第68話 誘拐

 ゼロが使えなくなり途方に暮れていた勝達は、取り敢えずは一度国に戻り作戦を練り直して態勢を整えるべく、帰還の道筋を辿る。


(あんなとんでもないものが、俺がいた世界に当たり前に存在していたのか……! いや、この世界は元々は俺がいた世界なんだが、大戦争の後にこうなってしまったんだな……)


 勝はゼロから教えて貰った今現在の世界観がいまだに信じられず、鳩が豆鉄砲を食らったような、狐につままれたような、何とも言えない表情を浮かべている。


「……」


 他の連中はどうかと言えば、勝と同じで、自分達は普通の人間の遺伝子構造を操作して作られたもので、紛い物だと知り、複雑でなんとも言えない心境である。


「おい、ちゃんとしろ! まだ戦争は終わってないんだぞ!」


 アランは、半ば戦意が喪失しかけている勝達に喝を入れているが、自身の心境といえば、強大な兵器がある、この戦争に本当に勝てるのかと言った不安に襲われている具合である。


『おじいちゃん、聞こえてるか!?』


 トトスの持つ魔法石からは、ひどく焦燥し切ったゴルザの声が聴こえており、これは只事ではないなとトトスは眉を顰める。


「どうしたんだ!?」


『エレガーが裏切った! あいつ、ジャギーを誘拐してハオウ国に売りやがった!』


「何だと!?」


(誘拐だと……!?)


 勝はジャギーが誘拐された報を受け、「あんな売女には興味がない」という素振りをしてるが、微かに動揺した表情を浮かべており、横で見ていたアレンは、やはりあいつに惚れてるんだなとクククと笑い飛ばす。


「総員、国に戻るぞ!」


 アランは大声で叫び、手綱を返して旋回し、勝達も「これは只事ではないぞ」と固唾を飲み、熱病に侵されたようなひどい悪寒に襲われた。


 🐉🐉🐉🐉


 勝達が国に戻る一時間ほど前、それは起きた。


「よし……!」


 エレガーは部屋から出て、キョロキョロと不審者のように辺りを見回し、人気がいない事を確認しながら何かを企んでるかのように口角を上げて魔法石に向かい声を出す。


『こちらエレガー。対象は俺の家にいる。これから拉致する』


『分かった、速やかに処置を頼む』


「何してるんだ?」


 ゴルザは、エレガーの異変に気がついたのか、コッソリと後をつけ、「第三者に情報を売っているのか?」と疑惑の目で見やる。


「え? いや……」


「お前まさかそれは、スパイ行為じゃないだろうな? 彼女とかお前いないから連絡ってのはまずないし。説明してくれないか?」


『どうした!? 応答せよ!』


「……仕方ねえ、か」


 エレガーはニヤリと笑い、懐からナイフを取り出し、ゴルザの腕を徐に切りつけようとするが、寸手の所でかわし、軽く切られたのか、シャツの裾が破れる。


「なんの真似だ!?」


「こんな真似だ」


 老人のように皺皺であり、上空に翳した手からは、銀のレイピアが何もないところから出、空気中に漂う元素から作り出したんだな、とゴルザはごく一部の魔道士にしか使えない上級魔法を見て感心している。


 レイピアを手にしたエレガーは、ゴルザに向けて鋒を向けて威嚇しており、ひどく焦燥した様子から、只事ではないなと直感で感じ、後退りする。


「はっ」


 エレガーは鋒をゴルザに向け、切りつけようとするが、咄嗟に火球が鋒に直撃し、手に伝わる熱で、うっ、と呻き声を上げてレイピアを地面に落とし、ゴルザはそれを慌てて取り上げる。


「エレガー、これで君の負けだ。俺は剣技ではこの国一の腕前だ。君を今すぐ殺すことができる。だがその前に、事情を説明する時間を与えてやる。話せば命の補償はしてやる。幽閉はされるんだろうが、君にとってもメリットはある筈だ。説明してくれないか……?」


「どうしたの?」


 隣の部屋で編み物をしていたのか、騒ぎに気がついたジャギーは網掛けの編み物を持ちながら、扉から出て来、ジャギーに気を取られた隙にエレガーはゴルザに向けて火炎系中位魔法の灼熱を放つ。


「う、うう……!」


 ブスブスと焼け焦げているゴルザを見て、ジャギーは、きゃあっという悲鳴を上げ、急いで回復呪文をかけようとしたが、エレガーに腕を掴まれ、空間移動呪文を唱え、その場から消えた。


「クソッタレ……! 回復呪文が、弱い!」


 ゴルザは回復呪文をかけているが、長時間強力な結界呪文をかけ続けているため魔力は絶え絶えで、回復呪文をかけても弱く、こりゃ回復に時間はかかるなとため息をつく。


(俺の命は、ここまで、か……!)


 柔らかで暖かい光のカーテンがゴルザの焼け爛れた体に降り注ぎ、壊死した細胞がみるみるうちに回復していく。


「!?……これは、回復呪文の上位魔法!?」


「大丈夫か?」


 ゴルザの目の前には、優しい瞳をした穏やかな老人がおり、「ドレ殿」と、ゴルザは声を上げ、ドレを見やる。


 🐉🐉🐉🐉


 「とまあ、こんな訳だ……」


 ゴルザは、落武者のように禿げ上がった髪の毛を悔しそうにポリポリとかき、ため息混じりに呟き、ハーブティーを口に入れる。


「……」


 勝達は、自分が最も信頼を置ける人間が裏切りをした行為について未だ信用できず、今日一日で色々な事があり、頭の中は混乱を極めている。


「勝達の話を聞いた感じだが、多分ジャギーの持っているペンダントが何かしらの関係を持ってる気がするんだが、あれは一体なんだったんだ?」


 アランは、ジャギーを何故エレガーが狙ったのか、原因となるものが封印の洞窟で拾ったペンダントしか該当するものが無く、疑問符を浮かべている。


「あいつそんなに重要人物ってわけじゃないよな? 魔力は確かにあるが、人よりも少し優れてる程度だし。強力な魔法を使えるわけでも無く、ペンダントしか考えられるものが無いんだが……」


「それは、俺にもよくわからないんだ。ただ俺が思うに、ゼロとかいうAIの話だと、強力な核兵器をハオウ国で作っているのだろう? ペンダントが関係してるんじゃないかと思うんだが……」


「うーむ……」


 トトスは、無精髭だらけの顎髭を指で弄り、隣にいるマーラは「不潔なんだよ糞爺、死ねよ」と言いたげな視線を浴びせ、それをみた勝は、この世界の住民は皆一様にして底意地が悪いんだなとため息をついた。

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