第25話 ゴーレム
ピチャピチャという音が水路内には響き渡り、軽い恐怖のような感覚と、目の前を歩く幸薄そうなエレナというこの女が敵なのか味方なのかわからない得体の知れない不安に勝達は陥るのだが、総大将のいる場所に辿り着く鍵を握っているのが彼女しかいない為、ある程度何かあっても仕方ないという覚悟を決めて進んで行く。
「は、ハクション!」
外に比べて寒いのか、マーラは大きなくしゃみをする。
「誰かが噂でもしてるのか?」
アレンはニヤニヤと笑いながらマーラにそう言うのだが、自分も寒いのか、軽く震えているのである。
「んな、イケメンとか噂してればいいんだけどねぇ、いなくてさ……」
自業自得、乱れた生活を送ってきた結果なのか、マーラに寄ってくる男は誰一人としていないのである。
「まぁ、ヤリマンの女によってくる奴なんざいないだろ?」
「酷いわね! あんただってさあ、学生の時にクラスメート孕ませて堕して、総スカンされたんでしょ!」
「あ、ありゃあ、まぁその、若かったからっていうね……」
アレンもまた、17歳の頃に通っていた学校でクラスメートの女の子に手を出して妊娠させてしまい、慰謝料を払い中退したのである。
(しかし何だってこう、乱れてるんだろうなこの連中は……普通俺の年齢ならば落ち着いていてもおかしくはないんだろうがなあ……)
勝は彼等のやりとりを聞き、自分がいた世界、少なくとも日本では節度のある男女間の付き合いがあるのは当たり前であり、直ぐに性行為だとか浮気だとか不倫だという乱れた生活を送るアレンやマーラ達若者の気持ちがいまだに理解できないでいる。
「何かどうしたの勝? 渋い顔をしちゃってさぁ……? ジャギーの事が気になっちゃってるってわけ?」
マーラは、そんな勝の気持ちを知らずに軽い冗談を言う。
「いや、それはないんだが……」
「あの子さあ、性格きついわよ」
「え、いえ……」
「いえ、ってさ、本当は好きなんじゃないの?」
「いや……それは」
勝はジャギーが嫌いというわけでは無く、初恋の人と出会った時のような気持ちに襲われる時はあったのだが、所詮は異世界の人間であり、仮に結婚できたとしても、自分では普通に養える自信はなく、当然血液型や遺伝子情報がまるきり違う為、生まれてくる子供が五体満足であるという保証はない為、なかなか前に出ようという気持ちの整理がつかないのである。
「こらお前ら、修学旅行やピクニックに来てるわけじゃないんだぞ、しゃんとせい!」
トトスは敵陣の中にいるのにも関わらず、イマイチ危機感のない彼等を怒鳴りつける。
『アラン司令! 聞こえておられますか!?』
アランが持っている魔石から声が聞こえ、これは何か重大な事があったのかと彼等は身構える。
「何かあったのか!?」
『今丘の上におりますが、敵に見つかりました! これから交戦に入りますが退避いたしますか!?』
(敵に見つかったのか……!?)
勝は切り札の魔封じの術が使えなくなるのではないのかという危機感に襲われ、今この場で魔法が使われたら終わりだなと思い辺りを見回すが、薄暗い洞内しかないのである。
「いや、退避はするな! 徹底的に排除しろ! 戦力はどうなってるんだ!?」
『騎士10名、魔道士5名……ゴーレムがいます!』
「ゴーレムだと……!」
「ヤバイぞそりゃあ……戻った方がいいんじゃないか……?」
ヤーボとアレンは口々に不安を話すのだが、アランは流石司令官という事もあってか冷静であり、トトスと小声で一言二言交わした後に魔石に向かい口を開く。
「敵陣を打破し、再度結界を作れ! こちらは敵の本陣へと向かう! 何が何でも持ち堪えるんだ!」
『はっ!』
魔石の通信はそこで途切れ、トトスは深いため息をつく。
「とうとう見つかってしまったか……!」
「トトス司令殿、ゴーレムとは……?」
勝はゴーレムという言葉に聞き覚えが無く、深刻な表情を浮かべているトトスに尋ねる。
「魔法で作られた土人形の事だ。煉瓦ほどの硬さを持つ、強力な力を持つ化け物だ……! 禁じられていた魔法なのだが、これを使える人間は、この国では一人だけしかおらぬ……! 結界はやはり不完全だったのか……!」
トトスは眉間に皺を寄せ、かなり深刻な表情を浮かべ、深いため息をつく。
「その人間とは一体……?」
「ヘッジ・レーバーン。この国で一、二を争う魔道士だ……! 確か、奇妙な実験に失敗して幽閉されていた筈だったんだが……いや、ますます貴様の魔封剣が頼りだ、頼むぞ……!」
「はっ……!」
(ゴーレムだと……!? 俺のいた世界でいう、B17のようなものなのか……!? いずれにせよ、俺の持っている常識や価値観では一括りにはできない世界だ、今までの戦争とはこれは、全く違うものだ……!)
勝はこの戦争が、自分のいた世界とは比べ物にならないスケールの違うものだと痛感し、鞘に収まっている魔封剣を握り締め、テクテクと進んでいくエレナの元へと着いていく。
🐉🐉🐉🐉
そいつ――ゴーレムは、地鳴りと共にやってくる。
二つの太陽の下、竜騎士部隊と魔道士部隊は襲いにきたデルス国の兵士達を一網打尽にしようと攻撃を仕掛け、ゴルザの結界の詠唱を邪魔させないようにしているのだが、相手が悪すぎた。
世界大戦以降、ここ数十年で全く姿を表す事がなかった伝説上の化け物が目の前にいる。
「畜生、こいつ炎が効かない!」
グリーンドラゴンを駆る竜騎士の一人は、ゴーレムに向かい炎を浴びせかけるのだが、皮膚が硬い土煉瓦であるために当然の事ながら炎は無効である。
5メートルはあろうかというそいつは、けろりとして丸太のような大きな腕を振り回して、地上にいる騎士に襲い掛かる。
「うわあっ!」
ある兵士はゴーレムの拳を盾でガードするのだが、鋼鉄と同じ硬度を保つ素材でできているはずのそれは、ボコンという音を立てて曲がり、5メートル先まで吹っ飛ばされる。
「ひえええ!」
「どうした、お前ら! ゴーレム様に恐れをなしたのか!?」
ひひひ、と敵兵がヤックル達の狼狽ぶりを見て冷笑を浮かべる。
「こ、降伏しましょう!」
ヤックルは、今まで経験したことが無い恐怖と、リアルに迫り来る死の足音に軽く失禁しており、他の兵士もまた、ゴーレムなどの対人外との訓練は経験しておらず、どのようにして戦えば良いのか分からないのである。
「ヤックル! 煉獄だ! 煉獄をぶっ放してみろ!」
ゴルザは術の詠唱を途中でやめ、ヤックルに助言をする。
「しかし! ゴーレムに効くって決まったわけじゃあ……」
「兎も角やってみろ! 俺は術を詠唱しなければならぬ! 君の煉獄が頼りだ!」
「は、はい!」
ヤックルは仕方ない、やるだけやってみるかと全身の勇気を振り絞り、煉獄の詠唱を始める。
「ダメだ魔法が使えない! やはりこいつ、魔封じの術を使ってやがる!」
中年の冴えない、醜く頭が禿げ上がった敵の魔導師は、掌をゴルザ達に向けるのだが、何も出ないのである。
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