第11話 非国民

 勝達が訓練に慣れ、筋肉がプロレスラー並みにつき、格闘術が総合格闘家並みになった頃のことだ――


「うおっ!?」


 玉虫のような不気味に色が鮮やかな緑色の鱗に覆われるグリーンドラゴンの背中から、勝はごろりと振り落とされて地べたに情けなく尻餅をつく。


「あれで何度目だよあのクソ野郎」


「才能がねーんだよ」


 ドラゴンに全く好かれない勝を見て、周囲は失笑の渦に包まれる。


 それもそのはず、勝が訓練所に入ってから半年もの月日が流れたが、ドラゴンでの慣熟訓練が全く芽が出ずにおり、先程のようにドラゴンから振り落とされる始末である。


(クソッタレ、零戦とは違う……! だが、ここで俺がドラゴンとやらに乗れずに、敵国と戦えなかったら俺は日本に戻れない、畜生、どうすれば……!?)


 ドラゴンは異国の人間である勝の、黒い瞳と黒の髪、黄色の肌の色を異質な存在として捉えているのか、訓練所にいる訓練用のドラゴン全てが勝を拒絶しており、他の訓練では成績は高いのだが、ドラゴンの扱いに関しては落第点といった具合である。


「皆の衆、集まれ!」


 教官のナッシュは、大声で皆を呼び寄せる。


 若い頃は歴戦の勇士で鳴らしており、齢40を超えて前線から離れて教官に任命されていた。


 全身には、回復呪文が今ほど進歩していなかった為か当時の回復呪文ではどうしても残ってしまった傷跡が顔や身体中に残っており、ボディビルダー並みの筋骨隆々の体と相まってか、威圧感を醸し出している。


「また説教かよ……かみさんとうまくいってねーんだよ多分……」


「どうせまた、ランニングを追加しろとかそんなんだろうが……」


 ヤーボとアランは聞こえないように愚痴りながら、勝ら他の訓練生に混じりナッシュの前に立つ。


「これから貴様らには、最後の訓練を課す! 明日、竜明の山に出向き、野生のドラゴンを捕まえて自分のものにしろ! 今の宿舎にいるドラゴンはもう年老いているロートルだ!野生に返す!この訓練がうまくいかなかった場合は、貴様らは兵士失格の烙印が押されて、非国民と言われるだろう……質問はあるか?」


 たかがドラゴンを扱えないだけで、非国民と言われて、彼等はざわつき始める。


 勝が一番動揺している、無理もない、戦争で兵士として戦地に赴くことができなかった場合は非国民のレッテルを貼られてしまうのである。


「教官、質問があります。……そのドラゴンとやらの種類は、何種類おるのですか、その山には。この国ではグリーンドラゴンが主流だと聞くのですが……」


 アレンはナッシュに恐る恐る質問をする。


「炎を吐き出すグリーンドラゴンだけではなく、稲妻を吐き出すイエロードラゴン、吹雪を吐き出すブルードラゴンがいる。そして、レッドドラゴンがいるのだが、これは体が小さくて弱い種族で使い物にはならん。炎も小さいし威力は少ない。唯一の利点は、どの種族よりも遠くへと飛べることだけだ……」


「はっ、分かりました……」


(そんなにいるとは……いやエドガーさんに教えられて知ってはいるのだが、他にも、強い種族がいると聞くのだが……)


 勝は、レッドドラゴンになぜかは知らないのだが、零戦と同じような能力に興味が湧いているのに気がつき、奇妙な自信を感じる。


 何故なら零戦は、防御と引き換えに、長い航続距離を得て、遥か太平洋上の長い距離を縦横無尽に飛んでいるのだから。


 🐉🐉🐉🐉


 宿舎に戻った勝達は、アレンと共にオモコを吸いながら深い溜息をつく。


「非国民ってなんだよ、非国民ってよぉ……俺まだ25歳の青春まっさかりなのによぉ、非国民になっちまったら彼女ができないし青春が送れないぜ畜生……!」


 昼間ナッシュから告げられた、訓練が上手くいかないと非国民になるというプレッシャーからか、アレンはオモコをいつもより多く吸っている。


(いや、彼女ができないし青春が送れないよりも、この国を憂う事は感じないのだろうか? まぁ確かにそりゃ、まだ25歳で青春の日々を謳歌したい気持ちはわかるのだが……俺がいた日本でそんなことを思ったら憲兵にしょっぴかれるぞ……!)


 生粋の軍人である勝は、何度か見合いをしたりもしたのだが、相手が断ってしまって25歳を迎えた時迄いまだに独身である。


 アレンのように青春を謳歌したい気持ちはあったのだが、それを戦争が許してはくれなかったのだ。


「まぁ落ち着きましょうよアレンさん。いや、アレンさんはまだドラゴンに乗れるからいいのだが、俺は乗れないんですよ……! 元の世界に帰れない……!」


 勝は一度もドラゴンに乗れたことが無い為、竜騎士に慣れない事に対して圧倒的な危機感を募らせる。


「でもよ……大人しく降伏すりゃ戦わずに済むんじゃねぇか? あの国はメチャクチャ強いぜ、俺らの国の軍力では太刀打ちができない程に……!」


 アレンはデルス国やハオウ国等といった列強の強さを訓練の座学で嫌というほど聞いており、戦死するのではないかと恐怖に脅えているのである。


「ダメですよそんなことを言ってしまったら」


 窓の外から、ヤックルがニヤリと笑い彼らを見つめている。


「ヤックル! お前訓練終わったのか? 確かお前のところは卒業試験は……」


「うん、明日あるんだよ」


 ヤックルはマルクスの一件で眼鏡が壊れた為、真新しい銀縁のフレームの眼鏡を掛けており、長年の壁のようなものが晴れたのか、自信がついているのか、清々しい好青年といった具合の顔つきをしている。


「ヤックルさん、マルクスとかいうゴロツキだが、結局辞めてしまったというのは本当なのか?」


「うん、本当みたいだね。僕の前にもね、訓練生から借金とかしていて、首が回らなくなって逃げるようにして辞めていったんだ。僕が一方的に負かせたのがとどめだったみたいだ……」


「……さよか。マーラさんは元気なのか?」


「彼女はなんかね、訓練所に内緒で売春宿でバイトしてたのがばれちゃって謹慎してるんだよ、今日でもう謹慎が解けて、訓練の遅れを取り戻すべく必死で訓練してるよ」


「そうなんだな……売春宿ねぇ」


 あの女ならばやりそうだなとアレンは思い、不謹慎だなと自分の身を棚に上げて軽く鼻で笑い飛ばしている。


「あっ、ひょっとしてマーラに惚れてるでしょう? 彼女まだ彼氏を作るのは面倒くさいっていってるよ」


「馬鹿野郎、んなよ、ヤリマンのような女興味ねーし! それよか明日の卒業試験なんだよなぁ! バックレるわけにはいかないだろうし……」


 アレンは明日の試験で命を落とすのかどうかと不安を感じているのか、臆病風に吹かれており、訓練が終わったらやれ酒だとか、売春宿に女を買いに出かけようとか勝やヤーボ達にいうのだが今日は何故かおとなしい様子である。


「何言ってるんだ! この国の為だろう! さぁ、走りに行くぞ!」


 勝はアランを背中をバシンと叩き、手を握り外へと足を進める。


「分かったよ、この国の為なんだろうが! 走るよ!」


 アレンは勝の勢いに押されて、渋々足を進める。


 その様子を、ヤックルは微笑みながら見ている。


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