第13話 合格

 現代世界にもある、DIYの木製の畳椅子にエドガーとマッシュは腰掛け、モルシという日本のびわに似た果物と野菜と牛の乳を混ぜたスムージーを飲みながら、目の前に置かれている水晶体に映し出された勝の動向を見やる。


 勝専用の水晶体の他に、他の訓練生全員の行動をチェックする様に大きな水晶体からホログラムとして空中に画像が映し出されており、それを護衛の魔導兵士や兵士達、教官達が見て、教え子がちゃんとやっているのかどうか、怪我してないかどうかをハラハラしながら、現代日本の幼稚園の体育祭で子供を観に来ている親の心境でチェックしているのだ。


「おっ、今度はヤーボがイエロードラゴンを手なづけたぞ!」


 教官の一人、ザガンはにやりと笑い、イエロードラゴンの背中に乗りガッツポーズを取るヤーボの勇姿を、流石我が教え子だと周囲に自慢したい顔をして見ている。


『くそったれ面倒クッセー!』


 ヤーボ達から離れて単独行動をしているラムウは、オモコを口に咥えながら、地面に唾を吐きながら歩くという、どこからどう見ても柄の悪い不良にしか見えないでいるのを、ザガンは溜息をつき見やる。


「はぁーあ、こいつは後で便所掃除一週間だなぁ」


「それまで脱落してなければいいのだが……」


 マッシュは素行があまり良くないラムウが脱落するのだろうな、高確率でと思いオモコに火をつける。


「何人脱落するんだろうな、今年はよぉ……」


 ザガンは毎年この訓練で脱落者が出ている事を憂いているのである。


「いや、意外となんとか集まりそうな気がしますよ、根拠のない自信ですがね……」


 エレガーは朝食を食べてなかったのか、スムージーとモルシをムシャムシャと美味そうに食べる音を出して、必死にもがいている勝を見て、何かを感じ取っている様だなと思い、頑張れ、と呟いてオモコに火をつける。


「エレガー殿」


 護衛の兵士が、何か嫌なことがあったのか、深刻な表情を浮かべて、エレガーのところにやってきて膝をつく。


「どうしたんですか?」


 エレガーは背筋が凍り付く嫌な予感がし、立ち上がる。


「長老が今朝、いつもより多い喀血をしたそうです、結界が弱くなりつつあり、すでに何箇所かに穴が空き、砲弾の破片が国内に落下しております、時間がもうありません……」


「そうか、とうとう時期が来たか……」


 エレガーは薄々こんな時期が来ると覚悟をしていたのか、オモコの煙を吐き出して、少し考えて立ち上がる。


「私が結界を張る。これから、長老の元へと行く。勝がドラゴンを手に入れたら教えてほしい、あいつならば必ずやる。必ずな……。マッシュさん、私は戻ります。勝に何かあったら教えてください」


 エレガーは空間移動魔法の詠唱をして、結界が破られるのではないかと心配になっているマッシュ達の目の前から消えていった。


 🐉🐉🐉🐉


「グギャア……!」


 勝に向かい、グリーンドラゴンは大きな口を開けて噛みつかんばかりに威嚇をしている。


「ほーら落ち着け! 肉だ!」


 勝は気休めに精肉店で買った50エルほどの牛肉の缶詰をグリーンドラゴンの前に見せる。


「グギャアー!」


 ドラゴンは勝の風体を異質な存在で不気味だと拒否反応を示し、10メートルほどある尻尾が勝の体をなぎ払い、勝は8メートル程吹き飛ばされて、大木に体をしこたまぶつけた。


 グリーンドラゴンは勝に全く関心がないのか、大きな翼をはためかせて上空へと飛んでいってしまう。


(クソッタレ! これでもう2匹目だ! 俺にはドラゴンとの縁は無いのか! もうこんなところやめてやるか……? いや! だめだ! うん?なんか、脇腹が生暖かいぞ……)


 勝は右脇腹を手で触ると、枝で深く切れたのか、真っ赤な血がべったりとついている。


(やっちまった……! 早く回復薬を使わなければ致命傷になる!)


 訓練所から支給される回復薬を、回復呪文が全く使えない勝は人よりも多く持ってきているのだが、ドラゴンとの接触で一つだけしか残っていないのである。


「グウーン……」


 後ろからは、ドラゴンの、いつもとは大砲の様にけたたましい怒号ではなく、か細い声が聞こえており、何事かと勝は周囲をを見やる。


 その声は微かに、大木が重なってできた、木の根でできた洞窟から聞こえており、勝は血が滴り落ちる脇腹からこれ以上出血しない様に布で押さえながら、声の主の方へと足を進める。


 体をよじりながら、木の根をかき分けて2メートルほど中に入ると、レッドドラゴンが足を舐めており、その足からは出血がある。


「ギャァ!」


 レッドドラゴンは勝に気がついて、異質な存在に躊躇いもなく炎を吐きかける。


 だが、ドラゴンの鱗でできた鎧と盾は、一番威力が少ないレッドドラゴンの炎を防いでおり、勝には目立った火傷はない。


(出血してるのか……だが、完全に傷を一瞬で治す治癒の薬草は一回限りで終わりだ、俺の傷も深手だ、だが……)


 勝は躊躇いつつ、レッドドラゴンの方へと足を進める。


「ギャァ!」


 レッドドラゴンの腕の爪が勝の鎧を貫く、いくら重厚の鱗の鎧とはいえ、仮にレッドドラゴンが弱くても最強の生物の一種であることには変わりなく、切り裂かれてしまう。


 勝はレッドドラゴンの出血のある足に向かい、エレガーから兵士達に渡された、万能治癒薬のエリクシルをかけてやる。


「グウーン……」


 レッドドラゴンは傷を治してくれた勝の傷に気がついたのか、悪い事をした、ありがとうと言いたげな優しくも悲しい目で勝を見やり、ペロペロと牛タンの10倍はあろうかという舌で勝の出血部位を舐めてやる。


「ありがとうな……気にしなくていいんだよ、気にしなくて……」


 勝の肋は折れているらしく、脇腹に痛みが走り、大量出血とアバラが折れた時の二重の痛みで、勝の意識は消えた。


 🐉🐉🐉🐉


 雨雲が一つもない晴天の空が、勝の視界には広がっている。


(俺は空を飛んでいるのか……?)


 戦闘機乗り、いやパイロットの夢は、自分で鳥の様に空を飛ぶ事だというのが共通の認識である。


 だが、現代日本でもそうなのだが、妖精や天使の様に空を自在に自分の力で飛ぶ術は無く、勝はここが死後の世界なのだなと錯覚をする。


(そうか、俺は今死んだんだな、レッドドラゴンに治癒薬を使ってから。……あいつ、怪我は治っているだろうか? 俺はどちらにせよ、元の世界には帰れない、竜騎士にはなれない非国民として言われてこの世界で惨めに一生を終わらせるのだ……嗚呼、もうどうなってもいい、どうなっても……)


「馬鹿野郎」


 後ろから声が聞こえて、勝は振り返ると、勝に女郎屋を教えて中国戦線で壮絶な戦死を遂げた先輩の航空兵がいる。


「蛭川大尉殿。ここは死後の世界でありますか? なんだか体が軽いのです、ここは天国でありますか?」


 勝は、蛭川がここに居るという事は死後の世界なんだなと感じ、蛭川に尋ねる。


「いや、確かにここはあの世なのだが、お前はまだ死ぬと決まったわけではない、これから生き返るのだ。生きて元の世界に帰り、戦争の無意味さを後世に伝えるのだ。あそこに、七色の雲があるだろう?そこに入れ」


 蛭川が指さす先には、7色の雲が見える。


「いえ……私はドラゴンを自分のものにはできませんでした。非国民であります。仮に生きて帰れたとしても、死んでいる様なもので……」


「馬鹿野郎!」


 蛭川の鉄拳が勝の顔面を捉えて、ぐらりと勝の体は吹き飛ばされた。


「お前は生きるのだ! 生きて生きて生き抜くのだ! 戦死した仲間の分まで! 仲間の分まで生きて、戦争の無意味さを伝えるのだ! これは俺からの命令だ! 仲間の分まで生きろ! ……俺には時間がない、さらばだ……!」


 蛭川はそう言うと、体が徐々に薄くなり、完全に消えていくのを勝は呆然と見ている。


 少し考え、勝は体制を整えて、七色の雲へと飛んで行く。


「生きてやるぞ! 大尉や、仲間の分まで!」


 七色の雲に入った瞬間、勝の意識は飛んだ。


 🐉🐉🐉🐉


「グウーングウーン……!」


 レッドドラゴンの鳴き声で、勝ははっと目が覚めた。


「うおっ!?」


 先ほど助けたレッドドラゴンは、しきりに勝の体を舐め回している。


 竜明の森の入り口に勝はおり、すでに他の仲間達が手なづけたドラゴンとともに勝を不思議な顔つきで見やる。


「傷は……確か俺は、死んだはずでは……」


 勝は自分の体を見やるが、傷一つもなくなっている。


 エレガーの顔が勝の視界に飛び込んできて、勝は死後の世界に片足を踏み入れた筈なのに何故生きているのかと言う疑問をぶつけようと口を開く。


「エレガーさん、俺は……」


「君は確かに瀕死だった。ここに来た時既に呼吸はなく、火葬するつもりだったが……」


 エレガーは、勝の腕を舐めているレッドドラゴンの頭をさすりながら続ける。


「この子がな、君をここに運んできてくれたんだ、何かに導かれるようにして。死んでいた筈の君を助けてくれと言わんばかりに君の顔を舐めていた。ナッシュさんから呼ばれて急いでここに辿り着き、駄目元で回復呪文をかけた、そうしたら君は息を吹き返したわけだ……」


「……」


 勝は体を舐めているレッドドラゴンを神妙な表情で見やる。


「おい、すげぇなお前、見直したぜ……」


 ヤーボが神妙な顔つきで勝の肩を叩く。


「おぉ、すごいよお前……。ドラゴンにここまで尽くしてもらってよぉ……」


 アレンは勝を微笑みながら見つめている。


「勝……」


 マッシュが豪胆な笑みを浮かべて、勝の元へと歩み寄る。


「貴様は合格だ! 竜騎士として、アランやヤーボ達と共にこの国を救ってほしい!」


 勝は立ち上がり、腕を胸に当てる。


 それは、自信に満ち溢れた、立派な敬礼であった。

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