第57話 土下座

 勝達が生命の危険に晒されている時、ゴラン国ではハオウ国との会談が開かれていた。


 議題の中心は、ムバル国から盗んで来た封印の書物である。


「ククク、ここに書いてある文字を解読できれば、世界は我が物よ……!」


 シャルムは、いかにも器が小さそうな、小者のいやらしい笑みを浮かべており、それを見た周りの人間達は「このゲス野郎」と腹の底から思い酷い嫌悪感を抱いている。


 エドワードは、何故こんな小者感のあふれる奴が世界の覇権を握っているのかと疑問に駆られており、心の中を覗かれないように平静を保っている。


「でかしたな、エドワード。契約は引き続き更新だ! 貴様らの知識を我が国に活かす……!」


「はっ」


「がはは、これで我が国も安泰よ……!」


 こいつ本当に腹黒い奴だな、とロゼは思い、胸の中が安い油たっぷりのステーキを朝から食べているような、ギトギトと胸糞悪い気持ちに襲われる。


 シャルムの傍にいるバモラは、普段から性格の悪い彼と一緒にいる為、当たり前と言わんばかりに無表情で恐ろしい程に平静を保っており、逆にそれが怖いなとエドワード達ゴラン国の重鎮達は怯えている。


 扉がノックされ、何事かとエドワードとロゼは動揺して、入れと扉の外にいる主に伝える。


「どうしたんだ、何があった!?」


「失礼いたします……! ただいま入った情報ですが、ゴードン様がムバル国の竜騎士部隊と交戦中と……!」


「何……! やはり来たのか……!」


 エドワードは突然の報に動揺を隠せないでいる。


「ほぅ、彼が乗っているのは、セントウキ、とかいう珍妙なものだったな。俺が渡したやつは量産はできなかったのか?」


 シャルムはエドワードに興味津々に尋ねる。


「ええ、心臓部に当たるエンジンというパーツが、この世界の文明を持ってしても製造は不可能でして、エドワード卿から頂いたもの以外はありません、ムバル国から盗んだ物も、エンジンがボロボロでコピーは不可能でした。ただボディは製造ができ、飛行は可能でして、ゴードンが操作する事ができます」


「ほほう……ドラゴンとはどちらが上なんだ?」


「速度や武装、全ての面で上回ってます、かなり小回りが効くので。エンジニア達がエンジンを研究しておりまして、これが後少しで実験が始まります……」


「成る程な、これが実用化されれば、我が軍の完全勝利よ……!」


「それなのですが……」


「?」


 エドワードが腕を高々と挙げて指を鳴らすと、扉が開き、鎖帷子と長槍で武装した兵士が20名程ぞろぞろと入って来、槍をシャルム達に向ける。


「何だ、皆んなでワルツでも踊るのか?」


 シャルムは、命の危険に晒されているのにも関わらず辛口を叩き、胸のでかい女兵士に色目を使っている。


 この大陸で1番の美人と称される、器量の良い王妃がいるのにも関わらず、こいつは本当にいい加減なやつだなとエドワードは軽蔑の視線でシャルムを一瞥してため息をつく。


「この大陸を占めるのは儂等ゴラン国だ! 貴様らの自由にはさせない!」


 エドワードは、人がどの勇気を振り絞り、シャルムを睨みつける。


 シャルムは絶体絶命の状況にも関わらず、エドワードや使役達とともに余裕綽々の表情を浮かべ、顎髭を触っている。


「ほぅ、俺たちに逆らおうってのかね……」


「もう兵器は完成している、我等の指示に従わなければ、貴様らの国は火の海となるぞ……! 飛行戦艦が完成してるからな……!」


「ふむ、それはもう知ってるんだが、そんなイキっても心臓に悪いだけだぞ……」


「貴様! おい!」


 エドワードは兵士達に顎で合図を送り、皆一斉に槍をシャルム達に向ける。


「ほう……そんな態度を取っちゃってるってわけか、貴様もだいぶ偉くなったものだな……ククク!」


「全兵に告ぐ! 直ちに拘束せよ!」


「ふーんそっか、そんなこと言っちゃうわけか。おい、やれ!」


 シャルムは腕を高々と挙げ、手品をやる大道芸人の仕草を真似て指をパチンと鳴らす。


「……!?」


 天井から黒い甲冑の兵士が飛び降り、ゴラン国の精鋭とも言える兵士達に襲いかかる。


 そいつの腕は神業、槍を奪い取り反撃の隙を与えぬまま胸に突き刺し、鮮血が床に滴り落ちるまでを見、雫が床に落ちる寸前に体が消え、2人の兵士の喉元をナイフで刺し、鮮血が迸りエドワードの体につく。


 怪しいほどに黒光する甲冑の兵士はかなりの凄腕で、戦おうものならば苦戦は必死だと周囲の兵士は背筋に冷たいものを感じている。


「どうした!? さっきまでの威勢は!? フフフ……! 先程の無礼を潔く詫びれば許してやろう!」


 シャルムは意地汚い笑みを浮かべエドワードを一瞥する。


 この兵士の腕前は相当であり、若い頃に皇帝学の教育で数ヶ月間兵士の鍛錬を積んだ事のあるエドワードはすぐさまこの男が、この大陸にまずいないであろう強さを持っている事を気がついた。


 ハオウ国の兵士と何度か交戦をしたが、実力は鍛錬の差からか数段上だったが辛うじて何とか拮抗でき、この黒の甲冑の兵士は彼等とは次元の違う強さだとエドワードや護衛の精鋭の兵士達は本能で恐怖を感じている。


「ぐぬぬ……! 分かった、先程の無礼を詫びる、だからここにいる者達や国民の安全を保障してほしい!」


「ふぅ〜ん、なんか、うーん、頭がデカイな。土下座したら考えてやってもいいけどぉ〜」


「……!」


 エドワードは仮にも一国の主であり、土下座をする事でこの国が近隣諸国から舐められる事を意味する。


「やれば許してくれるんだな?」


「うーん、いいよ」


「首相……!」


「辞めてください……!」


 周囲はエドワードが土下座をしないかどうかハラハラとしているのだが、エドワードは覚悟を決めた表情を浮かべ、床に膝を下ろし、深々と頭を下げる。


「お願いします……! どうか、この国だけは……!」


「閣下……!」


「おやめください……!」


 エドワードは苦渋の表情と、胸を掴まれているような強烈なストレスに襲われており、外観からは分からないのだが、怒りに身体を震わせている様子を衛兵達は見、悔し涙を流している者が出始めている。


「くくく、靴を舐めたら許してやろう!」


「貴様! いい加減にしろ!」


 シャルムは底意地がS気質なのか、普通の人間ならば土下座をされていれば大半の人間が気分が複雑になるのだがそんな気持ちは微塵も感じておらず、エドワードの額に、センスの悪い先端の尖ったラメの入った靴を押し付ける。


 衛兵達はシャルムの傲慢な態度に酷い怒りを感じており、刀を手に取る者が多くいるのをシャルムは見て、ニヤリと性格の悪い笑みを浮かべる。


「分かった……」


 エドワードはシャルムの靴を舐め始め、シャルムはゲラゲラと下品に高笑いを始めた。

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