾品にハマる例に漏れず、周りで人気のネックレスが無料で手に入ると目を光らせて足早に向かっていくのを勝達は見て、「何故女ってのはくだらない物に興味を惹かれるんだろうな」と深いため息をついた。


       🐉🐉🐉🐉

 ジャギーとエレガーは足早に地下道を走り、目の前にある一筋の光に向かって進んでいると、エレガーの持っている魔法石から通信が入ってきた。


『聞こえるかエレガー! ジャギーは合流したか!?』


「あぁ! さっき解放した!もう少ししたら着く!」


『了解した!』


 魔法石からの通信は切れ、エレガーは追手が来ていないかどうかと息を切らせながら後ろを見回していると、ジャギーの胸がはだけているのをが目に飛び込み、胸の谷間を躊躇なくガン見する。


「どこ見てんのよ!?」


 ジャギーはサイドゴアブーツでエレガーの股間を思い切り蹴り飛ばし、悲痛な呻き声が辺りに響き渡り、それに周りが気がついたのか足音が聞こえ始める。


「おいそこに誰かいるのか!?」


「ヤベェ!」


 エレガーは慌てて股間に回復呪文をかけ、声が聞こえる方に向けて火弾を数発放ち、ジャギーは加速魔法を唱え始める。


「急ぐぞ! ったく、あんなところ蹴りやがって……!」


「あんたが、悪いのよ!」


 後ろからは、化け物の呻き声が聞こえており、今まで聞いたことがないその声を耳にしたエレガーは、「もしかしてキメラなのか?」と恐怖に駆られる。


「行き止まりじゃないのここ!」


 光が差す所は、小さな穴が開いているだけでそこから光が漏れ出しており、これは追手と一戦を交える必要があるなとエレガー達は覚悟を決め、魔力増幅の杖と魔法石を手にしている。


「見つけたぞ貴様ら!」


 先程の声の聞こえた方から、二つ首の犬のような化け物が鎖に繋がれ、筋骨隆々の男がでかい棍棒を持ち、エレガー達を睨みつける。


「何よあれ! キショい!」


「あれは、ケルベロスだ! 遺伝子改良された猛犬だ! 実用化されたのかやはり!」


「遺伝子改良!? あんたんとこ、そんなもんまでやってたの!?」


「昔の負の遺産だ……! 親父が厳重に保管されてる資料を使いやがった……!」


「来るわよ!」


 ケルベロスは、大口を開けて牙を剥き、彼等に向かい飛びかかって来、エレガーは火球を浴びせかけるがびくともしない様子である。


「馬鹿め! 耐魔のコーティングがされた無敵の化け物だ! がはは!」


 そいつは、ろくに風呂に入っていないのか、フケだらけのボサボサの髪の毛をボリボリとかき、虫歯だらけの口を大きく開けて勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ひぇっ……!」


 後ろにある、煉瓦の塀がボロリと崩れ落ち、また新しい追手かと彼等は身構えるが、そこには大斧を持った、エレガーと同じ歳ぐらいの若い、190センチぐらいの身長で、筋骨隆々の男性が仁王立ちしている。


「ボブ!」


「え? 何? 知り合い? こんなよく分からない変なムキムキのキモい奴が?」


「お前口悪すぎだ!」


 エレガーはジャギーの頭を杖で軽くポカンと叩き、ジャギーはむかっとしながらも、少なくとも自分達よりも強そうなこの男が、きっとなんとかしてくれるだろうと軽く期待している。


「ボブだと!? モブキャラみたいな名前してんなオイ! やっちまえポチ!」


「グルル……!」


 不潔なその男は、鎖から手を離し、行ってこいとケルベロスに伝え、鼻くそをほじりながらズボンの中に手を入れてモゾモゾも弄っており、恍惚の表情を浮かべ、それをみたジャギーは「セクハラだわ」と心の中で呟いた。


「ぎゃー! 来たわ!」


 ケルベロスがジャギーの首元に噛み付く寸前、ボブが振り下ろした大斧がケルベロスの首を捉え、真っ二つに引き裂いた。


 エレガーはそれを横目で見て、守衛に向かい雷鳴をとなえるのだが、守衛は背中から盾を取り出して、雷鳴を防ぐ。


「な!? 確か俺の雷鳴は、盾を割るはずなのだが……?」


「カーマ鋼から作り上げた、魔法に強い盾だ! どんな攻撃も防ぐ!」


 ボブは面倒くさそうに守衛の方へとテクテクと歩いて向かい、大斧を盾に向けて振り降ろすと、ぱっくりと二つに割れた。


「え!?」


「残念だが俺のこれは、大陸最強の硬度と軽さを持つマルギー鋼だ。遺言はあるか?」


「ひ、ひええ!」


 守衛は踵を返して逃げようとするが、ジャギーとエレガーから火球を数発当てられ、地面に崩れ落ち、ジャギーは倒れている守衛の股間に雷鳴を落とし、ブーツでゴリゴリと踏み潰しているのを見て、「こいつ絶対SMバーで働いた方がいいよな」とエレガーは思った。


      🐉🐉🐉🐉


 「朝だぞ、起きろ!」


 宿舎の門番から聞こえる、いつもの声が勝には酷く悲しく感じ、これで最後なんだな、と思いながら立ち上がると、ゲロの匂いが鼻についた。


「うぇっ、やっちまった……!」


 勝はどうやって宿舎に帰ったか覚えておらず、服もそのままでバタンキューしており、起きて辺りを見ると枕に吐瀉物を大量にを吐いた跡があり、服にもそれはシミになってあちこちに付いている。


「……?」


 テーブルの上に置かれている手紙を見ると、勝は思わず目を疑い、周囲を見回すが、同部屋のアレンがいないことに気がついた。


『勝ごめん! 俺らやっぱ死にたくないからさ、降伏するわ、マーラとヤックル達と。勝も早く降伏して楽になっちゃいなよね。どこかで縁があったらまたな』


「敵前逃亡か……!」


 勝は、彼等が命が惜しい事がわかり、自分も降伏するべきだったのかと軽く後悔の念に駆られる、遠い過去に日本が降伏した以上、勝の中で何かが音を立てて崩れ落ちていった。

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