第15話 負け戦

 ムバル国会議室では、やはり、騎士達が集うのは円卓状のテーブルと相場が決まっているのか、木製で漆喰が塗られ、赤色に染め上げた布が敷かれているこのテーブルに各部隊の隊長、総司令官らが集い、そして、異世界の住人で重要人物扱いの勝が豪華な椅子に座っており、この国の行く末の事を相談している。


(この国はどうなってしまうのだろうか……? 魔法とかは少しわかってきたのだが、俺は使えないだろうし、大学に行っている人間ならば、化学の知識はあるだろうが、それを持ってしてでも魔法の原理はわからないだろう、そんな、お経のような言葉を口走るだけで炎が出たりとか氷が出るなどという奇天烈な手品がある国と戦うのか……? 勝てるのだろうか……? これは、零戦に乗って空戦をしてる方がある意味やり易かったな……!)


 つい数ヶ月程前まではこの世界ではなくラバウルで米軍との死闘を繰り広げてきた勝は、この世界のパワーバランスはようやく理解できてきたのだが、ゼロといったドラゴンに乗れていても、自分にこの戦いを生き抜いて勝つという事は、強力な魔法や兵器を持っている国々では難しいであろう、降伏したほうがいいのではないのかという、軍人では決してやってはならぬ事をしようという邪な気持ちに駆られる。


「デルス国だが、このままでは隷国になるのは目に見えてわかる、少しでも抗い、停戦条約を結び少しでも我が軍に有利な条約を結ぶのだ……」


 カヤックは、どうあがいても勝ち目がない戦いに身を投じる事を苦渋の決断をする。


 この国で3本の指に入る魔導師部隊総隊長のトトスですら、デルス国の最上級魔導師の足元には及ばない。


 ならば、トトスに次いで国内屈指の魔力を持つエレガーはどうかといえば、結界を昼夜問わず張る事が決まっているために持ち場を離れて戦地に行くことができず、仮に戦地に行ったとしても、魔力が極限まで擦りへられ、ガリガリに痩せた身体では兵士1人すら倒せずに速攻でやられるのは目に見えて分かる。


「しかし、まだ魔封じの術が不完全であります、せめて、あやつがいれば……」


 トトスはカヤックの決断が気に入らないのか、口を開く。


「たが、あいつはもう一年ぐらい連絡がつかない、魔封じの術は不完全だが、半刻程は効き目があるだろう? それでなんとかやるしかない……」


「……」


「その魔封じの術というのは、一体……」


 勝は頭にクエスチョンマークを浮かび上がらせながら、しかし、何処かであったことがある人間なのではないのかなと気楽に、根拠のない自信を持ち、苦渋の表情を浮かべる彼等に尋ねる。


 当然の事ながら、勝は魔法の知識は皆無に等しく、知っていることといえば、火球と回復呪文、煉獄と瞬間移動魔法、物質移動魔法ぐらいしか知らないし、その魔法を使えるのはこの国でほんのごく一握りの魔導師しかいないのである。


「私が説明しよう……」


 オブザーバーとして呼ばれていたエレガーは、淡々と口を開く。


「魔法は魔法力を放出して効果を相手に与えるのだが、ならばその魔法力が封じ込まれたらどうなる?……その、魔法を封じ込める魔法がこの大陸の各国で研究されているのだが、どこも成功していない。いや、この国で1人成功させた者はいたのだが、彼は人に群れて行動するのが好きではないので、ある日失踪してしまったんだ、それが、一年前のことだ……」


「そいつの名前は何と言うのだ?」


「ゴルザだ、ゴルザ・ガルフィード。トトス司令官の孫だ。魔導師部隊にいながら剣の腕前は素晴らしく、魔法剣士という珍しいポジションだったが、ある日、めんどくせーから旅に出るわと言って失踪してしまったんだよ……」


「ゴルザ……」


 勝とアレンは、半月程前にヤックルに炎系魔法の最上級に位置する煉獄を教えた、飄々としている酒好きの男の顔が頭に浮かんだ。


(あの男、ただ者ではないと思っていたが、魔封じの術というすごい魔法を身につけていたとは……この国の一大事なのにどこにいるのだろうか……?)


「勝、ゴルザとは知り合いなのか?」


 カヤックはゴルザとの面識がある勝に、藁をも掴む思いで尋ねる。


「ええ……ほんの、ひと月ほど前ですが、酒場でぶらりと会い、魔導師部隊にいるヤックルに絡んでくるたちの悪い男を懲らしめるために、煉獄という最上級の魔法を教えて、ぶらりと何処かへと消えてしまいました……」


「ほう、あいつが、煉獄を使えるのか……? 自爆呪文を教えて敵地で使おうと思っていたのだが……」


 勝は、戦争に勝てば味方1人の命がどうなってもいいという、かつて所属していた旧日本軍の上官が常日頃口走っている言葉と同じ、トトスの言葉に背筋が凍りつきそうになり、人の命をなんだと思っているのだと言いたい気持ちを抑えながら、深い溜息をつく。


「ゴルザを何が何でも探し出せ、一日も早く魔封じの術を使えるようにしろ。それがこの戦争に勝つ鍵だ……!」


 カヤックは彼らに淡々とそう告げて、軽く溜息をつき窓の外で戦闘訓練を積んでいる竜騎士達を希望の目で見つめる。


 🐉🐉🐉🐉


 噴水のある公園で、勝達は訓練が終わり、悲壮感を漂わせながらベンチに座っている。


「負け戦だよ、俺達は……!」


 アランは、苛立ちを隠すかのようにしてオモコをスパスパと何本もふかしており、勝はアランの気持ちを知っているのか、溜息をついている。


『明日の明朝、戦争を仕掛けに行く』――


 カヤックの一言に、周囲はまるで葬式のように顔つきが青ざめて暗くなっていった。


「勝てるはず無いよ、あんな馬鹿みたいに魔法がめちゃくちゃ強い連中と戦っても殺されるのがオチだ……!」


 ヤックルは臆病風に吹かれているのか、普段全く吸えないオモコをむせながらも、恐怖を隠すかのようにふかしている。


「……」


 勝もまた、魔法を使った戦いに、太平洋戦争とは180°違った戦慄のような得体の知れない感情に陥っている。


「勝ー!」


「ん? ジャギーさん?」


 勝の後ろから、ジャギーが黒の鞘に収まった片手剣を持ちながら歩いてくる。


 彼らから少し離れたところでは、ヤーボと魔導師のローブを着た人間が何かを言い争っているのか、大きな声で死ねだとか、殺すぞだとか暴言を吐いており、アレンは舌打ちをする。


「ねぇ、これ持って行ってよ!」


 ジャギーは息を切らせながら勝の元へと歩み寄り、剣を手渡す。


「これは?」


「私のお父さんがね、失踪する前にね、黒い髪をした男が現れたらこれを渡してくれって言ってたのよ! あんたにあげるわこれ!」


「え!? いいのですか!?」



「いいのよ、使って」


(ジャギーさんが俺に剣をくれた。嬉しいが、殆ど役には立たないのかもしれない、いや、絶対に役には立たないだろう、あんな、奇妙な魔法を使う連中と戦った所で死にに行くのは目に見えて分かるからな……!)


 勝は、剣を貰ってもどうせ死ぬんだよなと、投げやりな表情を浮かべている。


 なんだとテメェ、という声が聞こえて、勝の方に火弾が飛んできており、きゃっ、とジャギーは思わず身じろぎをする。


「うわっ!?」


 勝は鞘から剣を取り出して、火弾をなぎ払おうと剣を振るうが、火弾は刃に吸収されて消えていく。


「!?」


「え!? 何よこの剣!?」


 すまなかったな、とヤーボ達の声が聞こえてくるのだが、勝達は其れが耳に入らずに、勝が持っている黒い刃の片手剣を興味津々に見つめている。


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