第62話 FUCK YOU

 犬同士で対峙した時、目の前にいる犬が自分よりも強いか弱いか、野生の直感で分かるという。


「ゼロ、飛び立て!」


「グルル……」


 ゼロは情けない声を上げており、既にゼロとは目の色で何を感じているかわかるようになるアイコンタクトの境地に達した勝は、これは只事ではないぞと上空を旋回するシルバードラゴンを畏怖の視線を送る。


「飛ばねえか、馬鹿!」


「ダメだ、みんなびびってやがる!」


 他の兵士達のドラゴンもゼロと同じで、自分よりも強大で関わると身の危険が及ぶ、規格外の化け物に恐れをなして飛び立てないでいる。


(やはり、こいつも人間と同じで、身の危険を感じると身がすくむのか……)


 勝は恐怖に怯えきったゼロの頭を軽く撫で、上空を悠々と旋回しているシルバードラゴンを恨めしそうに見つめる。


「ゼロ、貴様の力が必要なんだ。勝てなくたっていい、この国を守るために追い払えればそれでいいんだ。力を貸してくれないか?」


「グ、グルル……ギャァ!」


 ゼロは勝の切々としたお願いを聞き入れたのか、翼を広げ、勝に背中に乗るようにと合図をしている。


「ゼロ! 飛んでくれるんだな!」


 勝はゼロに自分の気持ちが通じたのを喜び、上空を我が物顔で旋回して飛ぶシルバードラゴンが一体どんな能力なのか、ホワイトドラゴンや他のドラゴンで勝てるのかと恐怖に臆した疑問に駆られながらも、軍人としての国を守る本能が働き、ゼロの背中に乗る。


「グギャア!」


「ギャアギャア!」


 他のドラゴン達も自分達よりも弱いゼロが勇気を振り絞っているのを見て、闘争本能が芽生え、飼い主に乗るように翼を広げている。


「よっしゃ、行くか!」


「あぁ、あんなふた首野郎にデカいツラをさせるかよ! 俺らの国ででかいツラはこれ以上させねえ!」


「あんな化け物、力を会わせりゃ大した事はねーべ!」


 アランを始めとする他の兵士達が自分に感化されてやる気を出しているのを勝は横目で見て、軍人の目つきに変わり、やっと義國心が芽生えたんだなとニヤリと笑った。


 🐉🐉🐉🐉


 この世界にはレーダーなどの、敵を察知する情報網は当然無く、代わりに空間察知の魔法を使い相手の存在を察知する。


 エドガーやゴルザはその魔法が使えるのだが、ムバル国では攻撃を防ぐ結界に魔力を注ぐ事を最優先しており、空間察知を行う余力が無く、シルバードラゴンの存在を察知できなかった。


 しかしながら、仮に察知できたとしても大砲や魔法等の物理的攻撃が通用するかどうかは未知数であり、ただ阿呆の様に指を咥えて見るだけしか方法がないのである。


(こいつに勝てるのだろうか……?)


 勝達は、一抹の不安を胸に抱きながらシルバードラゴンの迎撃に向かう。


 ドラゴンの首は一つだけとこの世界では決まっており、卵細胞の細胞分裂の過程で生成した、奇形で二つ首のドラゴンは誕生した事は以前あったが、ほんの数分の寿命で終わってしまった。


(B 17と交戦する時以上の重圧だ……!)


 勝はラバウルにいた頃、基地を爆撃に来たB17と何度か交戦した時のことを思い出す。


 大砲にも耐えれる重装甲に加え、針鼠のように機関砲が備え付けられており、零戦の伝家の宝刀の20ミリ砲をもってしても撃墜は困難を極めた。


 史実では、10数機の零戦がB17一機に攻撃を仕掛けても撃墜できなかったケースは何度かあったのである。


 勝達の目の前には、悠々と空を飛ぶシルバードラゴンと、黒い甲冑に身を包んだ騎士が乗っており、顔は見えないのだが、勝は薄々「レオンなのではないか?」と疑っている。


「見えた、あれだ!」


「あの野郎、いい気になってやがる!」


 アレンとヤーボは、自分達が生まれ育った国を侵略しようとしている脅威的存在を排除しようと、槍をシルバードラゴンに向ける。


「待て、様子を見よ……え?」


 シルバードラゴンの片方の頭からは、煉獄の炎が吐かれ、ムバル国の象徴とも言える、大理石に非常によく似た分子構造を持つ鉱物を加工して作られたカヤックの像が一瞬にして溶けた。


「大砲が当たっても壊れることがない」とカヤックは国の説明をする時にドヤ顔で勝に言い放った自慢の像が溶けたのを見て、勝達は何故か心がすっきりとした感覚に陥る。


「や、やべえよなんだありゃあ……!」


 アレン達は慌てて退避運動を取ろうとするが、もう片方の頭からは凍える息が吐き出され、ヤーボがドラゴンのトニーと共に凍りつき、地面へと落ちていった。


「え、えっ!? ドラゴンの鱗は、大抵の攻撃が効かないんじゃあなかったのか!?」


「な、なんだよおい……? え?」


 比類なき強力な攻撃に、勝達は呆気に取られており、それは大陸最強を自他共に認めているアランも同じである。


「迂闊に近づくな! 様子を見るんだ!」


 アランは、人生で体験したことが無い恐怖に襲われながらもなんとか自分を奮い立たせ、未知の存在に対して最大限の対応をしようと、大学生並みの知能で必死に考えている。


(これは、B17の比ではないぞ……!)


 勝もアレンと同じで、元の世界でも体験したことがない脅威に怯えてるのだが、軍人らしく無いと言い聞かせ、地面に落ちていったヤーボを気の毒に思いつつも、目の前をホバリングしているシルバードラゴンを睨みつける。


 シルバードラゴンは、グエエと一鳴きした後勝達の方を銀色の瞳でジロリと見遣り、彼らの元へと翼をはためかせ向かって行く。


「来るぞ! 総員戦闘体制に入れ!」


 アレン達は身構えし、シルバードラゴンに槍を向ける。


(……!?)


 勝は、自分達よりも高速で、目の前にあるシルバードラゴンに乗っている兵士が何者かと必死に観察をしている。


「……FUCK、YOU……!!」


 そいつは、やや面長で、少し頬骨が出ており、金色の髪の毛と銀色の瞳で、勝達に向けて中指を立て、すれ違いざまに勝達に聞こえるように、やや西部混じりの英語で大きな声でそう口走ると、上空を旋回し雲の谷間へと消えていってしまった。

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