第71話 脱出

 ハオウ国の地下牢に、ジャギーは幽閉させられており、罪を償う場所であるせいか陰鬱な雰囲気に飲まれて、表情はかなり曇っている。


「姉ちゃん、やらせろよ!」


「胸触らせろや!」


 隣の部屋の囚人は、罪状が痴漢と覗きという、親不孝が代名詞という具合であり、もはや異常という性癖を持ち、初夏ということもありやや薄着のワイシャツを着たジャギーの胸の谷間をガン見しており、慌ててボタンを首までしめる。


「……だめだわ」


 監獄には、囚人の脱出防止用に魔封じの結界が貼られており、ジャギーは試しに火球を放とうとしたが、1.2個程のごく小さな火の粉しか出ない、情けない有様である。


 どうしたもんだかね、とジャギーは心の中でため息をつき、小さな天窓から覗く太陽を見上げ、ほかに何か手段は無いかと思案している。


「……?」


 カツコツという、金属の小気味良い音が牢屋に響き渡り、どうせまた見回りの兵士がいやらしい目つきを浮かべながら、自分の体を舐め回すように見に来たのだろうとジャギーはタカを括り、部屋に大の字でゴロンと寝転んだ。


「お前、パンツ見えてるぞ……!」


 エレガーは、女性としての恥じらいが微塵も感じられない体たらくのジャギーを見て、深いため息をつき、ポケットから鍵を取り出す。


「ちょっとあんたねぇ、何しにきたのよ! あんたのせいで捕まったじゃないの! 何考えてるのよ!」


「いや、その事で話があるんだが、取り敢えずはここから出るぞ」


「出るぞって、守衛はどうしたのよ!? ムキムキマッチョな兵士がいたでしょ! あんたのようなヒョロ男が敵うわけないじゃない!」


「いや、眠り粉で眠らせた。やはりここって、魔封じの結界が張られてるから俺ら魔法使いにとってみては都合が悪い。とっとと出よう。……ちょっと待ってろ」


「? 何それ?」


 ジャギーはエレガーの持っている布製の袋に好奇心を抱き、怪しいような、ただそれが希望のようなものではないかと一縷の望みを持つ。


「鼻塞いでろ。眠り粉だから」


 隣の部屋で、「やらせろよ」と騒いでいる、口の悪いチンピラに向けてエレガーは粉を振りかけると、瞬く間に大イビキを立てて寝てしまっている。


「凄いじゃん!」


「これは元々は手術用の麻酔に使われるやつだが、戦闘用に改良したんだよ。ただ効き目は短時間だがな。早くしないと起きるから」


 エレガーは手慣れた手つきで、ジャギーが入っている牢屋の鍵を開け、手錠を外し、革のバッグから短い杖を手渡す。


「何これ?」


「魔石から加工した、魔法杖だ。とは言っても勝の魔封剣とは違って誰でも扱えるものだ。魔法を掛けると増幅する。ただ使いすぎると壊れるがな。研究用に使われていたんだが盗んできたんだよ。護身用にやるわ」


「あ、あぁ、ありがとう……」


「行くぞ、抜け道がある」


 ジャギーはエレガーに連れられて、陰鬱な空気が纏う牢屋を足早に抜けてこうとするが、一抹の不安が頭をよぎる。


「どうしたんだ?」


「いやね……ねぇ、戦争ってやはり止められないの?」


「それは、こっちで絵図があるんだよ。……必ず、止めるさ」


 エレガーは強い決意を表情に見せ、エレガーは「カッコいい……!」と思春期の学生がイケメンに惚れるような気分になったが、差し込んだ光がエレガーの白髪混じりで所々が禿げ上がった頭を見て、「これはマジで引くわ」とドン引きした。


      🐉🐉🐉🐉


 人間は誰しも人生に一度は必ず、自分の力ではどうにもならない巨大な波に飲まれるのを葛藤する時期に直面する。


 核兵器という、この世界ではまず使われないであろう、前世界の究極の破壊兵器が使われる目処がたったから宣戦布告をするという事で、死がリアルに迫る現実を受け止めるべく、彼等兵士たちは遺書を書いている。


(特攻隊の人間達は俺達と同じ心境だったんだろうか……?)


 勝がまだラバウルにいた時点では、特攻隊は編成はされておらず、一年後ぐらいにレイテ沖で作戦が実行され、自分と同じ年ぐらいの若者が、人生の1番楽しい時期を棒に振る羽目になった。


 いくら勝つ為とはいえ、爆弾を戦闘機に括り付けて命と引き換えに敵艦を沈めるという、人として決して命令してはならない行為をし、一体何が残ったんだろうと、ゼロの見せてくれた戦争の記録フィルムを勝は見て、得体の知れない虚無感に襲われている。


 空戦中に、B17に自らの死を道連れに、捨て身の体当たり攻撃をして撃墜した、自分と同年代の勇敢な兵士がいたが、内地には結婚して生まれたばかりの子供がおり、残された家族はどうなるんだろうな、死んで何が変わるんだという軍人しからぬ葛藤は、勝にとって日常的にあった。


「生きて帰ってくるのが、本当の戦闘機乗りだ」と、エースの名高い先輩の部隊長は飲み会の都度、勝達部下に切々と話してくれたが、ある日無数の新鋭の敵機に襲われて、帰らぬ人となったのである。


「……ふう」


 隣の席では、マーラが遺書を書き終え一息つき、オモコに火をつけて、窓の外から見える、親や身内との最後の別れをしている同僚を見ている。


(マーラさんの両親は、事業に失敗して、マーラさんだけ残して首吊り自殺をしたんだったな……。だから、躾がなってなくてこんなに性格が勝気で卑猥になってしまったんだな……)


 勝は、自分と同年代なのにも関わらず、戦時中での日本人の恋愛観と異世界での感覚のズレに違和感を感じざるを得ず、いくら叱る人が居なくて勝手気ままに生きているマーラを不憫に感じている。


「ねぇっ……?」


 マーラはGカップ以上ある胸の谷間を包み隠そうとせずに、場末の酒場にいる風俗嬢と同じ淫靡な雰囲気を醸し出しており、女性経験のない勝は不覚にも鼻血をポタポタと流してしまい、周囲から「学生かよ?」と突っ込まれた。


「ねぇ、じゃないだろ! 貴様はそれでも軍人の端くれなら、節度のある格好をしたらどうだ!?」


「は!? 軍人だけどさ、これサイズが小さいのよ、それにあんたじゃなくて本命はいるから!」


「……」


「あっ、あんたの本命はジャギーだったわね。でも、エレガーの事が興味あるみたいだし、どっかで筆下ろしした方がいいんじゃない? 店行ってさ。あっ、不能だったっけ?」


 勝とマーラのやりとりに、周囲にいた兵士達はどっと笑いが巻き起こり、勝の本心はジャギーに恋愛感情は芽生えては居たのだが、自分よりも優秀なエレガーの方がお似合いなんだなと諦めて深いため息をつく。


 マーラの不遜な言動を横目で見ているヤックルは、軽く咳払いをして、遺書を書き終えてため息をついて、外に出て行き、つられてアレンも出ていく様子を見て勝は妙な違和感を感じた。

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