第67話 プルトニウム

 ハオウ国の地下には、この国きっての知識人や技術者が揃い、目の前に置かれている化学式の書かれた紙と、金属製の容器に入った鈍色の液体を見て、好奇心を超えて、こんな危険なものを作るのかと恐怖に怯えている。


 対照的に、バモラはニヤニヤと笑い、これから自分達が大陸を制覇し、美女に囲まれて酒池肉林の日々を送るしょうもない欲望に身を焦がれている。


 シャルムはそんなバモラの様子を見て、「こんなクソ野郎と、主従の関係をどうやって断ち切ればいいんだろうな」と心の中で深いため息をついた。


「ククク、これで世界は我がものよ! レオン、貴様のおかげだ、後はプルトニウムを手に入れるだけだからな……!」


 バモラは、命令とはいえ大量破壊兵器を作らざるを得ない、終始複雑な表情を浮かべるレオンの頭をくしゃくしゃに撫で、その様子を隣で見ているシャルムは油ぎった麺類を食べてるような強烈な吐き気に襲われて、酷く気分を害している。


「肝心のプルトニウムはまだか?」


 シャルムは、プルトニウムにかなり深い関心を示しているのか、それが放射性物質であり人体に有害なものとは知らず、欲望のままに欲している。


「ムバル国にあります」


 レオンは、下品に顔を歪めるバモラを殴り飛ばしたい気持ちを抑えながら、先日ゴラン国の地下にあるAIと話した時の事を思い出して口を開く。


「プルトニウムを凝縮し無毒化した結晶を、ジャギーという名前の小娘が持っているという情報を密偵から得ております」


「ほう……!」


「現在密偵と連絡を取っており、近いうちにムバル国内部に攻撃を仕掛けます」


「ほほう! 内部崩壊をやるって訳だな! ククク! してその、密偵の名はなんだ?」


「エレガーという男です」


「エレガー……? どこかで聞いたことのある男だが、まぁ、いいか。早くプルトニウムを手に入れろ……!」


 バモラはクククと笑い、女性の裸と髑髏の描かれた悪趣味な箱をポケットから取り出して、オモコを中から出して火をつける。


 🐉🐉🐉🐉


 「ハクション!」


 エレガーは酷い寒気がしたのか、大きなくしゃみをして、着ているローブの襟を立ててテーブルに置かれたホットティーを慌てて口に運ぶ。


「どうした? 誰か噂でもしてるのか?」


 結界を作る過程で生じる、極度の魔力消費のストレスで、ふさふさだった髪の毛が抜け毛が酷くなって落武者のように髪が薄くなったゴルザは、ちり紙で鼻を噛むエレガーを心配そうに見つめる。


「いや、さぁ……よく分からないんだが。俺トイレ行ってくるよ」


 エレガーはかみ終えたちり紙をゴミ箱に捨て、水晶から手を外して椅子から立ち上がろうとする。


「待てよ、お前なんか最近様子がおかしいぞ、頻繁に席を外してるし」


「いや、ちょっと下痢してる感じなんだわ」


「俺が回復呪文をかけてやるよ」


「いや、いいよ。ちょっと頼むわ」


 エドガーは椅子から立ち上がり、そそくさとトイレのある小部屋へと足を進めていく。


 🐉🐉🐉🐉


 勝達は「どうしたものか」という途方もない悩みを抱える思春期の学生のように、想像がつかない強大な兵器とどうやって対峙すればいいのか何度も大きなため息をついている。


「その、核兵器とやらは一度使われたらおしまいなのか……?」


 トトスは、いくらプログラミングされた機械とはいえ、重苦しい現実を淡々と述べるゼロを恨めしそうに見つめ、何か打開策はあるはずだと尋ねる。


「はい。核反応を防ぎ切る事は出来ません。強烈な熱波に襲われ、建物は溶かされ、人体は消滅するか大火傷を負います。広島長崎の被爆者の画像は……」


「いや、いい! 見せなくても!」


 アランは、被爆者の惨状を目の当たりにして、今朝食べたトーストエッグを吐き出したくなる衝動に駆られたのを思い出して、記憶から消し去りたいとつい口に出した。


「……」


 勝もアランと同じで、惨状を打開できなかった、国を守るという義務を果たせなかった軍人自身の憤りに襲われている。


「なぁ……気になるんだが、この世界に虹色の聖杯があって、それは世界を変える力があると聞いたが、それは一体なんなんだ? あれがあれば、俺は元の世界に戻れるようなのだが……」


 勝は辛うじて平静を取り戻し、自分がカヤックから命ぜられて取り戻せと言われていた聖杯の正体が一体何なんだと気になり、ゼロに尋ねる。


『うーん、虹色の聖杯というものはご存知ありませんね。確かに前時代に、装飾品や食器では作成されておりましたが特殊な力はありませんでした。単なる加工品です』


「そうか。……なぁ、気になるんだが、この世界に魔法という超常現象があるんだが、これは俺は使えないんだが、新人類とやらにしか使えない特別な能力なのか?」


『はい。新人類が環境に適合する為に、自然界にある元素を自力で調整できるように遺伝子を改良したのです。魔法ではなく超能力です。当然の事ながら勝さんは旧人類なので使えません。しかし、旧人類にもごく稀に突然変異で超能力を使える人間はいましたが、迫害を受けて闇に葬られました』


「そう、だったのか……」


「なぁ勝、別にお前魔法が使えなくても別に良くね? 普通に戦えるだろ?」


 アレンは魔法が使えなくて残念がる勝を不思議そうに見つめ、腰に収められている魔封剣を指差し、ゼロに尋ねる。


「なぁ、聞きたいんだが、この魔封剣に使われている鉱物って一体どこから来たんだ? 魔法を吸収するんだが……」


『はい、魔法というか自然現象を相殺する鉱物は月にある鉱物です。第三次世界大戦後に、枯渇していた資源を何とかするために月に出向いて資源採掘をする過程で見つけました。これは、火や電気等の現象を吸収します。その鉱物は実験的に持ち帰りましたが、私を作るのに全力を傾けていた為、精製は出来ませんでした』


「そうか、やはり特殊な鉱物だったんだな……」


『ガガ……』


「どうしたんだ!?」


 ゼロの写る画面は砂嵐が入っており、これは機械側に何か不具合があったんだなとヤックルは悟り、慌てて周囲にある機器を見やる。


『予備電力ダウン……後数秒で電源が切れます』


「え!? 原子力エネルギーってやつは半永久的じゃなかったのか!? 電源が切れる前にまだ聞きたいことがある!」


『……ショート、ダウン……』


 プツンという、何かが途切れる音が響き渡り、ゼロの写る画面が真っ黒になり、戦争に勝つ有力な情報を得る手段が無くなってしまったんだなと、勝達は再度絶望に包まれた。

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