第6話 世界観
太古の昔、まだこの大陸ができる以前、宇宙から神がこの星に足を踏み入れ、気まぐれで生き物を創造し、初めてできた生き物は、プランクトン等の単細胞生物だと言われ、自然の流れに従い独自の進化を遂げて動物となり、そして人間となっていった。
勝が今いる世界では、幻魔紀元前以前に原始的な文明はあったとされるのだが、その文明の跡はおろか、人間や生き物の骨は発見されておらず、長年の謎とされている。
その謎を解く鍵は、ムバル国に保管されていた虹色の聖杯にあるとされているのだが、何重もの鍵でロックされているはずの鉄の扉が何者かにより無理やりこじ開けられて盗まれてしまった。
虹色の聖杯は、20年前にムバル国カマ坑道、幻魔歴以前の地層から発掘され、学者たちによれば幻魔歴よりかなり前に何者かの手により作られたものであり、かなりの高度な技術でないと作ることができないと言われているオーパーツである。
他の国々はこの聖杯に興味を持ち、特にこの大陸で最強の軍事力を持つハオウ国が10年程前にムバル国軍事費の3分の2の値段で売買を持ちかけたのだが、カヤックは「これは人類のルーツを探るうえで大切なものだ」と頑なに断り続けた。
ある日突然、停戦協定が破られてハオウ国は周辺の国々に宣戦布告をしたのはこの聖杯のせいではないかと言われている。
「そうだったのですか……」
勝は、ドレから話を聞き、自分が前にいた世界とは違う世界観に溜息を付きながら、白の陶器に注がれたハーブティーのような緑色の液体を、出されたものはどんなに不気味なものでも口に入れなければならないと仕方なく口に注ぎながら、ドレを見やる。
ドレは、全てを達観したかのような顔つきをしており、喋っている時々で軽い咳をし、「ゴホン」と咳をするたびに、エレガー達は深刻な表情を浮かべている。
(この老人は肺が悪いのか? もしかしたら肺結核か? いや、こんな魔法だとかとんちんかんなもので傷が治るぐらいだから、多分大丈夫なんだろうが……)
勝がいた世界ではまだ肺結核は抗生物質が無く治療方法が確立されておらず、不治の病とされていたのである。
「君がこの世界に来た本当の理由は、私の能力をしても分からないのだが、君はこの国に昔から伝わる予言に出てくる男とそっくりだ……」
ドレは飲料を飲みあまりの旨さに感動をしている勝を見て感嘆の溜息を付く。
「しかし、確かに私は零戦に乗ってこの世界に迷い込みましたが、この国を救うと言われても、一体どのようにすれば……」
勝は、自分が救世主だと言う自覚が湧かず、いきなり国を救ってくれと言われてどうしたらよいのか途方に暮れているのである。
「それなのだが、君は全く魔力が見えない。私達この世界の住人は全員に大なり小なり魔力は持っているのだが、君は全く持っていない」
「はぁ……」
勝は、この世界では当たり前に使える魔法が使えない以上どうにもならないという大きな壁の前に立ち尽くし、元の世界にいた時は根性だとか気合いだとか、軍人が当たり前に持っている精神論が魔法が無いと洒落にならない世界で脆くも崩れざる音が頭の片隅には聞こえる。
(クソッタレ、俺は魔法が使えない、一体どうすればいいんだ!? これは、俺が今まで経験してきた戦争の概念が全く異なる世界だ……! だが、ここで弱音を吐けば俺は元の世界へ戻れない!)
ドレは、勝の、自分自身の弱音をかき消そうと必死に足掻いている心の声を聞いているのか、ニヤリと笑い、口を開く。
「坊主、元の世界へ戻れるかどうか分からないのだが、それに近い方法があるぞ……!」
「え!? あるのですか!? それは一体……!?」
勝は藁にも縋る思いで、ドレに尋ねる。
「カヤック王から聞いたと思うのだが、盗まれた虹色の聖杯には、不思議な力があり、初めて手に入れた時は虹色の雲が現れた。君がここに来たのは虹色の雲に迷い込んだからだろう、聖杯は、私の頭の中の予測ではデルス国が持っている。この戦争で我が国が勝ち、聖杯を手に入れる事だ……!」
勝はカヤック王と初めて会ったときに言われた言葉が鮮明に蘇る。
「成る程、ですが、魔法が使えない私はどうすれば……? やはり、竜騎士ですか……?」
「そうだ、君は曲がりなりにも、空中で戦ってきたのだろう? 私達の唯一の対抗手段である竜騎士となって欲しい……」
「え!ええ、やります!」
先程まで、異世界に迷い込んだ事で頭が混乱して、魂が抜けて死んだ目をしていた勝の目に力が入り、ドレとエレガーはニヤリと笑う。
「よし、そうと決まれば早速入隊届だ……ガルツ、そこにいるだろう? 彼を訓練所に入れろ……」
奥の方で椅子に座っている、装甲を身につけた兵士は帽子を取り、額に十字傷がある40代後半の男はニヤリと笑い、勝の元へと歩み寄る。
「こいつは、我が軍の司令官のガルツだ、これから手続きをしてもらえ……」
「ムバル国防軍司令官のガルツ・デパーだ、いきなりであれなんだが、君を我が軍に引き入れたい、体は貧弱そうだが、根性はありそうだからな……! 前にいた世界では鉄の翼の鳥に乗って空中戦をしてきたのだろう、その経験を生かし、予言にある通りの活躍をして欲しい……!」
ガルツは、勝に握手を求める。
「分かりました……」
(体が貧弱ってのが余計なんだがなあ、まあ、俺の体はこの世界の住民と比べたら石と綿ぐらいの雲泥の差だろうな……)
勝は、体格の差はこの世界で比べても仕方ないんだなと心の中でため息をつき、ガルツと固い握手を交わす。
『ガンッ』
空の上から爆発音が聞こえて、彼らは思わず身をすくめる。
「な、なんだこの音は……!?」
勝は戦地で嫌というほど聞いた、砲弾が炸裂する音に酷似した音に恐れおののき、爆弾による攻撃があったのかと恐怖に襲われる。
「落ち着いてください、これは、結界に敵弾が当たり爆発した音です」
エレガーは、いつも通りの日常のように、平静を保っているのだが、心なしかどこか暗い表情を浮かべている。
「結界……?」
当然の事ながら、勝にとって結界という言葉は聞きなれない単語であり、神聖な神社で霊能力を持つ神主や巫女などが祈りを込めて張った霊的なものかと勝は頭の中で思い浮かべている。
「攻撃から守る装甲のようなものです、この結界はドレ長老が張っているのです……」
ゲホゲホ、とドレは咳をして、喀血したのか、血のシミが地面に点々とつく。
「長老!」
「結界はエレガー達が張ります! 休んでください!」
周囲にいる兵士達が、心配そうにドレの元へと近寄る。
(この爺さん、やはり肺が悪いんだな……!)
勝は、ドレが肺結核なのかとますます疑いを持っている。
「いや、エレガー、君の結界はまだ不完全だ、勝君、見ての通り私は病に侵されている、この病は君の世界で言う肺結核という肺への病気ではなく、相当深刻で回復呪文では治らない。結界の作り過ぎで寿命が限界が来ているんだ、私には時間がない、この国を守ってくれないか……?」
ドレは、藁にもすがる勢いでこの世界では不適合な勝を見やる。
「……分かりました、協力させていただきます」
勝は、俺がこの国を守るんだと言わんばかりに、ドレの、皺が刻まれて血管が浮き出て枯れ枝のような細い手を強く握りしめる。
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