第46話 盗難

 封印の書物が盗まれた事で、すぐさま国内の政府首脳会議が開かれる事となった。


(あんな、英語の本ごときでここまでの大事になるとは、ただ事ではないぞ……!)


 会議に呼ばれた勝は、自分のいた世界での知識を持ってしても解読ができなかった本に、凄まじい兵器の作り方が載っているのではないかと考える。


 エレガーもこの会議に呼ばれており、髪のコシは無くなり、ほぼ白髪と化し、骸骨のような体になるまで追い詰められているのを、周囲の学者や議員達は目を背ける。


「あの本なのだが、有識者達や勝の知識を持ってしても解読はできなかった。内容は知る由はないのだが、封印の洞窟に厳重に管理されていたのには変わりなく、オーバーテクノロジーの知識が入っているのではないかというのが有識者の見解だ……」


 カヤックは厳重に管理されているのにも関わらず、強力な睡眠魔法をかけられて不本意ながら眠ってしまった腕に自信のある門番を直ちに解雇し、相当にショックだったのか、眉間に皺を寄せ、深刻な表情を浮かべている。


「もし、ハオウ国に知れ渡ったりでもしたら……」


「いや、この世界の人間ですら解読が困難なのだが、犯人は一体何に使うんだ……?」


 この国随一の有識者達は、ハオウ国と戦う唯一の切り札になるかもしれない可能性を秘めていた書物を盗難された事に危機感に襲われながら、オロオロと狼狽えている。


「落ち着いてください。所で、ゴラン国の連中は最近姿が見えませんが、どうなさったのですか?」


 勝は、慌ててる時にこそ冷静になるんだ、と自分に言い聞かせ、ラバウルでの経験を生かし、有識者達に尋ねる。


「教える技術があると、国に戻っていった。何でも、情報が多いから、一旦全員で引き上げてから後日戻ってくると……」


「ん……?」


 エレガーは、枯れ枝と化した指を、脂肪がほとんど無くなった顎に当てて少し考える。


(何か閃いたのか? しかしこの男、頭がキレるぞ……! かなり優秀だし、この男が日本にいれば百人力だろうな……!)


 勝はエレガーの能力を高く評価しており、強力な魔法が使えるので、ぜひ日本に連れて帰れるのならば連れて帰りたいのだが、仮に連れて帰ったとしてもこの肌髪の色では鬼畜米英と勘違いされて捕虜になるのだろうなと溜息をつく。


「エレガー、何か閃いたのか?」


 カヤックは藁にもすがる思いでエレガーに尋ねる。


「現地の状況を知れれば犯人は分かるのですが、私達魔法研究員は、時間と空間についての魔法を研究していて、もしその時に時空を巻き戻せるのであれば、犯人が分かるかもしれません。まだ、不完全ですが少しだけならば使えるので、試してみませんか?」


「何、時間を巻き戻す、だと……?」


「えぇ、これはデルス国が研究していた魔法です。しかし、膨大な魔力を要し、魔力増幅の石がなければ命を落とす程のものです。時間を巻き戻せても、過去には干渉ができず、ただ傍観することしかできませんが、宜しいでしょうか……?」


「う、うむ。早速やってくれ……」


「はっ、ではこれから準備致します」


 エレガーは飢餓難民と化した骨だけの身体を無理矢理に起こし、ふらりと立ち上がる。


 🐉🐉🐉🐉


 封印の洞窟で手に入れた物は、国の倉庫の中に厳重に保管されている。


 そこには24時間体制で守衛が二人つき、警備に当たっているのだが、睡眠薬に匹敵する強力な睡眠魔法を守衛にかけ、解錠魔法を使い鍵をこじ開けて中に盗みに入った者がいた。


 魔法石を持ったエレガーは、カヤックや勝と共に、倉庫の前に立っている。


(時間と空間を歪めるだと……? 益々奇天烈な魔法が出てきたな……! 俺はこの世界にずっといると気がおかしくなってしまうんじゃあないか? だが、戦争には使えそうな魔法だな……!)


 勝は、この世界にずっといる事で自身の精神状態が悪化してしまうのでは無いかと危惧しており、一心不乱に詠唱を始めているエレガーを訝しげに見つめている。


「お、おぉ……!」


 空間がキラキラと光、そこだけが時間が巻き戻っていき、目の前に守衛が現れるのをカヤック達は驚嘆するのだが、勝はこの超常現象が幻覚なのでは無いか、精神病の前触れなのでは無いかと恐怖に襲われる。


『あーあ、眠いぜーったりーなぁ……』


 室内で軽装備な為か、鎖帷子と長槍を装備している、鼻の下に黒子のある、勝達と同じぐらいの年の守衛は、大きな欠伸をしている。


『カヤックのボンクラよぉ、とっとと降伏なんかすりゃいいのによぉ! 無能だべあのジジイ!』


 隣にいる、眼鏡をかけた守衛はオモコを口に咥えながら愚痴を話している。


「あぁ、コイツらは後で謹慎処分追加だな。牢屋に一月ぶち込んでおけ……」


 カヤックは自分を小馬鹿にされた事が気に食わないのか、強権的にアランに伝える。


『何でよぉ、巨乳って入れてくれねーんだろーな!』


『そうだよなぁ! みんなペチャパイだしよ!』


「コイツら、根性を叩き直さないとダメだなあ、牢屋から出たらトレーニングさせますね……」


 アランは、建物内の守衛という楽な立場にいる彼等の残影を見て、こいつらはぬるま湯に浸かり、危機感がないんだなと深いため息をつく。


『カツコツ……』


 靴底で苔の生えた石畳みの廊下を踏み締める音が聞こえ、守衛達は誰かと音の発生源に槍を向ける。


(誰が来たんだ……?)


 勝は、犯人なのかと考えるのだが、何故か妙な胸騒ぎがするのである。


 頭を隠すようにローブを覆った、長身の男が彼等の前に姿を表す。


『何だテメェ!』


 眼鏡をかけた守衛は槍を向けて警戒をしている。


『名前を言え! 不法侵入だぞ!』


 黒子の守衛は、男に強い口調でそう尋ねる。


 その男は、手のひらを黒子の守衛に向け、何かを念じると、黒子の守衛は、精神興奮気味の兵士に投与する精神安定剤と睡眠導入剤を同時に飲んだかのように、こくりとこうべを垂れて寝てしまった。


『テメェ!』


 眼鏡は男のローブを槍で外そうと突き刺すが、念じるのが一瞬早く、すやりと寝息を立てて寝てしまう。


 ローブが外れると、そこには灯りで照らされた下に映し出されたゴードンがいる。


「……!?」


『時間を食ってしまった、兄貴に怒られるからとっとと見つけて帰るか……』


 ゴードンはローブで顔を隠し、倉庫の中へと入っていく。


「犯人は分かりましたね……魔法を中断してよろしいでしょうか?」


 エレガーは相当疲弊しており、早く終わらせてからと言わんばかりの目でカヤックを見つめる。


 カヤックは、この魔法を使うのは相当に精神力に負担がかかるのだなと察し、エレガーにやめていいと伝える。


「犯人は分かった、ゴードンだ……これから、弾劾裁判を行う! ゴラン国の者に伝えろ!」


(弾劾裁判……)


 勝は、まさか信頼していたゴードンが裏切った事を知り、ショックを隠せないでおり、もはや兄弟のような関係だったヤックルは、裏切られたのか、呆然として立ち尽くしているのを横目で見て気の毒な気持ちに襲われる。


 扉が開き、慌てて士官が入ってくる。


「カヤック王! 先ほど入った伝令ですが、我が国にゴラン国が宣戦布告を行いました!」


「な、何だと……!」


 カヤックは呆然とし、フリーズをしたが、直ぐに冷静になる。


「総員! これから作戦会議を始めるから、会議室へと集まれ! 国民には緊急事態宣言を発令しろ! エレガー、貴様とゴルザは結界を作れ! 四六時中交代でやれ! これから戦争だ!」


(とうとう始まっちまったのか……!)


 勝は機械相手にどうやってドラゴンで戦えばいいのか、この世界では未知なのだが、前の世界ではある意味戦い慣れていた為対処がわかるのではないかと冷静に考え、彼等と共に会議室へと足を進めていった。

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