第58話 飛行戦艦、推参

 エドワードがシャルムに対し、人生の中で1番の屈辱を感じている時と同じくして、勝達は零戦から必死に退避運動をしていた。


「速い……!」


 零戦の20ミリ砲と同程度の威力を持つ弾丸が、勝の近くをすり抜けていくたびに、約半年前にラバウルで空中勤務をしていた時の恐怖が思い浮かぶ。


(あれは、ペロハチと対戦したときよりもかなり違うものだ……! 恐らくエンジンは同じものを使ってるんだろうが、旋回性能は零戦と同じぐらいだ……! まともに戦えば死ぬ! いやしかし、俺の勘が正しければ……)


 元の世界で『双胴の悪魔』と呼ばれて恐れられたP38は、渾名の通りに悪魔的な性能を持ち、最高速度は680キロ以上で、560キロしか出ない零戦以上に高速であり、武装は13ミリと、零戦の20ミリ砲よりも威力は少なかったのだが、それを無数に装備していた。


 資源不足により作る事ができなかった排気タービンを持ち、零戦や他の日本軍機が飛べない一万メートルの高高度を悠々と飛べ、零戦の倍の2000馬力クラスのエンジンにより、電光石火の一撃離脱の戦法を駆使して勝達を苦しめた。


 勝は一縷の望みを懸け、後ろを見やると零戦はエンジンからごく僅かな黒煙を出しているのが見える。


「やはりな! エンストを起こしてる! こいつは局地的にしか飛べない! 皆さん、今が好機だ!」


「成る程な!」


 雲の谷間に隠れていたアレンはオスカーに、零戦の方に行けと命じている。


 零戦はプロペラの回転数が落ちてきており、高速で飛んだ為にエンジンがエンストを起こして飛行能力が低下し、黒煙を吐きながら地面へと落ちていく。


「逃すか!」


「ぶっ壊せ!」


 結果盛んな、勝と同年代の隊員達は今までの復讐とばかりに零戦を取り囲み、槍を向けている。


「やめろ! ここまでの技術を持ってるんだ、捕虜にして詳しく聞こう! いや尋問した方がいい! 兎も角にしてこの世界では不釣り合いすぎるんだ!」


 勝は厳密に言えば零戦ではないが、エンジン以外は限りなくオリジナルに近い機体に、酷く興味を持ち、予科連時代に街に出向き書店で海外の書物を読んだ時に出ていた、中世ヨーロッパの世界のような、魔法という不思議な力があることさえ除けば機械文明が初歩的であるこの世界で、最先端の技術があり、どの経緯を辿り入手したのかと詰問する必要があると感じている。


 零戦は降下を始め、コクピットからは搭乗員らしき人間が出て来、それを見た勝達は驚嘆の声を上げる。


 やや額が広く、長髪の鷲鼻の男に、彼等は見覚えがあった。


「ゴードンさん……!」


 ゴードンはひどく慌てており、身の危険を感じたのか、零戦から一目散に飛び降りる。


「危ない!」


「あの野郎、自殺する気か!?」


 勝達はこの高度では助からず、尋問を恐れて自殺する気で飛び降りたんだなと悟った。


 ゴードンは背中に鞄のようなものを背負っており、鞄が開き布製のようなものが出て来る。


「ありゃ何だ!?」


「パラシュートだ!」


「パラ……何だそりゃ!?」


「緊急用の救命布のようなものだ! 何故こんなものがこの世界にあるんだ!?」


「ぶっ殺すか!?」


 勝はパラシュートは使ったことは黒の死神との一戦で撃墜された時だけであり、まじまじとみたことはなかったが、風を受けて開いているパラシュートを模倣した布を見て、確信めいたものを感じる。


「いや、尋問しよう! この世界でこんなものがあるだなんて、俺のいた世界にいた人間が絶対にいる!」


「なるほどな! 落下地点まで追いかけるぞ!」


 アレン達はゴードンが落下していく先に行くようにドラゴンに命じ、今まで経験したことの無い兵器や道具に動揺を隠せないでいる。


 🐉🐉🐉🐉


 勝達がゴードンを追尾している間、マーラ達は別の脅威に立たされていた。


「何だあれは!?」


 トトスは既に老眼となり、遠くのものがよく見える目を瞬きしながら、目の前で攻撃を繰り出しているそいつを見やる。


「うわ!?」


 大砲らしき弾丸が彼等の至近距離で炸裂し、回復呪文の詠唱の声がちらほらと聞こえている。


「な、なんだあの化け物は!?」


「見たことないわ……! あれが、ゴラン国の秘密兵器なの!?」


 マーラとトトスは目の前にある、決してこの世界では製造が出来ないであろう、禍々しい物体に酷く恐怖を感じており、足がガクガクと震えている。


 彼等の上空を、複数の熱気球が飛び交い、その中でも一際異彩を放つ、楕円形の熱気球のような空気が充満しているボディを持っている。


 操縦席と思われる人が乗っている場所には複数の砲塔が装備されており、それは到底この世界の機械技術では製造不能なものが悠々と曇らない青空を飛び、砲塔でマーラ達に攻撃を仕掛けている。


「きゃあっ」


 ジャギーのすぐ側で弾丸が炸裂し、右太腿の肉が裂傷してしまい、ジャギーは苦痛で顔を歪め、回復呪文を詠唱している。


「ジャギーちゃん! ねぇ、攻撃しましょう! 魔力が尽きてしまうわこのままじゃあ!」


 マーラは自分の妹分のような存在であるジャギーに回復呪文をかけ、攻撃をやめない新型の熱気球をきっと睨みつける。


「待て! 結界を張る! 皆の衆、俺の元に集まれ!」


 トトスは、エレガーやゴルザ程ではないが、自身が研究していた、移動用の結界呪文をデルス国の魔導書の知識でさらに改良し強化された結界を張る。


「被害状況は!?」


「50名の兵士のうち、30名が被弾、うち5人が腕や足をもがれる重傷でして、回復呪文では回復しきれません!」


 頭に包帯を巻いているのだが、出血が治らずダラダラと血を流している30代前半の、それなりに魔力のある魔導士は、怪我人の救護で魔力が尽き果てそうである。


「あの野郎、俺の仲間達を……!」


 トトスは新型の兵器を睨みつける。


「トトスさん、ダメですよ魔法なんて仕掛けちゃあ。その結界呪文ってかなり魔力を消耗するんでしょ? それがなかったら即死レベルよ私達……」


「いやしかし、ジリ貧だこのままでは!」


「いっその事降伏したほうがよくない!?」


「いや、絶対にそれだけはだめだ! 決してゴラン国の隷国になるのだけは避けなければならぬ!」


「そんな……でもどうしたらいいの!? あんなものを撃ち落とすだなんて、煉獄を使えるゴルザさんやヤックルしかいないし、いやあいつ大丈夫なのかなあ……! やだよ、死んでたら……!」


 マーラはヤックルが自分に薄々気がある事を知っているのか、男に騙され続け半ば男性不振に陥って、遊んでばかりを繰り返していた自分自身を好いてくれている存在がいなくなるのは嫌だと言いたげに泣きべそをかいている。


「泣くな! きっと多分大丈夫だ何とか彼は!」


 トトスは青春の恋愛だなと照れ臭そうにし、だが何故あんな頼りがいの無いちんちくりんにこんな美女が惚れるのだろうかと、恋愛の摩訶不思議に疑問を抱きながら、先程展開した結界にヒビが入るほどの強烈な弾丸が降り注いでいるのに得体の知れない恐怖を感じている。


「ああ! ヒビが入ってしまった!」


「やばいわ! ……助けてよ、誰か!」


 マーラはヤックルの安否を気にかかりながら、ご都合展開で誰かが助けに来てくれるだなんて無理なんだろうなと諦めており、ヤックルと一度デートでもしておけば良かったんじゃないかと後悔の念に駆られる。


 ピシピシと結界にヒビが入っていき、もはやこれまでかと彼等は故郷に残してきた家族の事を思い出す。


「!? ねえ何あれ!?」


 ジャギーは飛行船の上空を飛んでいる何かに気がつき、指をさす。


 そいつは、熱気球の群れで隠れているのだが、ドラゴンの形状をとっており、何か筒状のものを投下した。


「……!?」


 発火剤のようなものが空気との摩擦で着火し、炎が熱気球や飛行船へと降り注いでいく。


「あれはもしかして、勝が話していた夕弾か!?」


「熱気球が次々に落ちていくわ!」


 熱気球は当然の事ながら布でできており炎に弱く、着火して次々に地面に落ちていくのを見て彼等は「ざまあみろ」と心の中で笑い飛ばす。


 だが肝心の飛行船は、多少炎に包まれているのだが飛行に支障はないため悠々と飛んでおり、トトス達に向けて攻撃を繰り出している。


「やばいわ!」


 ジャギーは飛行船を見やると、一匹のドラゴンが攻撃を仕掛けんばかりと至近距離で襲い掛かろうとしている。


「あ、あれは、アランだ!」


 トトスは双眼鏡で、ホワイトドラゴンのフランクを確認し、何故ここにこいつがいるのかと疑問に駆られる。


 フランクは飛行船に向けて、ドラゴン10匹分に相当する紅蓮の炎を吐き出し、飛行船に浴びせかけ、アランは槍を高々と上げて、飛行船の胴体に突き刺す。


「やったか!?」


 飛行船は胴体部分の布が特殊加工をされており、炎を受けても軽く焼け焦げる程度であり、硬い加工をされているのか、槍を刺しても穴が空かないのである。


 砲弾が一斉にアランに集中し、防御性能がトップクラスのホワイトドラゴンでも流石にこれでは敵うはずがなく、黒い煙を吐きながら地面へと落ちていく。


「ああっ! やはりダメだったんだ!」


「万事休すか……!」


 デルス国最強の竜騎士であるアランがやられると言う事は、この国の陥落を意味しており、降伏するか玉砕覚悟の特攻をかけるか、トトス達は極限の二択を迫られる。


 天気が悪くなってきたのか、黒い雲がもくもくと飛行戦艦や熱気球の上空に浮かび上がり、刹那、稲光と共に落雷が彼らに襲いかかる。


 流石に耐熱式で強化された布でも雷による高圧電流は防ぎ切る事は不可能であり、暗く焼け焦げて中の空気は抜けていき、黒煙を撒き散らしながら墜落して行ったのを見て、トトス達は奇跡に近いこの神がかり的な出来事を見てフリーズする。


「……トトス、司令殿」


 魔法石からは、聞き覚えのある声が聞こえ、トトスは魔法石を手に取り声を聞き入る。


「誰だ? まさかお前、ヤックル……か!?」


「はい、なんとか生きてます……ただ、骨を何本かやってしまって、身動きが取れません」


「あの落雷はお前がやったのか!? 見たことあるぞ、あれは電撃魔法の高度呪文の稲妻ではないか!」


「ええ、ゴルザさんと、デルス国の人から教わりました。何とかできてよかったです……! 痛てて……!」


「そこにいろ! あとは魔法石からお前の居場所を察知するから!」


 トトス達はヤックルが生きていることに歓喜し、マーラは大粒の涙を流してその場に崩れ落ち、「ああこいつ、何であんなちんちくりんに惚れるんだろうな……」と周囲は思いながら、トトスは魔法石の場所を解析した。

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