第37話 夢

 酒宴が終わり、勝は噴水のある公園でベンチに座り一人でオモコを吸っている。


 勝の体を、紅色の月が照らしており、初めは奇妙に思っていたこの光景に徐々に慣れつつあるのに軽い恐怖を感じている。


(一体いつになれば俺は元の世界へと戻れるんだろうな……。しかし、この世界は一体どんな原理で回っているんだ……魔法だとか人体兵器だとか。人体を兵器に使うなど決してあってはならない事だ……)


 大戦末期、日本軍は桜花や回天等、特攻兵器といった人の命を犠牲にする兵器を戦争に投入したのだが、勝はまだそのことは知らない。


「!?」


 勝の耳に足音が聞こえ、誰かと振り返ると、酔いが覚めたジャギーがいる。


「勝、まだ飲み足りないんじゃないの? マーラやアレン達は朝まで飲むって言ってるのよ」


「いや、俺はもうこれでいい。飲みすぎると明日が差し支えるからな……」


「生真面目ねアンタ」


 ジャギーは軽くため息をつき、勝の隣に座る。


(まだ昼間の事怒ってるんじゃないだろうな……あんな、股間に火を当てるだなんて真似はもう懲り懲りだなあ……)


 勝は股間を見やり、何もなってないなと安堵のため息をつく。


「ねぇ、アンタさ……」


「!? 何だ!? 今度はいかがわしい事はしてないぞ!」


「違うわよ! ねぇ、前の世界では全く女性とは無縁だったの!?」


「それは……いたんだがな、戦争が始まってしまってから全く連絡が取れなくなってしまったんだ……」


「そうだったのね……」


 開戦前、勝がまだ15歳の頃に学校のクラスメートで可愛らしい女の同級生がいたのだが、当時は男女間の恋愛はタブー扱いされており、思いを伝えられずに卒業して、予科練に入る事になったのである。


「ねぇ、あのさ、今誰か好きな人とかっていないわけ?」


 ジャギーはモジモジしながら勝に尋ねる。


「いや、いないんだが……何でそんな事を聞くんだ?」


「……」


「?」


「いいわよ、馬鹿!」


 ジャギーはベンチから立ち上がり、地面に唾を吐き捨てて、移動魔法を唱え勝の前から消えていく。


 勝はジャギーが何故このような言動をしたのかよく分からずに鳩が豆鉄砲を喰らった表情で、ジャギーがいた場所をただ、呆気に取られて見つめている。


 🐉🐉🐉🐉


 新緑生い茂る公園、大木の幹の下に勝は座っている。


(ここはどこなんだ……?)


 勝は周囲と、足元にある草木を見るのだが、日本のものとは極端に変わらない、微妙に似ているその植物を不思議に思いながら、燦々と照りつける太陽を見つめる。


 その太陽は2つ存在し、明らかに異常な世界だなと勝は背筋がラバウルにいた時に感染したマラリアから来る悪寒を背筋に感じ、ここはあの世あのかと得体の知れない恐怖に襲われる。


(何だこの世界は……!? 何があるぞこれは……! 逃げなければ……!)


 勝は立ち上がろうとするのだが体が言うことが聞かずに、地べたにへたり込み、目の前に帽子を被った人間が勝の元へと歩み寄ってくるのが見え、死神なのかとますます死の気配を感じ、胸が締め付けられる恐怖に襲われる。


 その人影は、徐々に距離が近づくにつれて体の輪郭がわかり、くびれた体つきと長い髪の毛で女性なのかと判別できるのだが、肝心の顔が帽子で描かれていて分からないのである。


(だ、誰なんだ……!?)


 勝はこの女性らしき人間が、自分の味方なのか、それとも自分に危害を加えようとしている敵なのか判別できず、立ち上がろうにも体が動かないのに、いよいよ自分は死ぬのかと覚悟を固めているのである。


「勝」


 その女性は、白の帽子を外し、勝の名前を口に出す。


「ジャギーさん」


 🐉🐉🐉🐉


 「起きろ、この穀潰し!」


「うっ、うおお!」


 ジャギーの騒音と言っても過言ではない大きな声で勝は飛び起きて、辺りを見回すと、いつも見慣れた、居候を決め込んでいるエレガーやジャギーの家の部屋の一室である。


「アンタ国王が呼んでるのよ!」


「え!? 昨日も呼んだのではなかったのか!?」


「それがねぇ、緊急収集だそうよ! 早く着替えて行くわよ!」


 ジャギーは勝に着替えの服を投げて渡す。


「あ、あぁ……分かった」


 勝は立ち上がり、いそいそと服に着替え始める。


(昨日の夢で見たのは、ジャギーさんだったな、何で夢に出たんだろう……?)


「どうしたのよ? 顔になんか付いてるの?」


 ジャギーは勝がジロジロと自分の顔を見ている為、顔に何か変なものでもついているのかと疑問に駆られる。


「あ、いや、何でもない……」


「ご飯用意してくるからね、髭を剃ってきなね」


 勝は昨日の夢は一体何だったのだろうかと、洗面所へと足を進めていく。


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