第36話 見舞い

 ゴルザ達の住んでいる小屋はトトスが住んでいる家のすぐ側にあり、そこにエレナと共に住んでいる。


(田舎の家みたいだな……)


 煉瓦造りで茅葺き屋根の小さな小屋の前に勝は立ち、出征前に暮らしていた田舎の実家を思い出す。


(お姉さんは亡くなったが、親父や母さんは元気なんだろうか……空襲は受けてないんだろうか?)


 勝がラバウルにいた頃、日本は初空襲を受けていた事を知らされており、ふと、田舎の両親の安否を気にしているのである。


「どうしたの勝? ポコちゃんが痛いの?」


 ジャギーは下品な発言を平然と行なっており、この国では節度というものがないのかと勝は一昔前の雷親父のような硬い考えになりながら、口を開く。


「いや、田舎の実家と似ていたものでな……」


「ふーん、田舎ねぇ、ここも十分田舎のようなものだけれどもね、ねぇあんた、次あんな事したら殺すわよ」


「何だと貴様!? そりゃ俺にも非はあるが、誰でもあんな卑猥な格好をしていたらああなるだろ!?」


「ふーん、あんた本当に童貞のクソ野郎なのね。ヤックルですら何とも感じないのにね。節度が足りなさすぎだわ……」


「貴様……!」


「ともかく中に入ろう」


 ヤックルに言われ、ここは俺がいた世界に比べたら、色々な意味で先進的なんだがな、と勝は思いながら所々が錆びついた鉄製の扉をノックする。


「はい」


 部屋の中からエレナの声が聞こえる。


「お邪魔します」


 勝達は扉を開けて部屋に入ると、テーブルに座って雑誌を読んでいるゴルザと、エレナがいる。


「ゴルザさん、お見舞いに来たんすけど大丈夫すか?」


 ヤックルは心配そうにゴルザに果物を差し出す。


「あぁ、エリクシルが効いてくれてもう大丈夫だ、週明けに部隊に復帰するよ」


「エリクシル!? え!? そこまで深傷だったのですか!?」


 マーラは目を丸くして、ゴルザに尋ねる。


「いやな、あいつら槍に毒物を塗ってたんだ、それも相当強力なものをだ。回復呪文が全く効かなくて、エリクシルを処方して貰ったんだ」


「……」


(槍に毒物だと!? この男、相当な重要人物なのか……!?)


 勝はゴルザを思わず二度見する。


「確かに、この国の回復呪文はそんなに効き目はあるものではないですからね」


 ヤックルはため息混じりにそう呟く。


「そうだな……」


「あのう……」


「なんだい?」


「エレナさんの傷の方は……」


「あぁ、大丈夫よ」


 エレナはにこりとヤックルに微笑む。


「なんかね、勝が魔封剣で軽く切りつけたお陰か、よく分からないんだが、エレナの体内の魔力が人並みかそれ以下に落ち込んでな、初歩的な魔法しか使えなくなったんだよ。自爆呪文を使えるほどの魔力がないんだ。エレガーさんが検査したんだが不思議がってたんだよな……」


「……そうですか」


 勝は腰につけている魔封剣に軽く手をやると、心なしか脈動感が剣から感じているのが分かり、こいつ生きているのかと不思議に思っている。


「あのう、ゴルザさん、答えたくなければスルーしても構わないんすが、そのう、エレナさんの自爆呪文や魔封じの術は一体誰が何の為に……?」


 ヤックルは複雑そうな表情を浮かべ、ゴルザに尋ねる。


 ゴルザもまたヤックルと同じく、この質問の答えが相当な重い内容なのか、極力答えたくはないと言いたげな表情を浮かべている。


(こりゃあ、相当な深い事情があるぞ……!)


 勝はゴルザやエレナ達の複雑な表情を見て、この裏には何かかなりの事情があるんだなと察している。


「私が説明しよう」


 奥の部屋から、トトスがぬっと出て来、勝達は軽くひえっ、と声を上げてたじろく。


 トトスは覚悟を決めた表情で、オモコを口に咥えて火をつけ、口を開く。


「ゴルザと私は祖父と孫の間柄だ、私たち家族は元々がデルス国出身だった。こいつの母、つまり私の娘は、当時のデルス国王バルクの指示の元禁呪を使い、破壊呪文を覚えようとしたのだが、実験中の魔力の暴走に耐えきれずに死んでしまった……」


「……」


「義理の息子のガルバ、つまりゴルザの父は、禁呪の必要性に疑問を感じ国王に異をとなえたのだが、反逆罪に問われて処刑された。ヘッジは私の兄弟子で、私がもう禁呪の研究をしないと知り、この国から追い出すような嫌がらせをしてきた。非国民扱いされた。でな、ゴルザが10歳の時にムバル国に来て、カヤック王に魔法の力をみそめられて軍の司令官になるように勧められて、今ここに至るんだ」


「でも、それではゴルザさんは一体……?」


 ヤックルはゴルザが28歳になるまで一体どんな暮らしをしているのか気になっているのである。


「こいつは潜在的な魔力が俺以上にあって、すぐさま魔法研究所に預けられて、禁呪とまではいかないが、研究中の魔法や俺がそんなに扱えない煉獄などの最上級呪文を叩き込まれ、それと、剣術が長けていたので魔法剣士という特殊なポジションでこの国の護衛部隊の副隊長を務めることになった。立場的にはお前らより上だ。だがな、まだ若かった事もあってか、遊び癖が祟っててな、よく借金とか女遊びばかりしていたから勘当したんだよ。この国を出て放浪の旅に出てたんだが……」


「旅の途中で、旅芸人の踊り子だったエレナと知り合った。この子がヘッジの孫で、幼い頃から禁呪の実験台にさらされていて、両親がそれで亡くなり、ヘッジからも性的虐待を長期に渡って受け続けていて、家出して放浪の旅芸人になった。だが、ヘッジに連れ戻されて、牢屋に幽閉されてたんだ。事情を聞いて、あの国で戦うのは戦力的にはダメだと思ったんだが、勝の魔封剣と身につけた魔封じの術を使えば何とかなるんじゃないかと思って協力を決意したんだ」


 ゴルザは何かを吹っ切ったかのように、エレナとの馴れ初めと戦術的な決意を語る。


「……そうだったんですか」


 トトスとゴルザの話を聞き、マーラ達は自分たちがいかに危機感のない場所にいたんだなと、憤りを感じている。


「まぁ、もう終わったことだからな……今日は全快祝いにアランが店を予約してくれてんだ、特別ボーナスが出たからさ、特別に俺達をただで誘ってくれた。夕方になったら飲みに行こうぜ!」


「ええ、そうしましょう!」


 ヤックルはニヤリと笑った。


(ズボン買って、金がパーになったから助かったなぁ……!)


 勝は無一文であった為参加できないと思っていたのだが、無料で参加できると知り、安堵の表情を浮かべた。


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