第5話 初体験

 咆哮と共に飛び立つドラゴンの背に乗る勝は、翼を使っての飛翔のため当然の事ながら体は揺れているのだが、初めて飛行機に乗った時のような、建物や人間が米粒に映り、幼い頃に憧れた空を飛ぶという例えようのない爽快感に襲われる。


「うおおお! これは凄いぞ!」


 空を飛んでいる自分が信じられないのか、子供のようにはしゃぐ勝を見て、エレガーとジャギーは精神に遅延のある難儀な人間ではないのか、ある意味可哀想だなと溜息をつく。


「後5分程で着きますよ」


 エレガーは相変わらずはしゃぎまくる、精神情弱気味の勝に呆れながらそう伝え、ドラゴンの首をなでなでと触る。


「エレガーさん! これはガソリンはいるのか!?」


 風の音に負けない大きな声で、勝は先頭に座り、操縦桿を握るようにして、ドラゴンの首を触りながら針路を取っているエレガーに尋ねる。


「ガソリン!? いえこれにそんなものは入りません、普通の食事をさせれば普通に飛んでくれます!」


 エレガーもまた、翼がはためき発生する風を切る音に負けずに勝にそう伝える。


(ふうーむ、食事だけでここまで飛ぶとは……これが我が軍にあれば、圧倒的に戦局に有利に働くだろう……!)


 勝はドラゴンを見て、純粋に喜ぶ事が出来ず、戦争としての兵器として、これをどうやって元の世界へと持って帰り、戦地に送ろうかとの軍人らしい考えが頭に浮かんでいるのである。


「子供みたいねぇ……」


 ジャギーは、子供のようにはしゃぐ勝を見て、不憫に感じて、誰にも聞こえない声でそっと呟き深い溜息をつく。


 彼等の目の前には、丘の上にポツンと立つ三角形の赤い屋根の家がが見えてくる。


 その建物の前には、ドラゴンが着陸するのか、半径10メートル程の円形の草原のスペースが空いており、きっとここで降りるんだなと勝は感じている。


「ハッチ、着陸だ」


 エレガーの一言でハッチという名前のドラゴンは了承し、速度を落とし、着陸をしようとする。


 草原が見えた時、ドラゴンは軽くしゃっくりをしたのか、背中が軽く揺れてしまい、勝は「うおっ」という声を上げて、振り落とされぬように前にいるジャギーの胸を思わず掴んでしまった。


「イヤー! 痴漢!」


 ジャギーは貞操の危機を感じたのか、思わず勝を突き飛ばし、勝は10メートル下の草原に真っ逆さまに落ちていった。


 🐉🐉🐉🐉


 勝は腰を痛めたのか、回復呪文をかけてもらったのだが痛みはすぐには消えずに、ひょこひょことエレガー達の後に続き、長老のいる家へと足を進めていく。


「この変態野郎……! 死ねよ!」


 ジャギーは故意の事故だったのだが、Fカップの胸を思い切り触られたのを根に持っているのか、美人の顔つきには似合わない汚らしい言葉を勝に向けて投げかける。


「いやすまんかった! 悪気はなかったんだよ!」


(なんて口の悪い女だ、たかが胸を触ったぐらいで……! 不慮の事故じゃないか……!)


 勝は心の中ではそう思っていても決して口には出さず、穏便に済まそうとさっきから平謝りをしている。


「そうだよジャギー! 草原だったから良かったものの、岩地だったら即死だぞ! 蘇生呪文はまだ完成してないからあの世へと勝さんは片足を入れてしまうぞ!」


(蘇生……生き返るって事か!? 人の命までこの魔法というものでは簡単に扱えるのか!? 便利なのはいいんだが、考えものだな……。しかし、これが使えれば元の世界で戦局が有利に働くだろう……!)


勝は、命は一度失ったら元に戻らないという認識を持っており、当然の事ながら蘇生魔法というものは聞いた事はなく、命すら魔法で手に入るのに恐怖を感じている。


 エレガーは勝に頭を下げ続けながら、正面にある、1LDK程で所々が塗装が剥げ落ちた煉瓦造りの部屋の門の前に立つ。


「じゃあその証拠は何よ!」


 ジャギーは顔を赤らめながら、勝の、盛り上がった股間を指差す。


「いや、これはまあ、その、なんだ……男の宿命、いや、性といった……その……」


 今まで女性とはろくに付き合ったことがなく、ましてや胸を触ったことがない童貞である勝は、男としての生理現象に戸惑いながらも、目の前にある壊れかけた家を見やる。


「次胸触ったらひっぱたくわよ! このクソ野郎!」


 ジャギーは勝に怒鳴りつけ、地面に唾を吐き捨てる。


(なんて口の悪い女なんだ……!)


 勝はジャギーの素行の悪さに辟易しながら、これが異世界にいる人達の性分なんじゃないのかと薄々諦めているのである。


「エレガーさん、ここには人はいるのか?」


「まぁ、見ててください」


 エレガーはどや顔で、手で印を結び、詠唱をすると、蝶番が錆びついている木製の、所々が白蟻に食われた後のある扉がギイという音を立てて開き、まるで中にいる何者かが彼らに入るように促しているかのように勝は感ドレ。


「お邪魔します……」


「ドレ長老、エレガーです、異世界から来た人間を連れてまいりました……」


 真っ暗闇で何があるのかわからない部屋に、エレガーは勝の腕を掴み中へと入り、扉を閉める。


 ポツポツとあちこちから、狐火のような青白い火が出て、人魂のように彼らの周りをゆらゆらと漂い、勝は子供の頃に祖母から聞かせてもらった人魂の事を思い出し、軽く恐怖に襲われると、いきなり部屋が光を帯び、30畳はあろうかという部屋の中が彼らの目には飛び込んでくる。


「うおっ!? 何もない部屋だったのに! エレガーさん、これも魔法なのか!?」


 部屋の中に立つ、重装備をした兵士が数名、不審者気味になっている勝を異質なものを見る目で見やり、当然、勝の黒い髪と黒い瞳は見た事は無い為に危険人物なのではないのかと槍を持つ手を強く握りしめている。


 部屋の中は分厚い百科事典のような本が置かれた沢山の本棚と、紫と青と赤の水晶玉が鉄製の丸テーブルに置かれており、正面の椅子には、腰まであろうかという長い髪の毛と立派なあごひげを蓄え、白のローブを着た、80歳はゆうに超えているであろう肌艶の老人が優しい顔で勝達を見やる。


「やぁ、座れ、君が異世界から来た人間だね……話は聞いているよ」


 老人は指をパチンと鳴らすと、テーブルの上に椅子が三つ現れる。


「まあ、ここに座ってくれないか……決して君に危害を加えないよ」


 勝は警戒している自分の心境を知られたのか、やれ仕方がないなと椅子に腰掛ける。


「君の名前は、花京院勝くんだったな……日本という国から来てラバウルに転属になり、零戦と現地で呼ばれる鉄の鳥に乗り、双胴の体を持つ黒の死神と呼ばれる鉄の鳥と対戦してこっちに飛ばされたんだな、災難だったな……」


「え、ええ……というか、なんで知っているんですか!?」


 勝は、自分の話は詳しくは誰にも話してはおらず、何故自分の事が知っているのか不思議な表情を浮かべてドレ長老を見やる。


「私は少しだけだが、人の心が読めるし、予言もできる。君がここに来たのは予測済みだ……」


 勝は神通力のような不思議な力に恐れおののいたのか、自分の手の内を知られている事に恐怖を感じている。


「さて、そこの椅子に座って、君はこれからどうしたら良いのか、エレガーから聞いてはいるのだろうが、この世界の情勢を詳しく教えてやろう……」


 ドレは、全てをお見通しという目で勝達を見やる。

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