第65話 人工知能

 それは、清々しく晴れた朝であったが、勝達は心身が暗くなっており、これから起こりうる様々な未知の展開を考えると鬱屈な気持ちになっている。


(AI……? パソコン……? 訳がわからない。これではアメリカと戦っていた時の方が遥かにマシだ、あれは既知の概念での戦いだったからだ。だが、全く知らない機械が出てくるだなんて、ただでさえ、魔法で頭がこんがらがってるのに……! 嗚呼、白痴になりそうだ!)


 勝は、頭の中が錯乱しており、精神の平衡が崩れそうになったのだが、良くも悪くも戦時中の感情論や精神論が唯一の心の拠り所になっており、ゼロに乗り、ゴラン国への進路をとる。


 ちらりと後ろを見やると、つい最近ようやく量産の進んだ熱気球に、衛兵とトトス率いる魔道士部隊が乗っており、ヤックルの乗る熱気球が主導となり、進んでいる。


(あいつも、ようやく一人前の男となってきたのだろうか? 男子は3日したら刮目して見よというが、あいつはもう立派な青年に成長した、泣きべそをかいてたのだがな。ただ機械の知識はどんどん吸収していった。優秀な技術者だ、魔道士とかいう得体の知れない術を使えるようになるのがこの世界では主流なのだが、この世界で終わるのが惜しい……!)


 勝は凛々しい顔つきになったヤックルを見て、零戦を作った技術者の事を想像し、元の世界にいればかなり優秀な人材になっていただろうともどかしい気持ちに襲われている。


「ん……? ゴラン国が見えてきたぞ!」


 アランの発言に、勝は思わず身構えをし、小さな黒い点に見えるゴラン国をジロリと見据える。


 🐉🐉🐉🐉


 かつて、大陸一の文明を誇った国は、資源の大半がハオウ国に搾取され、ゴーストタウンよろしく、貧困が蔓延する国家に成り下がった。


 子供達の憧れだったエドワード国王が首に鎖をはめられ、刃物を突きつけられている凶悪犯罪者のような姿を純粋無垢な少年少女は見て、恐怖を通り越して侮蔑の表情を浮かべ、ある者は中指を立て、またある者は唾を吐いている。


(生き地獄だ……! 俺のいた基地では捕虜への嫌がらせはあったが、エドワードさんへの扱いは、まるで凶悪犯罪者のようだ……!)


 第二次世界大戦中、捕虜の身の安全を保証する目的でジュネーブ協定が結ばれたが、案の定日本ではそれが無視され、捕虜への酷い虐待が日常的に当たり前に行われているのを勝は嫌というほど目の当たりにしてきており、敵とはいえ刃物を首に突きつけられて拘束されているエドワードに同情の視線を横目で送っている。


「おい、さっさと案内しろ、貴様の牙城はどこだ?」


 アランはエドワードの首筋に刃物を突きつけており、エドワードは国王とは言えやはり中身は普通の人間である為、自分の言動次第では命の危険に晒される状況に置かれて恐怖で顔を引き攣らせている。


「あ、あれです……!」


 エドワードは鎖で繋がれた、シワとしみだらけの指で、中世のヨーロッパを連想とさせる煉瓦細工のデカい城を指差す。


「よし、これから入るぞ! 竜騎士部隊は上空で待機していろ! 地上兵、魔道士混成部隊数名で入る! ハオウ国が来るかもわからんから、しっかりと護衛をしておけ!」


 トトスは、城の中にトラップが仕掛けられているのではないかと勘繰っているのだが、隣にいるヤックルはエドワード達のいうAIが非常に気になっている様子であり、好奇心旺盛な少年のように目を輝かせている。


 🐉🐉🐉🐉


 代々ゴラン国国王が暮らし、軍の重要会議だけでなく税金や食糧、資源の供給について話し合ってきた感慨深い城は、所々で踏み荒らした跡があり、王座についていた宝石などの貴金属は既にハオウ国のモラルのない人間達に換金目的で盗難されていた。


 城の中には衛兵が数名いるのだが、皆エドワード達王族の変貌ぶりに焦燥を隠しきれないでいる。


「エドワード卿!」


 衛兵の一人は、半ば恐喝同然の扱いとなっているエドワードを気の毒に見つめ、声をかける。


「貴様らのご自慢の国王とやらはこんな様だ! とっととAIとやらに案内しろ!」


 アランは衛兵達をジロリと睨みつけ、エドワードの首にはめられた鎖を引き、刃物を突きつけ、それを見た勝は「一体どちらが鬼畜なんだ?」と彼らの国のやり方に深い疑問を感じている。


「こ、こちらです……!」


 衛兵達は国王の安全を気にしながら、奥の方の部屋を案内する。


「ほほう、こりゃ随分大層だな……」


 重要なものが眠っている事を窺わせる、4.5個ほどのロックのかけられた部屋をトトス達は見て、相当なものがあるんだなと直感で感じ、エドワードの首に刃物を突きつける。


「おい貴様ら、鍵を開けろ……! こいつの首が吹っ飛ぶぞ!」


「は、はいい……!」


 威厳のある国王は過去の栄光となり、死の恐怖に怯えている頭が薄くなった壮年の男性と化したエドワードを衛兵達は見て、「憐れだな」と思い、そそくさと鍵を開ける。


 🐉🐉🐉🐉


 「うわ……!」


 ヤックルは、小さな子供がおもちゃを手に入れたかのような、純真無垢の笑みを浮かべ、目の前に置かれている大型の、ガラスを思わせる箱とボタンが並べられたテーブルのようなもの、長年の放置により所々が錆び付いて風化しそうな無数の線を見て目を輝かせている。


「おい、これがパソコンってやつなのか?」


 アランは目の前に置かれた、この世界ではまずお目にかかれないであろう奇妙な物質の正体が気になり、自分達の切り札が知られてしまい複雑な表情を浮かべているエドワード達に尋ねる。


「あ、ああ……パーソナルコンピュータという、前時代の遺産だ。代々我が国の家宝だった。使い方はわからなかったが、レオンに書類を見せたら一発で動き始めたんだ……!」


「中はどうなってるんだ? 動かしてみろ」


 エドワードは、「仕方ないな」と自分達の切り札がバレて観念した様子で、赤色のボタンを押す。


『……PLOGRAN……START UP……』


「うおっ!?」


 アランやトトス達は、おそらく今後の人生において聴かないであろう、無機質な機械の音声に度肝を抜き、青白く光っている画面を好奇心と恐怖の入り混じった視線で凝視している。


「な!? 英語だぞこれは!?」


 勝は、目の前の画面に映し出された英語の文字列と、矢印を見て、「この機械は相当に頭がいい人間でないと作れないものだ」と、米軍の新鋭戦闘機と初空戦した時のような、想像を絶する脅威を感じている。


『PLEASE SELECT A LANGUAGE……英語(ENGLISH)、日本語(JAPANESE)……』


「な、なんて言ってるんだ!? 日本語だと!?」


『……JAPANESE、OK……』


「!?」


『みなさんこんにちは。AIのゼロです』


 青白く英数字の文字列が並ぶ画面が切り替わり、白の背景に、黒髪のオールバックで白のスーツを着た、20代前半の細身の男が映し出され、勝達はあまりにも整い過ぎている異様な外観に不気味さを感じている。


「な、なんだこれは!? この箱の中に入っている変な男は誰なんだ!? おい貴様、何者なんだ!?」


『人工知能のゼロです』


 ゼロと自分で話す男は、不気味なほどに白い歯を見せて微笑んでおり、彼が勝と同じ人種ではないのかとアラン達は思案に駆られる。


「じ、人工知能だと!?」


 勝達は人工知能という、予科練の教科書に載ってない難解な言葉には、当然のことながら聞き覚えは無く、頭の中にクエスチョンマークが浮かんでいる。


『あなた方人間が、西暦2045年に作り上げた最後の人工知能です』


「西暦だと!? 今は幻魔暦だが……」


「学校で習ったことはないぞ、こんな事は……」


 アランやトトス達は、勝と同様に聞いた事がない歴史の元号に衝撃を抱き、今まで学んできた知識が間違っているのではないかとかつての先人が伝えてきた書物に疑問符を抱く。


『質問は一つでお願いします』


 ゼロは不気味に営業スマイル気味に微笑んでそう言い放ち、無機質な笑みを見て、アラン達は更に不気味に感じている。


「質問は一つと言ったって、一体何を聞けばいいんだ?」


 トトス達は一体どうしたものかと考えているが、ヤックルは何か妙案が頭に浮かんだのか、にやりと笑い、口を開く。


「ねぇゼロ、僕ら人間が生まれてから今までの歴史を教えて」


 ヤックルの発言に勝やアラン達はキョトンとしてるが、やはりこれは聞いた方が整合性が取れるなと思い、じっとゼロを見やる。


『畏まりました、ではこれから教えます、3Dホログラム起動……!』


「うおお!?」


 天井に設置されている機械から光が映し出され、星空の下に浮かぶ隕石のようなものが勝達の目に飛び込んで来、これは壮大な話だなと彼らは思いながらゼロの説明と映像を食い入るようにして見つめた。

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