第二章:訓練

第7話 訓練所

 勝がいた世界には、永世中立国のスイスなど一部の国を除き、国を守り他の国に攻め入る為の組織――軍隊と呼ばれるその組織は、どこの国にも当たり前に存在する。


 勝は尋常小学校を卒業して一年は靴屋で丁稚奉公をしていたが、ある日ふと日本のために何かをしなければならないと思い、17歳の時に予科練に入り、飛行機について徹底的な教育を受けた。


 軍隊に入る前には、訓練所に入り兵士としての訓練を積み軍隊に入るというこの国の流れに従い、勝は訓練所にいる。


(ここが訓練所か……)


 勝が以前、パイロットになる訓練を受けた予科練は、まるで学校の校舎だったのだが、ここは違い、ドラゴンを飼育できる大型の、藁葺き屋根であり、馬舎のような建物、訓練用の大砲が備え付けられている木造の建物があり、ドラゴンの咆哮が聞こえる場所で、「ここはやはり異世界なんだな」と大きなカルチャーショックを覚える。


 西洋のような鎧兜に身を包んだ屈強な訓練生、魔法を増幅するのか、赤や青の宝玉が先端に付けられている杖と、鱗で作られたローブをまとう訓練生が周囲をうろついており、明らかにこの世界では異質の存在である黒髪の勝を、好奇心に満ち溢れた目で見やる。


「ほら、シャキッとしなさいよ、あんた今日から軍人になるのよ!」


 ジャギーは、元の世界とは違う、明らかに異質の人間を見て臆病風に吹かれている勝の肩をバンと叩きゲキを飛ばす。


「貴様に言われんでも分かってる!」


 勝はジャギーのような小娘にゲキを飛ばされたのがムカッとしており、怒鳴り散らした後にどうにでもなれとズカズカと、訓練所の中へと入っていく。


(ひ弱な体ねぇ、こんなんじゃあ、訓練についていけるのかしら。でも根性だけはありそうね……)


 ジャギーは、修羅場をかいくぐってきた勝を、毎日体を鍛えてきたのだが、当時はプロテインなどの筋肉を作る人工のたんぱく質が無く、食糧難のラバウルで、ろくにものを食べていなかったもやしの様な貧相な体で本当に軍人なのかと疑惑の視線を後ろから浴びせかけている。


『ムバルクンレンジョ』と赤い文字で大きく描かれた木製のドアを開け、勝は部屋の中へと入る。


 そこは、訓練生が訓練をしているのか、体育会系の部室のように汗臭いのだが、勝はそれに慣れており、むしろその匂いが、予科練で揉まれた勝にとっては懐かしい匂いであり、本棚に積まれた本が後ろにある受付にいる、筋肉質の中年の男の前に足を進め立つ。


 中にいる訓練生達は、勝を嘲りのような目つきで見ており、勝は「何て性格が悪い連中なんだろうか、異世界の住民は皆底意地が悪いのか」と心の中で泣いているのである。


「ガルツさんから、ここに入るように指示された、花京院勝だ! 今日からここにお世話になりたい!」


 その男は、上司に当たるガルツの事を良く知っているのか、ニヤリと笑い、一枚の紙切れをそっと手渡し、「ここに住所氏名を書いてくれ」と指示を出す。


 そこには、アラビア文字と英語をミックスしたような、波線で書かれた文字があり、住所と氏名、年齢を書く欄があるらしいのだが、当然の事ながら勝は文字が読めないでいる。


「これは、何て読むんだ?」


「貴様、文字が読めないのか? 知能に障害があるのか?」


 受付の男は、勝を知的障害者かと勘違いし、クククと見下すような笑みを浮かべる。


(やはり俺は、ここではよそ者なんだなあ……。こんな世界の言語や文字を学ばなければならないんだが、エレガーさんに後で教えて貰おう……)


 勝はこの世界では当然の事ながら無学で文字が読めない自分を情けなく思い、受付の男に指示を受けて、氏名を書く。


「おい何だこの文字は? 貴様本当に知能は正常なのか?」


「正常だ!」


「ふーんそうか、ああ、そう言えば、つい先日、ガルツさんから花京院勝とかいう異世界から来た変な野郎が来るって言っていたな、それが貴様の事か……まあ、いい、貴様は何処に住んでいるんだ? まさか、浮浪者では無いだろうな?」


 受付の男がそう言うと、周囲はどっと笑いの渦に包まれる。


「俺はエレガーさんの家に住んでいる! それにこの文字は日本語で漢字だ! この世界ではそれが無いのか!?」


「日本語などそんな言語は知らん! この世界では、オゴヒン語が主言語だ! 一から勉強しろ、この無能が! ほう、貴様はあのエレガーさんの家に住んでるのか、ここは寄宿制だ、最低限の荷物は後で持って来い! これから説明があるから、訓練室へと向かえ!」


「分かった!」


 勝は、受付の男の心無い一言と、周囲の見下すような嘲りから一刻も早く抜け出したい為、ズカズカと足早に、訓練室を探しながら、辺りを見回す。


 壁に掲げられた、国王への忠誠を示すドラゴンの国旗を勝は見て、自分は日本軍だけではなく、生きて元の世界に帰る為にここで忠誠を誓い、竜騎士になるのだと決意を固める。


「待ってよ、ったく……」


 後ろから、ジャギーが息を切らせながら走ってきた。


 🐉🐉🐉🐉


 ムバル国の戦力は列強にこそ劣るのだが、竜騎士部隊は群を抜いて優れており、この大陸最強のデルス国の竜騎士部隊と唯一拮抗する実力だと言われている。


 ならば、国民の若者全員が皆竜騎士になれば良いのだが、給料がお世辞にも高く無く安月給で、猛烈な訓練を積まなければならないし、竜騎士になる条件がある。


 ムバル国の兵士の普段着である、麻布のカーキ色の軍服を着た勝は、自分がいた国の軍服と変わらないのに、なぜまた同じ服を着させるのかと疑問に思いながら、他の訓練生10名と共に、身体計測に使うであろう、元の世界とさほど変わらない医療検査器具のある部屋にいて身体検査を受けている。


「これはどこが空いてますか?」


 看護師なのか、服は白ではないのだが、青の服を着て、腕にハートマークの紋章のある布をつけている男は、元の世界と同じように、Cマークの書かれている紙を勝に見せている。


「右ですね」


「うーん、視力2.5以上あるな……どこも悪いところはないし、竜騎士になる条件は揃ってるな、マルクさん、この男は?」


 その男は、腕を組み椅子に座っている、マルクと呼ばれる鎧をつけて頰に傷があり、髪はオールバックの兵士にそう伝える。


 マルクは、この世界では貧相なのかもしれないのだが、精悍でギラついた目をした勝をみて、軽くうなづき、口を開く。


「貴様は取り敢えずは、竜騎士部隊に入り訓練を積め」


「はっ」


「取り敢えず外に出て、他のものが出てくるまで椅子に座って待っていろ」


「はっ」


 勝は、このマルクという男がそれなりの階級にいるのだなと察したのか、日本式の敬礼をして部屋を出る。


 部屋を出ると、そこには短髪の男がタバコのようなものを吸い、椅子に座っている。


(なんだこの野郎? こんな場所でよく煙草など据えたものだな……! 仮にもここは訓練所なんだがな、予科練でこんな態度を取れば折檻ものだなあ……)


 耳にピアスを開け、金のネックレスとブレスレットをして、外見がちゃらちゃらしている感じで節度がないこの男の態度に勝は腹を立てたのだが、ここで喧騒を起こせば追い出されるだろうと我慢をして男の隣に座る。


(タバコ吸いたいなあ……)


 勝はヘビースモーカーではなかったのだが、軍隊のストレスでタバコを覚えて、空中戦の後には一服をする癖がついており、この世界に来てからは一週間近く吸っていなかった為に、なぜか無性にタバコを吸いたくなる気持ちに襲われるのだが、肝心の煙草は昨日で全部吸ってしまったのである。


「よう、あんた、異世界から来たんだよな? オモコ吸いたいだろ? やるよ」


 そいつは、胸のポケットから小さな布袋を出して、その中から紙を巻いた細長いものを勝に手渡す。


「あ、あぁ、有難う、いやこれは何だ?」


 元の世界の煙草とさほど変わらないものに、「毒は入ってないのだろうか」と勝は違和感を覚える。


「毒じゃねえよ、安心しな。火をつけてやるよ」


「すまんな」


 そいつの人差し指からは小さな火が出、勝は煙草を吸う感覚でその草の煙を肺に入れる。


 ニコチンとはさほど変わらない味が肺に染み渡り、この世界にもタバコはあるのだなと勝はほっと安心して、煙を天井に向けて吐き出す。


「なぁ、あんた名前はなんていうんだ? 異世界から来たらしいが……」


「俺は、花京院勝だ」


「カキョーイン……マサル? カキョーインって呼べば良いのか?」


「勝でいい」


「そっか、俺の名前はアレン。アレン・ベルモントだ。アレンでいい。あんた、食い扶持がなくてここに来たんだろう?」


「あ、いや、俺は元の世界に戻る為にここに来たのだが……」


「そっか、まぁ、ここでは出世すれば食い扶持に困る事は無いからな」


 アランは溜息をついて、オモコを備え付けの灰皿に押し付ける。


 その姿は、まるで戦前の不景気の日本の出稼ぎ労働者のように哀愁があるようだなと、勝は思いオモコを口に付けた。

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