第12話 最終試験
紅色の太陽が、紫色に変わる時、それは深夜の闇竜の刻を指す。
(夜の12時ぐらいか……)
勝は日本軍で支給された懐中時計を見やる。
この世界に来てから、分刻みの時間の概念が無く、自分の体に秒を刻むタイミングを身につけたのはつい半月前。
だかこの時計もゼンマイが壊れれば動かなくなり、時間の概念がわからなくなるだろう。
宿舎の門限は過ぎているのだが、窓から抜け出して近くのベンチに腰掛けて、金色に輝く星空を勝は見つめている。
(ラバウルの時の星空も、こんなに綺麗だったな……寺田、春山、小野寺、吉原、貴様らは戦死しておらず健在か? 俺は必ず戻るからな。それまで死ぬな……!)
勝は、小隊長を任せられており、自分の部下や同期の桜の安否が気にかかっている。
ラバウルは航空機の墓場と呼ばれた場所、昨日まで仲良く花札をしたりヤシの実を飲んでいた仲間が次の日には敵の攻撃にあい戦死していく。
勝が初めて赴任した時30名ほどの兵士がいたが、たった数か月で10名弱にまで減ってしまっていた。
激戦の中で勝は、ギャンブラーに匹敵する強運と化け物並の視力を身につけて連日の出撃にも関わらず、幸いにして生きて帰ってくることができていた。
(黒の死神……貴様とはまだ決着はついてはおらん…俺は必ず生きて帰るぞ、生きて帰って、貴様との戦いに勝つ……!)
虹色の雲の中に黒の死神は逃げたのだが、それに関しての情報は一切勝の耳には届いておらず、あの時の勝負の続きをしたいという気持ちに襲われているのである。
「あらっ? 寝れないの?」
聞き慣れた声が聞こえ、番兵かと勝は慌てて後ろを振り返ると、そこには髪を後ろに縛ったジャギーが立っている。
「ジャギーさん……。え、ええ、寝れないのです……」
「ふーん、ねぇあんた、明日の試験のことが不安でしょう? 噂で聞くと、ドラゴンに一度も乗れたことがないんだって?」
ジャギーは、勝にそう言うと、隣の席に腰掛ける。
「え、ええ、恥ずかしながら……どうしたらいいのかと」
何でこの女は恥ずかしい事を知っているのだろうな、誰かが噂で流したんだなと勝は恥ずかしい気持ちになり、思わず下を向き俯いている。
「あんたねぇ、前の世界ではペロハチとかいう鳥みたいなやつを30羽だか30機だが撃ち落としてきたんでしょう? それに比べたら楽勝じゃない?」
「は、はぁ、でも、その、勝手が違うというか……」
「うーん、それはねぇ、真心よ、ドラゴンを扱うのは」
「真心?」
「うん。私もね、昔ドラゴンに好かれなくて、中々なつかれなかった時があったんだけれども、真心で接してあげたらすぐに仲良くなれたわ」
「は、はあ……」
勝はジャギーから至極当たり前のことを言われるのだが、犬や猫とは勝手が違うんだよなと思い暗い気持ちになる。
「まあ兎も角頑張る事ね。遅いから帰るわ、またね……」
ジャギーは踵を返して大きな欠伸をして、勝の目の前から消えていった。
(真心、か……)
勝はオモコにマッチのような棒切れで火をつけて、煙を紫色の月に向けてゆっくりと吐き出す。
🐉🐉🐉🐉
ムバル国の南西部には、竜明の森と呼ばれる広大な敷地面積を持つ森があり、そこには野生のドラゴンが多く生息する事で知られている。
勝達はドラゴンの吐き出す炎や雷、吹雪を通さないという、ドラゴンの鱗で作られた鎧と兜を身に付け、オーム鋼という鉄によく似た素材でできた刀と槍を持ち、入り口に立っている。
彼等はつい30分程前にエレガー達魔法研究所の職員が唱えた瞬間移動魔法でこの場所に来たのだが、相変わらず勝はこの呪文が苦手で、早々にして気分が悪くなり、エレガーに回復呪文をかけてもらって周囲の失笑を買っている。
勝がフラフラと立ち上がり、隊列に戻り、彼らは教官のナッシュに敬礼をする。
「皆の者! これから訓練を課す! 今日一日でドラゴンを手に入れろ! 自分だけのものを! これが出来なかった場合は除隊だ!貴様らは一生非国民の烙印を押されるからな!」
ナッシュの発言にかなりの危機感を覚えて、いつもはどうやって訓練をサボるのかとしか思ってない、現代の弱小スポーツサークルの大学生のように、ただ毎日の勉学から逃げて目が死んでおり何事にも熱く慣れない連中達は非国民になれば親兄弟までもが偏見の目に晒されるのはまずいと思い、力強く目に光が灯っている。
ナッシュは彼らを見てニヤリと笑うのだが、勝を見て、半ば諦めの境地に達している、無理もない、今日に至るまでに一度もドラゴンに乗れなかったのだから。
「では訓練を開始する! 夕竜の刻までここに戻ってこい!来なかったら逃走とみなすからな!」
彼らは敬礼をして、青色の葉の針緑樹が群生している竜明の森へと意気揚々と、鎧についている鱗同士の擦れる音を響き渡らせて入っていった。
「おいなんかここ、ドラゴンがいるって割には全然いなくねぇか?」
ヤーボはオモコをふかしながら、木の根と枯葉、昆虫や小動物で埋め尽くされている森の通路を面倒臭そうに歩いている。
「バックれっか?」
ラムウは笑いながらそう言って、吸い終えたオモコを森に流れる小川に、環境保全と言ったマナーもへったくれも無く投げ捨てる。
「でもよ、意外といるんじゃねぇか?」
アレンは自分までもが逃走するのかと思われたくないために、彼らの話に賛同しない様にしており、何かを踏んづけたのか、軽く足を滑らせて尻餅をついた。
「痛てて……! なんだのこの根っこはよ、ウッゼェなあ……!」
「……」
勝はアレンの後ろを見て顔面が蒼白になる。
「どうしたんだよ、なんかよ勝、やばそうな顔してるがなんかの動物の糞でも踏んだんか?」
「い、いえ、後ろを……」
「後ろだと?」
アレンは何か嫌な予感がして、後ろを振り返ると、そこには大きな口を開いているグリーンドラゴンがおり、尻尾でびしりと振り打たれて、アレンは宙を舞った。
「グゴォオオン……!」
グリーンドラゴンは、激しい炎を勝達に向けて吐き出し、思わず竜の鱗の盾で防ぐ。
「ヤーボさん、ラムウさん……!? 畜生、あの二人逃げやがった!」
勝は目の前にいる、訓練所のドラゴンとは比べ物にならない、凶暴な野生のドラゴンを見て死を決意したのだが、そのドラゴンはなぜか様子が違っている。
「グルルル……」
「ほらほらほら、怖くないぞ……」
いつの間にか背中に乗っているアレンは、ドラゴンの首筋をさすってやっており、そこが気持ちよくて機嫌がいいのか、アレンの顔をべろりと舐めている。
「くすぐったいよー」
「アランさん! もう手なづけちゃったのか!?」
勝は昔仲間と一緒に見に行った動物園の飼育員のように動物をてなづけるアレンを見て、驚きを隠せないでいる。
「あぁ、この種属は人をそんな毛嫌いしないんだよ。一番手は俺っぽいな、先に行ってるわ」
アランはグリーンドラゴンに飛ぶ様に促して、翼をはためかせて枯葉と虫と枯れ枝を撒き散らしながら大空を飛んで行った。
「次は俺の番だ! 絶対に見つけてものにしてやるからな!」
勝は、普段はサボりグセのあるアレンがここまでやるとは思っておらず感心していたが、早く自分も兵士になり周りとの遅れを取り戻したいと思い、森の奥へと足を進めて行く。
「グルルル……グオオオオ……!」
森に巣食う、天空をつんざかんばかりのドラゴンの咆哮が森中にこだましており、これは命がけだなと勝は恐怖に脅えながらも、生きて元の世界に帰るんだと無理やり自分を奮い立たせた。
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