第10話 タイマン
「おい、ヤックルのメガネ野郎、マルクスとやるらしいな……」
訓練を終えて、喫煙所にいる勝達訓練生の中の一人で、そばかすがある男は布製の水筒を飲みながら勝に尋ねる。
「ヤーボさん、なぜそれを知ってらっしゃるのですか?」
そのそばかすのある男、ヤーボは毛穴が詰まったイチゴ鼻を軽く指でかき、クククと笑い、オモコに魔法で火を付ける。
「知ってるも何も、マルクスが話してた。ボコボコにしてやると……」
「……」
「なんかよ、秘密兵器とかあるような噂を聞くがな、あいつには勝てねーよ、大人しくお金を支払って詫び入れたほうがいいんじゃないか?」
(秘密兵器? なぜ魔法のことが知られてしまってるんだ!? 畜生、誰かがバラしたんだな! あのマーラとか言う胸がやたらにでかい女か! それとも、アランさんか……?)
勝は、椅子に座りながらオモコを吸っているアランを、何かを聞きたげな顔で見つめている。
「だがよ、でもあいつ、火弾2発しか使えねぇんだよ、勝てねーしククク……なぁ、賭けねーか? どちらが勝つとか」
まだ20代前半の肌艶なのにも関わらず、頭頂部が薄くなっている、頰に切り傷のある男は、オモコを灰皿に揉み消す。
(ラムウさんまで……畜生、絶対にヤックルさんが勝つんだ、あんなに練習しているんだ!)
ラムウは、その性根が捻くれている事を窺わせる目つきで、麻布の紙をポケットから取り出して彼らの前に見せる。
「300エル、マルクスが勝つのに賭ける」
「俺はマルクスの勝ちに100エル」
ヤーボはオモコの灰を地面に落とす。
「ふーん、じゃあ俺はヤックルが勝つ方に500エル」
アランはヤックルが勝つのを疑っていないのか、オモコ一箱を買える額のお金を惜しみをなく賭ける。
「おい! あんな童貞メガネ野郎にそんなん賭けちゃっていいわけ!? まぁ止めねーが!」
「バカだなぁ、俺は当然マルクスの勝ちだと思うがなぁ」
ヤーボとラムウは爆笑しながら2本目のオモコに火をつける。
「俺は……ヤックルさんが勝つのに1000エルだ!」
勝は、モヤシのような体躯のヤックルが必死になり煉獄を身につけている事を見てきており、絶対に負けるはずがないという胸に秘めた思いに従う。
「いやー、馬鹿だねぇあんたもなぁ、さすが異世界の人だけあるわなぁ」
ヤーボはニヤニヤと笑いながら勝を見つめる。
「何が言いたいんだ? え?」
勝は、自分ではなく、友人と言える付き合いになったヤックルを小馬鹿にされているのに腹が立っているのか、戦地で敵を撃ち落として来た時と同じ、人を殺すのに躊躇いのない目つきをしてヤーボを睨みつけ、ヤーボはひっと情けない声を出して、地べたにぺたりと尻餅をつく。
「アランさん、行くぞ、決闘は何時からだ?」
「夕方の星屑の刻だ……オイテメエら、よく見とけよ、あいつをよ……」
アランは尻餅を情けなくついて、むくりと体を起こしているヤーボの肩を軽く叩き、勝とともに訓練所を後にする。
🐉🐉🐉🐉
マルクスが、決闘に指定した場所は、町から少し離れた広場である。
夕方過ぎ、基礎訓練と座学を終えた彼等は、マルクスの待つ広場へと足早に向かう。
「おい、遅いぞクソ野郎!」
マルクスは日頃の訓練のウサが相当に溜まっているのか、足元に10本程のオモコの吸い殻が捨ててある。
「アイツ、教官とまた喧嘩して、反省文を書かされたんだとよ……」
アランは小声で勝にそう話す。
「……」
(どこの世界でもはみ出し者はいるのだが、このマルクスという男は相当な問題児なのだろうな、教官と喧嘩をするだと? 俺がいた世界でそんな事をやったら鉄拳制裁ものだな……)
勝は予科練時代の時にうっかりと教官に意見をしてしまい口から血が出る程に殴られた事を思い出し、溜息をついて血走った目つきをして地面に唾を吐き捨てるマルクスを哀れな目つきで見つめる。
「おい、とっととやんぞ、このクソメガネ野郎……」
ヤックルは、恐怖に怯えながらも、ここで逃げたらまた学生時代の時のようにパシリとして扱われると思い勇気を振り絞りマルクスの前に立つ。
マルクスとヤックルの間にアランが立ち、勝負の説明を始めるのか口を開く。
「では、勝負は時間無制限で、武器使用は無しで、どちらかが参ったするまでの勝負……」
「おらあっ」
マルクスは、背中に隠していた布製の、石が入っているのか膨らんでいる物を取り出して、アランを突き飛ばしてヤックルの頭を殴り飛ばす。
「おい貴様! 卑怯だぞ!」
「あぁ!? 喧嘩に卑怯もくそもあるかよ! 勝てばいいんだよ!」
ヤックルは掌をマルクスの方に向けて何かを言おうとするのだが、マルクスの丸太のような腕でのラリアットが炸裂して地べたに倒れ、倒れたヤックルの上にマルクスが乗っかり、ヤックルを殴り飛ばしている。
「おい、待て貴様……!」
「ねぇ卑怯じゃない! 辞めさせないと……」
マーラと勝は止めようとするのだが、アレンは首を横にしか降らない。
「おい貴様! それでも武人の端くれか! 卑怯な真似を止めるだと!?」
勝はアレンの胸ぐらを掴むのだが、アランは目線を上に向けて指を天に刺す。
「……!?」
マルクスに馬乗りになられて殴られ続けているヤックルの上空には、特訓での時よりも更に一回り大きい煉獄が浮かんでいる。
「……道連れにする気、なのか……?」
「ねぇ止めましょうよ! あの子まで死んじゃうわよ!」
マルクスは彼等のやり取りに気がついたのか、ヤックルを殴るのをやめて上空を見やり、今にも落ちてくる煉獄に命の危険を感じ、慌てて逃げようとするのだが、ヤックルはマルクスの腕を掴む。
「君も道連れだ……! 逃がさないよ!」
ヤックルの鼻は折れ曲り、眼鏡は粉々に割れ、前歯は折れて欠けている。
マルクスはヤックルの顔を殴り飛ばして逃げようとするのだが、体が縄のように頑丈な者でがんじがらめになっていて動かないのに気がついた。
「な!? 体が動かない!!」
「僕が火弾しか使えないと思っていたか?」
ヤックルは淡々とそう言って、その場から離れると、上空からの煉獄がマルクスの身体に落ちて行く。
火砕流のような火が辺りに散っていき消えて行った後に、マルクスの焼け焦げた体がそこにはあり、まだ命があるのかピクピクと痙攣をしている。
「よしここまでだ」
次元が歪み、ゴルザが手を叩きながら、丸焦げになっているマルクスの元へと向かい手をかざす。
「ゴルザさん、そんな奴助けなくて結構ですよ……」
ヤックルは、積年の恨みつらみを晴らすことができたのか、勝ち誇った顔をしている。
「いや、ものには限度というものがある。君がまたこいつに煉獄をお見舞いしたら君は人殺しになり、立場が逆転してしまうだろうが、君もいじめっ子になってしまうぞ……!」
「……」
暖かな金色の光がマルクスの身体を包み込み、焼け焦げて爛れていた皮膚が元に戻り、マルクスは怯えた顔でヤックルを見つめる。
「おい、もうヤックルは虐めないよな?」
「う、うん! もう虐めないからな! 悪かったな今まで! 勘弁してくれよ!」
マルクスは焼け焦げて布切れと化した服のまま、一目散に逃げていった。
「君の傷も直してやろう……」
「なぁ、金縛りの魔法はどこで習ったの? まだそれって、上級のプロセスよ! 訓練所で習うのにはまだ先の事よ!」
マーラは、ヘタレであったヤックルが何故上級の魔法を使えるのかが不思議で仕方なく、傷を癒してもらい、鼻の骨と歯が再生しているヤックルは疑問に答えるように口を開く。
「それはね、ゴルザさんに教わったんだよ」
「え? 何だってぇ!? なんでそれ内緒にしてたの!?」
「びっくりさせようかと思ってたんだ」
「凄いわよこのクソ眼鏡野郎!」
ヤックルはドヤ顔でニヤリと笑う。
「ヤーボさん! 賭けは俺たちの勝ちだ!」
勝は驚いた顔でヤックルを見つめているヤーボ達にそう伝える。
「す、凄い……」
「あのヘタレが……」
アランはヤーボ達の元へと足を進める。
「おい、周りに伝えろ、こいつはヘタレではないと、あのマルクスに勝ったと……金は明日払えよ」
「あ、ああ……」
「ところで君達飲みに行かないか? 美味い料理出してくれる店があるんだよ」
ゴルザはニヤリと笑いながら彼等を見つめる。
「あ、いや、給料日前ですし……」
「いやな、ヤックル君だけだよ奢るのは。ヤックル君、俺からの祝いだ、脱いじめられっ子おめでとう」
「は、はい……」
ゴルザに頭をくしゃくしゃに撫でられているヤックルは照れ臭そうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます