最終章:終わりと始まり

第70話 宣戦布告

 カヤックからの説明が終わり、勝達は言いようのない、複雑な心境に襲われており、アレンやヤックル達もまた、ゼロの説明で分かってはいたのだが、「伝記に書いてあることは、やはり間違いだったのか」という、改めて二度騙されたような錯覚に陥っている。


 大概どこの世界のどこの国にも、創生論はあるのだが、ゼロから言われたことをいまだに信じられない者もごく僅かながらおり、「俺達は誤った情報を信じさせられていたのか?」と鳩が豆鉄砲を食らった顔をしている。


「……」


 数分ほどの気まずい沈黙が流れ、アレン達は複雑な表情を浮かべており、暗い表情を浮かべているその中の誰かが、静寂をかき消すように口を開く。


「じゃあ俺達は、やはりゼロのいう通りに騙されていたのか……?」


「……」


「俺達が生まれた時から信じていた創生論は違ってたのかよ!?」


「ふざけんな、このクソ野郎!」


「ペテン師が!」


 周りが口々にカヤックに非難を浴びせかけ、それを横目で見ている勝は気の毒だなと同情をしつつも、何故黙っていたんだと疑問に駆られる。


「ペテン師だと貴様…! 国王になんて事を言うんだ、この国賊が!」


 アランは刀を抜き、不満を口々に言っているアレン達に鋒を向け、ギロリと睨みつけるが内心は彼等と同じ気持ちであり、ここでカヤックに異を唱えれば自分の家族が粛清されるのではないかとビクビクしている。


「あ!? 誰だって、テメェの存在を否定されたくないだろ!? 俺だって言いたくはなかったんだよ! 存在自体を否定されることが書いてあるんだぞ! 誰がこんな事を好き好んで言えるか!」


 カヤックは頭に青筋の血管を激らせ、自分がなぜ黙っていたことを感情的に喚き散らし、それを見た勝やトトスは精神的な引っ掛かりを感じている。


「落ち着いてください、まず何点か聞きたいのですが、この国の創世論はゼロの話しているのと同じだと思っていいのですか?」


 トトスは先程から混乱気味の脳味噌をクールダウンさせるように情報を整理しようとしており、非難を言った他の連中たちもカヤックの言葉に静かに耳を傾けようとする。


「あぁ、ゼロの言っているのとほぼ同じだ、この事は初代国王から代々伝えられてきた事実で、もし周りが知ると今のような混乱した状態に陥るから黙っておけと言われたんだ……。今語り継がれている創世論は、この事実を隠す為のものだと先代に言われた。俺達は元々は魔改造された人間だからな。誰だって、自分がオリジナルの人間ではないと知ったら驚くだろう? それがあったから言いたくはなかった、すまなかった……!」


 カヤックの事実を聞き、周囲は流石に言い過ぎだなと反省の色を示しており、下手したらクーデターが起きかねない状況を回避できたのをトトスやアレンはほっと息を撫で下ろす。


「うん?」


 テーブルの上に、そこに存在するはずのない紙製の物質が浮かび上がり、それはごく一部の限られた人間にしか使えない特殊な魔法だなとトトスは訝しげな表情を浮かべる。


「な!? この魔法を使えるものはごく限られた人間しかいないはずだ! まさか、あいつなのか!?」


「落ち着いてください、あいつってもしかして、エレガーさんの事ですか!?」


 勝は、ただでさえ髪が薄くなっているトトスが、強度のストレスにさらされて、更に禿げるのではないかと心配な様子である。


「あぁ、物質移動の魔法はトトスとデルス国の上級魔導士しかいないが、あいつらは全員捕虜にしたから、エレガーしか考えられない……!」


「いや、兎も角読んでみましょう! ……ん? 無条件降伏を勧める……!?」


 アレンは、時間短縮の為に簡易的に作られたのであろう、表面が荒い質の紙に、インクで走り書きに書かれた、やや筆記体の癖がある文字を見て直ぐにエレガーのものだと分かり、背筋から嫌な汗が流れる。


「続けろ……」


 カヤックは脳出血を起こしかけそうな気色をしており、かなりの頭痛と胃痛にさいなまれながら、何が書かれているのかと気になっている様子である。


 その様子を見た勝達は、「やはり、小国の主というものは、大国と戦争をしようものならば、かなり心身が疲弊するんだな」と気の毒に思っている。


「はっ……! 我がハオウ国は、たった今核兵器を完成させた。無条件降伏をし、国のすべての資源をハオウ国に渡せば国民全員の命は保障する。但し、この期限は明後日までであり、今すぐに降伏をしないと朝総攻撃をかける。いい返事をお待ちしている、と……」


「総攻撃、だと……!? しかも核兵器って……! この国がそんな事をされたら、全員死ぬぞ……!?」


「無条件降伏だと……!?」


 それは短文であったが、ハオウ国から来たショッキングな手紙の内容に彼等は恐怖に慄き、全身が死のリアルをひしひしと感じている。


(これでは、大東亜戦争の時と変わらないではないか……!)


 勝はゼロから聞かされた、大東亜戦争に日本が負けた決定打となった原子爆弾の使用でほぼ無条件に降伏をせざるを得ず、欧米の駒に成り下がった事を思い出し、どうにかならないかと思案に駆られている。


「……玉砕だ」


 カヤックの一言に彼らは聞く耳を立てており、「こいつはいったい何を言ってるんだ?」と理解を示すまで頭が混乱している。


「総員を動員し、一億総玉砕だ! 死んでもこの国が負けるわけにはならぬ! 女子供や老人には自決用の毒薬と、自爆用の魔法石を持たせよ! 全てのドラゴンと人員を動員し、ハオウ国を迎撃する!」


「ちょ、待ってくださいよ! それじゃあ、日本の時と変わらないじゃないっすか! 勝のいた日本って国は、確かにアメリカとかいう国に原爆を落とされて負けて降伏したけど、でも、命を軽々しく見てて特攻とか馬鹿げた事をしたんすよ! 自分の命と引き換えに敵を倒すだなんて、どう考えてもやばいじゃないすか! なんか他に方法とかあるんじゃないっすか!?」


 アランを始めとする兵士達は、極度のストレスに晒されて、完全に乱心状態にあるカヤックの問題発言に眉を顰め、勝と同じで、戦時中の日本の二の舞になるのだけはどうしても避けたいという心境である。


「ええい! これは命令だ! 断ったら粛清だ! 明日総攻撃だ!」


「あのう……」


 ゴルザは、既に精神に破綻をきたしかけているヤックルを恐る恐る見、その様子に失笑しかけそうになりながら、笑いを堪えて口を開く。


「その、核兵器ってやつを、使われる前に奪うってのはどうですか?」


「は? お前は何を言ってるんだ?」


「いえ、瞬間移動の魔法を使ってハオウ国に兵士を送り込んで、核兵器を奪い交渉を持ちかけるのです。私とヤックル君はその魔法が使えます。私が教えたのです。勝の魔封剣を使い、魔法攻撃を封じた後に空と陸から総攻撃を仕掛けます。流石に自国では核兵器は使えないでしょう。最強のシルバードラゴンも、数十匹のドラゴンの攻撃を凌ぎ切れるとは思いません。前向きに検討をお願いできませんか?」


「ほう、成程……! それはいいアイデアだな、それを使って戦うか……!」


 勝達はゴルザのアイデアに感心し、日本のような馬鹿な真似をしなくて済んだと、ほっと胸を撫で下ろし、精神の平衡をかろうじて保て、納得したカヤックを安堵の目で見やる。

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