第20話  覚悟

 宿舎に戻った勝達は、お互いが何も言うことができずに、ベットに腰掛けている。


(俺たちは明日死にに行くんだな……)


 まだこの世界に転移する前、勝はラバウルで、これでもかとため息が出る程に、毎日死線をかいくぐってきた来た事を思い出すのだが、それとは違い、この世界では当たり前なのだが、訳の分からない、勝にとって異常ともいえる魔法やドラゴンといった類の、得体の知れないものを使い戦わなければならない現実にただ辟易しているのである。


 勝はオモコに、魔力を封じ込めたアチルという、ライターのような形状のような鉛でできたもので火をつけて、煙をゆっくりと窓の外に向けて吐き出す。


(ラバウルの時は、毎日が悲壮だったのだろうが、元々は死ぬのを覚悟していたから怖くは感じられなかったし、生きて帰る自信はあったのだが……しかし、この世界では何だ? いや、何だという表現なのはおかしいんだろうが、俺はここで生きて帰れるんだろうか? いや、元の世界に戻って、日本を勝利に導くのが俺たち軍人の役目なんだ……!)


 決して生きて帰ることはないであろう、絶望的な戦いに行く覚悟を決めていると、ドアが勢いよく開き、ヤックルとアレンが入ってくる。


「勝! ヤックルと話したんだがな……これから、酒飲んで売春宿に行って抜きに行くぞ!」


 勝はアレンの、血気盛んな高校生とも取れる発言を聞き、変なところに煙が入ったのか思い切りむせ返り、慌てて灰皿にオモコを押し付ける。


「んな……国家の非常事態に、売春宿だと!? それどころではないだろうが! 貴様らはそれでも軍人の端くれか!」


「どうせあの世には酒場とか売春宿とかねーんだろ!? 嫌なんだよ、俺達童貞のまま死ぬのはよ!」


「君は童貞だったのか……」


「あぁ、自慢ではないんだがな! 素人童貞なんだよ俺は! このままで死にたくねえんだよ!」


 アレンは、戦争に勝つ事よりも、童貞をどうやって無くすか、学生のような思春期の深い悩みを解決するのに必死である様相を見て、こいつすぐに戦争で早死にするなと勝は深いため息をつく。


「童貞だろうが、戦争に勝つのが第一の先決だろうが! ヤックル、貴様も童貞なのか……?」


 勝の質問に、ヤックルは恥ずかしそうに俯く。


「うん、こいつな! ビン底メガネで気持ち悪い奴で、しかも真性包茎なんだよ! 今まで彼女いないんだよ! 誰からも相手にされないでやんの!ウケるべ!」


「煩いぞ! お前! 煉獄やるぞ!」


 ヤックルはアレンに向かい、煉獄の詠唱を始める。


「馬鹿なこと言ってんじゃないよあんた達!」


 ドアの外からは、マーラの声が聞こえて、学生のような、青春真っ盛りの時期の青年の恥ずかしい会話を聞かれたのかと彼らはとっさに身構える。


「馬鹿ねぇ……飲みに行くよ! 明日どうせ私たちは死ぬんだからね!」


 マーラは彼等を手でおびき寄せるジェスチャーをし、やっぱり明日の戦争で誰でも死ぬ事を覚悟しているから、最後はパーツと遊びたいんだなと思い、部屋を出る。


 部屋の外の廊下には、他の兵士に混じりジャギーが勝達を待っている。


 🐉🐉🐉🐉


 「ケッ、なんでぇ、なんでとっとと、列強の配下に入らねーんだろうな……」


 アレンは気持ちを落ち着かせるために、店に入ってから1時間ずっと、強いアルコール度数の酒を飲んで、既にヘベレケであり、ろれつが回っていない。


「僕煉獄結局一発しか使えないから即死だよ!」


 ヤックルもまた、明日死ぬのがほぼ確定しているのだろうなと、半ば諦めているのだが、それでも生きたいからどうしたらいいのか、でもなんかやってられないなと、自分一人の力ではどうにもならない大きな運命に絶望しており、飲めない酒と吸えないオモコをゲホゲホとむせながら吸っている。


「はぁーあ、もっと恋愛しておけばよかったな!」


 マーラはオモコを吸い、さっきからしきりに深いため息をついている。


「だからさ! 死ぬ前に俺とやろうよ、どうせこんな戦争は負け戦は確定なんだよ、死ぬ前にさあ、一発やろうぜ! どうせお前彼氏いないんだろ!?」


 酒の勢いというものは恐ろしく、セクハラという概念は当然この世界にはないのだが、場の流れでこれは言ってはいけない事を平気でアレンは口走る。


「この馬鹿! 死ねよ!」


 マーラは、アレンを軽蔑の目で見やる。


「胸触らせてくれたっていいじゃねぇか!」


 アレンという、自分と年が同じなのにも関わらず、品性が無い男のやりとりを見て、勝は本当に軍人なのか、生きて帰る事を考えないのか、戦に勝とうとは思わないのかと深いため息をつく。


「ねぇ、勝……」


 勝の隣の席に座ってるジャギーは、やはりこの戦いが絶望的だというのを薄々感じているのか、悲壮感溢れる表情を浮かべており、何かを言いたそうに勝を見て口を開く。


「ジャギーさん、それは……封印の洞窟にあった者じゃなかったのか?」


「あぁ、これね。なんかね、エレガーさんがチェックしたんだけどさ、魔石でもないただの綺麗な石ころだって言っててさ、捨てるんだけどいるかって言われてさ、貰ったんだよね」


 ジャギーの首には、封印の洞窟で手に入れた宝石がかけられており、開戦前に司令部の人間に呼ばれて、高級娼婦や華族の揃う夜の舞踏会に出向いた時にいた貴婦人そっくりだなと勝は背筋にぞくりとする感覚を覚える。


「何よ、顔になんかついてるの?」


「あ、いや……」


 勝はジャギーをジロジロ見てしまったため慌てて目線を別の方向へとそらす。


 酒場には、明日の戦争で気を紛らわせる為に最後の晩餐とばかりに酒を飲みに来た軍人達がおり、開戦前の日本そっくりだなと勝は妙な親近感を覚える。


「ちょっとねぇ、涼んでくるわ。勝、付き合って」


 ジャギーは酒を飲みすぎたのか、軽くほろ酔いであり、勝の手を取る。


「あぁ、俺達二人の代金置いておきますよ、多分これで足りるだろうから」


 勝は、生きて帰れる保証がない軍人にせめてもの情けとばかりに支給された特別ボーナスで、銀貨三枚を置き、ふらふらと千鳥足でジャギーとともに歩き出す。


「おいあいつら、これから宿に行って一発やる気だぞ!」


 アレンはひひひと笑いそう口走り、マーラに頭をぽかんと叩かれて、小気味良い音が部屋に響き渡った。


 🐉🐉🐉🐉


 噴水のある公園に、勝とジャギーはベンチに二人仲良く腰掛けている。


「あー、外の空気って気持ちいいわねぇ」


 ジャギーは酔いが覚めたのか、妙に清々しい顔で星空を見やる。


(月が二つもある事自体が異常なんだが……星空があるだけでも救いなんだな、これは……)


 勝は、全てを観念したかのような顔つきであり、もうどうにでもなれといった具合で、二つある月を除けば元の世界と変わらない星空に安堵を覚えている。


「ねぇ、勝さ……」


「?」


「前の世界でさ、ゼロセン、って鳥に乗って戦ってきたって聞くけどさ、やっぱ、……人を殺したりしたの?」


 ジャギーは、この質問をしないほうが良かったのだろうが、いったいどんな返答なのか気になっており、じっと勝を見やる。


「それは……」


 勝は、一呼吸を置いて口を開く。


「人としては決して許されないのだろうが、俺は人を殺してきた。ただそれは、戦争という決まった枠組みであって、相手を殺さなければ生き残れはしなかった。それだけ、敵は強大だった……俺はこの戦争に勝って元の世界へと戻る。仲間がやられてるし、俺の生まれた国が占領されてしまう」


「ゼロも一緒に戻るの?」


「いや、あいつは、この世界でしか生きれない生き物のような気がする。この戦争が終わったら余生をここで過ごしてほしいんだがな……」


「そう……」


 ジャギーは勝の返事が、至極当たり前でしっかりとしたもので安心したのか、軽くため息をついて、夜空を見上げて再び口を開く。


「必ず、生きて帰ってきて、死んだら嫌よ……」


 勝はジャギーの言葉に、いつも自分を貶しているのに何故こんな発言を急にするのだろうなと呆気に取られながら、出生前の見送りで家族が似たような言葉を自分に言ったのを思い出して、胸に熱いものがこみ上げてくるのを感ドレ。


「あぁ、俺は必ず生きて帰る……!」


 二つの満月が、彼らを照らしている。


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