第61話 侵入

 勝は元の世界で予科練にいた時に、教官から理不尽な暴力を受けた。


 余りにも能力がある為、教官の腕前を軽く超えてしまったのが良くなかったのか、ほんの些細な事で叱責を受け続けた。


 首席で予科練を卒業した後、中国戦線へと出向になったが、そこでも腕前をよく思われず、上官から暴力や暴言などのパワハラを受け続けた。


 半ば左遷のような形でラバウルに転属となった後、勝は獅子奮迅の活躍を見せ、部隊で一番の腕前になったのである。


 勝は腹の痛みを堪えながら、頭突きをされてふらふらのアランを見て過去の自分と照らし合わせて、気の毒だなと同情の視線を送る。


「君らの所業だが……」


 カヤックは首筋に刃物を突き付けられているロゼ達に尋問を続ける。


「まず、このまま黙秘を続けるのならば、君らは死刑にしなければならない。当然だろ? 君らは我が国に攻撃をしようとした。死刑は些かオーバーだが拷問を毎日行う事になるのだが……」


「いえ、話します」


 ロゼは拷問はごめんだとばかりに、降参した顔つきで、重い口を開く。


「ほう、まず教えてくれないか? 君らが使ったゼロセンや飛行戦艦について」


(とうとう、零戦の秘密がわかるんだな……! いったいどこの誰が作ったんだこんなものを!?)


 勝はロゼ達の発言を興味津々に今や今やと待っている。


「それは……」


 ドタドタというけたたましい足音にロゼの声はかき消され、カヤック達はイラついて足音の主を見やる。


「誰だ!? 尋問中だ!」


 扉の外には、脂汗をかいている中年の小太りの男性と、まだ30代前半なのに過度なストレスで加齢臭を出している青年が、深刻な表情を浮かべて息を切らせている。


「二つ首のドラゴンが、現れました!」


「上空を旋回しています!」


「何!? 馬鹿も休み休み言え! ドラゴンの首は一つに決まってるだろ!?」


 トトスは脳溢血になりそうな勢いで、こめかみに青い血管をたぎらせ、酷く焦燥している彼らを怒鳴り散らす。


「いえ!? 彼らの言ってる事本当っぽいっすよ! 窓の外見てください!」


 ヤックルは新調したばかりのメガネをずり上げて、窓の外を指差す。


「!? ……な、なんだありゃ!?」


 勝達は、ヤックルの指差す方向を見ると、双首のドラゴンが国内を旋回して飛んでいるのが目に入った。


 🐉🐉🐉🐉


 ドラゴンは、生物学的に言えばトカゲに近い体の構造なのだが、羽が生えて口から炎を吐き出す事自体が勝のいた世界では異様であり、仮に生物学の権威がいたとしても、ドラゴンの肉体の秘密を解明できる事はない。


 この世界ではドラゴンは当たり前にいる存在であり、当然のことながら一つの個体に頭部は一つだけ、一つの卵に一匹だけが産まれるのだが、双首の個体は現時点では存在はしてはいないが、太古の昔に確かに存在していた。


 絶滅種シルバードラゴンーー


 全ての生態系の最上位に君臨していた、最強の個体である。


 現在、最強の個体種はアランの乗るホワイトドラゴンなのだが、数が希少であり、絶滅危惧種の対象になっている為、野生では滅多にお目にかかる事は出来ない。


 ホワイトドラゴンを凌駕する肉体的能力を持つシルバードラゴンは、幻魔歴以前の地層にごく僅かしか化石が残っておらず、伝記の中での言い伝えだけでしかない。


 シルバードラゴンはゴーレムと同じ、伝説上の生き物なのだが、首が二つあり銀色に輝く鱗はどんな鋭い刃物でも突き刺すことができない頑丈、高空を飛ぶことができ、世界中で一番早く飛べ、口から吐き出すのは煉獄の炎と、輝く冷たい吹雪である。


 決してこの世には存在してはいけない化け物が、勝達の目の前を悠々と飛翔している。


 🐉🐉🐉🐉


 「なんであんなもんが、この世界にいるんだ!?」


 アレンはシルバードラゴンを見た衝撃で痛みが吹っ飛び、ひどく混乱した状態に陥っている。


「!?」


「あれは、伝記上のものではないのか!?」


 当然の事ながら、彼等はシルバードラゴンを見た事は一度も無く、アレンと同じく、目の前の理解不能な現象で脳のキャパシティが軽く超えてしまい混乱している。


(俺は夢を見てるのか……?)


 勝もまた、つい最近ようやくこの世界観に慣れてきたのだが、伝説と言われてる化け物が目の前を飛んでいるという事象に脳の情報処理能力が追いつかず、フリーズをしている。


「落ち着かんか、これ!」


 トトスはこれではいかんと自分を奮い立たせ、杖で勝の頭をぽかんと軽く叩く。


「実験に成功したんだな……」


 ロゼはぼそりと呟いたのをカヤックは聞き逃さず、ロゼをじっと見つめる。


「実験とはなんだ? 詳しく教えてもらえないか……?」


「……」


 カヤックは黙秘を続けるロゼを一瞥し、顎で刃物を向けるように周囲の兵士に合図を送る。


「兄さん、もう隠しても無駄だ、話そう……」


 ゴードンはこれ以上の黙秘は、自分達だけではなく国家の存続に関わる事だと察し、観念して口を開く。


「分かった、話す……! だからその刃物を俺達に向けるのをやめてくれ……」


 ロゼは観念し切った顔で口を開く。


「俺達がこんな凄い工業力を持つ事が出来たのは、ハオウ国がある男を交渉に持ち出してきたからなんだ」


「交渉? あのケチくさい国がか? 魔法石とドラゴンで停戦を持ちかけたのだが、断られたが……美女数人がかりでハニートラップを仕掛けても全く効き目はなかったが……」


 カヤックは、ハオウ国の重鎮と何度か停戦の交渉を行ったが、色々な難癖を言われて白紙になったのである。


「ハオウ国に、勝と同じ別の世界から来た人間がやってきて、工業力を向上させる代わりに同盟を結べと言われたんだ。知っての通り俺達の国は機械文明だが資源が乏しく、蒸気機関を走らせる石炭が少ないし石油だってそんなには出ない。資源を輸出するという条件付きだ。親父はそれに飛び乗った。資源が枯渇し切ってて、戦争を始めようものならば敗戦は必至だからな……」


「そうか、そんな事があったんだな……その、勝と同じ世界から来た男は一体どんな無頼漢なんだ?」


 アランは、勝と同じ世界から来た人間がこの世界に存在する事に驚きを隠さないでいる。


 他の兵士達も、そいつがどんな奴なんだと気になって仕方がない様子である。


(俺と同じ世界から来た男だと……?)


 勝は、自分と同じ世界から来た人間が敵側についてしまったのは残念だが、この魑魅魍魎の世界でただ一人だけ取り残されている自分と同じ境遇の人間がいる事に、いくら敵だとしても殺す前に一度会ってみたいという、まるで長年会ったことのない友人との再会を楽しみに待つような、懐かしい不思議な好奇心に駆られる。


「そいつの名前は、レオン・グランバード。前の世界では黒の死神と言われていた男だ」


「何ぃ!? 黒の死神だと!?」


 勝はテーブルを思い切り叩き、ロゼを睨みつける。


「落ち着け勝! 知ってるのか!?」


 アレンは勝の体を押さえるようにして掴む。


「知ってるも何も、俺の世界での敵だ! P38を駆って俺の仲間を何人も撃ち落としてきた! 自分の機体を真っ黒に染めてて、黒の死神と呼ばれてきたんだ! 詳しく教えろ、あいつが何故ここにいるんだ!?」


 カヤック達はP38という言葉に首を傾げている、無理もない、彼らの世界には英語という言語がなく、Pという発音が聞いた事がなかったのである。


「虹色の雲から、双胴の鳥に乗ってやってきたんだ。その鳥は壊れてしまったんだが、片方のエンジンとかいう機械は無事でそれをセントウキ、と呼ばれている鉄の翼の鳥に使った。元々これはドラゴンがいなくて熱気球しかなかった俺達にとって空中戦の決定打がなく、研究途中だったからな。レオンは初め来た時に全身をひどく打ち付けていて気を失ってたが、落ち着いて話を聞こうとしたが言語が解読不可能で、この世界の言葉を教えるのに半年かかった。彼は兵士になる前は学者をやってたらしく、機械について細かく教えてくれたんだ」


「ほほう、そいつは強いのか?」


「あぁ、ボクなんとかという格闘技をやってて肉体が引き締まってて、素手で格闘をさせたが寝技は素人だったが立ち技で勝てる人間は一人もいなかった。拳が速いんだ。魔法は使えないが、ケンジュウ、という携帯用の大砲を所持しており、的には百発百中で当たった。今は黒の甲冑に身を包み、ハオウ国にいて一個師団を率いている。……兎も角強いんだ」


 ゴードンは深刻そうな表情を浮かべており、これはこの国の兵士が束になっても勝てないと落ち込んでいる。


「そうか……飛行戦艦は、あれはレオンが作ったのか?」


「いや、あれは我が軍が元々研究をしていたんだよ。それを戦闘に出した。あれが切り札だったんだが、まさか強力な魔法を使える者がいるとはな……。再生機能を持つ特殊な布と魔法を中和する塗料をコーティングして無敵だったんだが……中程度クラスの魔法だったら無効化できる装甲だったんだがな」


「え!? いやあれ使ったの俺なんすけど!」


「何!? 君がやったのか!?」


 ゴードンは魔法が才能がないと嘆いていたヤックルが、かなり強力な魔法を使える事を知り、敵ながら感心している様子である。


「ええ! ゴラン国を支配下に置いた時にあっちの国の魔法を教わったんすよ一通り! 全然からきしだったんすけど本番で出来ちゃいました!」


「凄いな君! 才能があるんじゃないか!?」


「えー、いやそれ程でも……フフフ」


 ヤックルはドヤ顔で鼻の下を伸ばして指でかいているのを、勝達は「何調子に乗ってるんだこの野郎」と心の中で思う。


「いやそんな自慢話云々よりも、あれをどうするんだ!? 攻撃を仕掛ける意志があるのか!?」


 トトスはヤックルの頭を杖で軽く叩き、顔を引き攣らせ窓の外にいる、青空を悠々と旋回しているシルバードラゴンに、恐怖に満ち溢れた視線を送る。


「伝説上では最強だった筈だよな……」


「攻撃が効かないのかあれは……」


 兵士達はゴーレムに対峙した時と似た錯覚に陥っており、既に絶滅しており伝説上のドラゴンと、マニュアルにない戦い方を強いられるのは確定している現状をどうやって打破すればいいのかと疑問に駆られている。


(あれに、レオンが乗っているのだろうか? いや分からないんだが、兎も角にしてやるしかないのだろうか? 米軍の高速戦闘機との戦いよりも比べ物にはならないのは明白だ……!)


 勝がいた世界では、スピットファイアやF4U、P38等時速600キロを超えるのは当たり前の戦闘機が存在しており、500キロ程度しか出ない零戦や隼は当然の事ながら苦戦を強いられてきたのである。


 P38やF4Uの空戦を勝は何度か行ってきたが、速度が違いすぎて決して楽勝とは言えず辛勝だったし、仲間がバタバタとやられていくのを目の当たりにして、悔しい気持ちで枕を濡らす日々が続いていた。


「シルバードラゴンが何故ここにいるのか、何故現代に生き返ったのかとの疑問は後でじっくり聞かせてもらう、ただあれを我が国に滞在させるわけにはいかん! 竜騎士部隊全て出撃せよ! 直ちにだ! 殺すまでとは言わないというかできないんだろうが、追い払え!」


 カヤックは眉間に皺を寄せ、次々に起こるトラブルに胃を痛めながらも、国民を守る為に勝達に直々の命令を下した。

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