第18話 封印の洞窟その②

 封印の洞窟には、太古の昔から伝えられている伝承がある。


『黒髪の男がこの地に降り立つ時、この洞窟の中にあるおぞましいなにかを倒し、朱色の宝玉を手に入れ、世界を制覇するであろう』――


 自分が幼子であった頃、まだ存命であった祖母から昔話で聞いた事をアランは思い出しながら、おぞましいものが一体なんなのかわからない恐怖と、その宝玉が何か、世界を制覇するとは何だろうかと、浪漫に似た感情を抱き、松明が灯っていないのにもかかわらず、小さな箱状の物質が壁や天井に点在し、そこから蛍光色の光が発せられ、内部を照らしている洞窟内をそろそろと歩いている。


(何でここは不気味で静かな場所なんだろうな……? いやしかしこれは……この壁は?)


 迷路のように極端に曲がりくねって入り組んでいるのか分からないのだが、2.3人がかろうじて通ることができる回廊を勝達は、あまりにも規則正しく整備されている、コンクリートのような強度の強い壁で仕切られ、得体の知らない化け物が潜んでいるのではないかとこの道を不気味に思いながら、しかし、この先にあるものを得なければこの戦争に負けるのは必至だろうとただ歩いている。


「行き止まりだ」


「何だこれは?」


 アラン達は、扉にぶつかり、足止めを喰らうのだが、その扉は普段使っているような木製や鉄製のものではなく、少なくとも数世代は後に作られるであろう特殊な金属を使っているような、銀色の正方形のものであり、隣には、何かを通すのかよくわからないが、一本線が入ったクリーム色の物と、数字が書いてある突起物が9個ほどついており、勝はもちろんの事、この珍妙な扉の存在を誰も確認がしたことはなく、頭を唸らせている。


『ガガ……』


「? 何だこの声は!?」


 機械の無機質な声が部屋に響き、彼らは気がついてないのだが、扉の上には小さなスピーカーらしきものがついている。


『BAIOMETRICS……NO DATE……BUT…….HE IS ASIAN…… ME PASSWORD OR PASSCARD……』


「これって何の言葉なんだ?」


「いや、これは、英語だ! なんでこの世界に英語があるんだ!?」


 勝は、何故この別次元の世界で英語があるのかと疑問に駆られ、この扉の向こうに、自分が今まで経験したことが無いおぞましい何かあるのではないかと勘ぐり、身構えする。


「取り敢えずだ、火球を当ててみよう!」


「いやしかし、なんかこれ、悪い予感がしますよ!」


 長年戦闘に従事しており、危険察知能力が長けている勝は、この扉に何かをすると、それ相応のものが跳ね返ってくるのでは無いかと思い、彼らを止めようとするが、魔道士部隊の中堅魔導師が火球を放ち扉に当てる。


『ATTACK……EMAG……PROGRAM……』


 赤い光が辺りを照らし、ブーブーブーという警報音の様な無機質な音が鳴り響き、これはただごとではないぞと彼等はみじろきをき、強烈な命の危険を感じ、持っている槍や剣に手をやる。


 天井にある、緑色の光のランプから、青白い光が床に向かい発せられ、その光はくねくねと蛇のようにうごめき、生き物のような、巨大な獣である『何か』の形をとる。


「……っ!」


 そいつは、獅子の顔を持ち、体は青褐色で鋭く尖った針で覆われ、尻尾は三又の蛇であり、明らかにこの世界で存在が確認されていない異質な生き物であり、高らかな叫び声を上げて彼等を威嚇している。


「な、なんだこいつは!?」


「見たことねー!」


「兎も角、倒すしかねぇ!」


 勝達は身の危険を感ドレのだが、武器を手に取り、戦闘態勢に入る。


 魔道士の誰かが放った火球が化け物の体に当たり、煙が出てるが何も感じなかったかのようにけろりとしている。


 その化け物は、ギシャア、というドラゴンとも農耕用の水牛とも思えない声を発し、口から炎を出して竜騎士の一人に浴びせかけ、蛇の尾で薙ぎ払う。


「うわぁあ!? 熱っ!」


 ドラゴンの鱗で作られ、耐火性があるはずの鎧からは黒煙が上がり、炎を浴びた兵士は苦痛の表情を浮かべている。


(ドラゴンの鱗の鎧は炎は通さないはずなのだが、これはただごとではないぞ……!)


 勝はこの化け物がただならぬ実力を持っている事を分かり、回復呪文をかけてもらっているその若い兵士を気の毒そうな表情で横目で見て、刀を抜く。


 魔道士部隊が放った火球はそいつに当たるのだが全く効く素振りはなく、兵士が槍で刺すのだが、ぱきりという音を立てて先端が折れた。


「な!? 攻撃が通用しない! ヤックル、煉獄はまだか!?」


「今準備しております!」


 ヤックルは初めての戦闘で怖気付いているのか、今にも逃げ出しそうな表情を浮かべているのだが、何とかやるしかないと気を引き締めて煉獄の詠唱を始めている。


「うおおっ」


 勝は意を決して壁を蹴り飛び上がり、化け物の頭に刀を深々と突き刺し、紫色の返り血が勝の着ている鎧にかかり、画家が絵画を描いていて、偶然にできたかのような、ドラゴンの鱗の緑色とそれについている、元々ドラゴンと寄生して共存している微生物の黄土色と混じり、不気味なまでの異彩を放つ極彩色に思わずマーラはどきりと胸を貫かれる。


「やったか!?」


 化け物は脳細胞を貫かれたはずなのだが、一瞬怯んだだけでピンピンしており、すぐに体をよじり、頭の上に剣を突き刺す形で乗っかっている勝を壁に弾き飛ばす。


 うわぁ、という勝の悲鳴と化け物の叫び声が狭い部屋の中に反響し、ドレ達は気分を害すのだが、うずくまる勝を見て我に帰り、魔道士の一人が勝に回復呪文をかける。


「皆さん伏せてください!」


 ヤックルの頭上には煉獄の火の玉が浮かんでおり、やっときたか、これでこの化け物を倒せると彼等は安堵して、慌てて化け物から離れる。


 巨大な火の玉は一直線に化け物へと向かい、化け物は煉獄の炎に焼かれてのたうち回り、黒こげになり焼け爛れてその場へ崩れ落ちる。


「やった……!」


 アランはもう怖くないぞと、自分が倒したわけではないのに得意げな表情を浮かべて、肉片と化した化け物に唾を吐く。


「いや、流石に煉獄を使えるだけはあるな……自爆呪文を覚えさせて前線で使おうと思ってたんだがな……」


 トトスは肩の荷が降りたのか、なぜかすっきりした顔をしているヤックルを見てニヤリと笑う。


「えぇ!? そんな、僕これ一発しか使えませんよ! 自爆呪文って……特攻っすか!? 恐ろしいこと言わないでくださいよ!」


「これを後100発使えるようにならなければ、貴様は自爆テロ要員確定だからな、精進しろ……」


「ひえぇ!?」


 トトスとヤックルのやりとりを見て、他の兵士達はドッと笑うのだが、回復呪文をかけて傷が癒えた勝は素直に喜ぶ気にはならないでいる。


「どうした勝? もう化け物は倒したんだろ? ビビる必要はなくね?」


 ヤーボは元気よく勝にそう言い、オモコを吸おうとしたのだが、上官のいる前でやばいなと思い慌てて箱の中に入れる。


「だが、なんかな、嫌な予感がするんだが……」


「ははは、こんな化け物、もう襲っては来ないよ、ほら、こんな肉の切れっ端になっちまって……」


 革靴の底で化け物の頭だった肉片をヤーボはグリグリとするのだが、その肉片はヤーボの足を思い切り弾き飛ばし、分散していた肉片は集まり始め、一つの塊となり、焼け焦げていたのは鱗だったのか、焦げた所が剥げ落ちていくと、また化け物に戻っていく。


「な!? おいこいつ、不死身なんじゃねえか!?」


 アランは慌てて、床に落ちている剣を手に取り、アランにつられて周りも、魔法の杖や槍を手に取り、化け物の攻撃を必死になって捌いていく。


「これではジリ貧だ!」


 トトスは火炎系中位魔法の業火を放つのだが、ゴルザに次ぐ実力者なのにも関わらず、その化け物はトトスの業火を口を開いて受け止めて、ゴクリと飲み干していくのを見て、誰にも負けないというプライドがつい先日に落ちこぼれのヤックルが煉獄を習得して脆くも崩れ去った時以上に、悔しいのだがこの化け物には勝てないのかという絶望を感じている。


「おい、あのよく分からねぇ数字のあるやつ、あれが関係してるんじゃねぇか!?」


 ヤーボは槍で化け物を突き刺して、横目で数字のあるボタンがついているところを見やる。


「でもそれ、私たちどうやるのか知らないし、仮にそうだとしても、やり方がわからないわ!」


 勝の傷は背骨が折れているのか、回復呪文を思ったより長くかけなければならないのに、そんなことはできないだろうとマーラはため息をつく。


『グギャア!』


 化け物は大きな口を開け、口から炎を出そうとしているんだな、と彼等は察し、俺たちの人生はここで終わりなんだな、と諦めている。


「煉獄」


 ヤックルが放った煉獄よりもさらにひと回り大きい煉獄が化け物に当たり、肉そのものが蒸発していくのを勝達は驚いた表情で見つめる。


「やっと間に合ったか」


「間一髪だったな……」


 そこには、かなりのストレスに晒されて、更に老けて70歳ほどの老人と化しているエレガーと、飄々として済ました顔つきのゴルザがいる。


「エレガーさん……何故ここに?」


「僕は、魔法で君らがどこにいて何をしてるか察知している。トトス司令から映像を見せてもらった、この水晶とトトス司令の持っている宝玉は、画像が連動しているんだ。魔導研究所が作った試作品だ。ゴルザさんを連れてきた、これで百人力だろう……」


 エレガーは、かなり年季が入り、脂分が浮かんでいる、元は茶色だったのだが黒く変色した革製の横掛け鞄から水晶玉を取り出して勝に見せる。


 水晶玉には、洞窟内と化け物の肉片と、師匠と会えて歓喜するヤックルの顔が映り、まるで戦前に都内の映画館で見た海外の映画のようだなと、勝は感動して水晶玉を見やる。


「ゴルザさん! 今までどこにいたんすか!? 心配してたんすよみんな!」


 ヤックルはほっとした顔つきでゴルザの元へと歩み寄る。


「いやぁ、面倒なことになってきたから、旅に出ようかなって思ってたんだがなあ、ほらこんなご時世だろ? 出歩こうにもこりゃ命がけだなって。取り敢えず郊外に避難しようとしたらさ、ジャギーちゃんに助けを求められてね。どうせ暇だしねぇ……」


「ジャギーさんが!? 一体何かあったのですか!?」


 勝はジャギーという単語を聞き、何かあったのかと気にかかりゴルザに詰め寄る。


「いや、んなね、ジャギーは俺の姪っ子なんだよ。変な関係ではないって事。君もしかして惚れてるだろ? ん〜?」


「そんな事は別にいいです! それよりも早く、この扉を開けないと……!」


 ジャギーに惚れていると見透かされて顔を赤らめている勝を、訓練後に酒場でベロベロになるまで酒を飲むたびに、あの女の胸が気になるだとか、拝み倒したいだとか、1日を過ごしてみたいだとか言っている為にここにいる人間は勝の高校生のような性欲の塊の心の中をみんな知っており、何人かが吹き出している。


(しかしこんな、遊び人風情の男とあの胸のでかいことしか取り柄のない女が血縁関係にあるとはな……喧嘩したら煉獄で焼かれそうだからしばらくおとなしくしていよう……!)


 勝はオモコを吸っているゴルザを見て、初めてP38と対峙した時と同じかそれ以上の身の危険を感じている。


「ほら、金縛りの術をこいつにかけているから、俺の魔力が切れる前に早くこの扉を開けな」


 エレガーは勝達に、とっとと早く終わらせてくれと言いたげな視線を送る。


「そうだったな……この数字を入れろという事なのか?」


 トトスは、ボタンを触ろうとしているのだが、爆発したらどうしようとか、魔法がかかっているのではないかという複数のリスクファクターが頭をよぎっているのである。


「勝、君の誕生日はいつだ?」


 ゴルザはオモコをすぐに吸い終えて、化け物の肉片に吸い殻を押し付ける。


「12月の25日だが……」


「んならよ、それ押しちまえよ」


「な!? ダメすよそれ! 爆発なんかしちまったら……それに、なんかいるかもしれないし……」


 アランは、トトスと同じでこのボタンのある機械に恐怖を感じており、ボタンを押すのは懐疑的である。


「何の数字を入れても、どうなるんだろう……」


「なんか怖いぞこれは……」


 ヤーボ達は口々にこの装置への疑問と恐怖を言い始めており、享楽的な考えの持ち主であるゴルザもまた、どうなるか恐怖を感じて頭を軽くポリポリとかく。


「えーい、一か八かだ!」


 勝は意を決して、ボタンを押す。


「あ、馬鹿! 爆発するかもしれねーだろ!」


 アランは勝を怒鳴りつける。


「そんな事言ってたら何も進まないだろう!?」


『……PASSWORD OK……OPEN……』


 ドアはプシューと空気が抜ける音を出して上に開いていき、地面に散らばっている化け物の肉片は、灰と化していき消えていく。

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