第2話 初対面
コツコツコツ……
少し茶色がかった鱗のようなもので造られた鎧を身に纏った屈強な男に連行される形で石畳の階段を登る勝は、かなりの不安に襲われる。
(こいつらは一体何者なんだ……? 米兵にしては、緑色の髪の毛と碧眼とは……? 捕虜の米兵は何度か見たが、そいつらとは違う。ジュネーブ平和協定に則った捕虜の待遇をしてくれるのだろうか……?)
戦前、各国の間でジュネーブ平和協定という捕虜の取り扱いの条例を結んだのだが、風の噂では捕虜になった国民は虐殺されると勝は聞いており、身の危険を酷く感じて脅えている。
もっとものその噂は嘘なのだが、出鱈目な情報が進んでいた当時の日本では、誤った情報が出回るのはごく当たり前のことであった。
「早く歩け、このチキン野郎」
右頬に切り傷のあるその男の兵士は、勝に早く歩けと促す。
(この野郎、だが、ここで逆らったら得策ではない……!)
勝はこの屈強な兵士に文句の一つや二つを言いたい気持ちを押さえながら、渋々薄暗い道に足を進めると、大きな扉が目の前に現れ、外の光が、扉の隙間から見え、その光が目にあたり思わず目を閉じる。
兵士は幾つかの鍵からその、鉄製の扉に合う鍵を探し出して扉を開ける。
「うおっ……!?」
勝の目の前には、見慣れた和風の光景ではなく、西洋風の部屋が飛び込んでくる。
部屋の中にいる住民は、皆緑色の髪と碧眼であり、黒髪で黒い瞳の勝に特異なものを見る目で見やる。
(こいつら何者なんだ一体……!? 俺は夢でも見ているのか!?)
金色の龍の絵柄が織り込まれている壁に掲げられた布を見て、勝はある種の衝動にかられる。
それは、生まれて初めて飛行機を見たときと同じような感覚――
「こっちだ」
兵士は勝の腕を無理やり掴み、奥の方にある、一際大きな扉へと足を進ませる。
どこの国ともわからない言語で書かれた言葉と、日本や世界中探しても描けないであろう壮大な絵が書いてある扉の横には、勝を連行している兵士とは違い、白の鱗のようなもので作られた鎧を着ている屈強な男が敬礼をする。
「ザバン殿、お疲れ様です、こいつが例の男ですか……?」
その屈強な男は勝をジロリと見やる。
「あぁ、緑色の鳥に乗ってきたおかしな野郎だ……入れ、この扉の向こうには国王様がいる、粗相をしたらその首が飛ぶぞ……」
男は勝を睨みつけて、白の鎧の兵士がクククと笑い、扉を開ける。
「うおっ……!」
人口の光が勝の目にあたり、思わず目を閉じ、恐る恐る目を開けると、そこには、彼等と同じ緑髪で碧眼だが、威光を放つ50代後半の顔つきの男が、宝石が散りばめられた赤色の服を着て、まるで軍の司令部の士官のように豪華そうな椅子に佇み、興味深い目つきで勝を見ている。
その男を取り囲むかのようにして、白の鎧を着た兵士達がこの世界では異質な存在ともいえる勝をジロリと見ている。
「ムバル国カヤック王に敬礼!」
その中の誰かがそう言うと、その兵士達は持っている槍を高々と上げ、自分よりも高貴なものに挨拶をする礼儀作法だなと勝は直感で感じるのだが、その光景は、日本軍隊式の敬礼に見慣れている勝にとってはやはり異質な光景に映る。
「ほぅ……君が、緑色の鳥に乗ってきた男か……。名前はなんて言うんだ?」
カヤックと呼ばれているその初老の男性は、勝に名前を尋ねる。
「私は、日本海軍大鷲部隊所属の花京院勝、階級は中尉です」
勝は至極当たり前の挨拶をしたのだが、その内容はカヤックや周囲にいる者にとって不思議なお経のようなもののように聞こえ、或る者は失笑し、またある者は「頭がやばいんじゃないのか?」とひそひそと影口を叩いている。
「ふぅーむ……日本とはどこの国なのだ?」
カヤックは日本という言葉自体が初めて聞くようであり、勝にその国を尋ねる。
「それは……」
「いや、地図で説明してもらった方が分かりやすいな、ここに持ってこい」
「はっ」
カヤックの隣にいる、紫色のローブを着て、頭頂部が禿げてコシが無くなった髪を長く伸ばしている、落ち武者のような情けない風体の40代後半の肌艶の男は、指で何かの印を結ぶと、何もない空間から一枚の紙が出てきた。
その光景は勝の人生にとって初めてである、それもその筈、勝がいた世界では、こんなことができる人間はどこにも存在しない。
「どこだ?」
カヤックは不思議な表情を浮かべている勝に、冷静に紙に書かれた地図を見せ、どこが日本なのか尋ねる。
「……!?」
勝は地図を見て愕然とした、そこにはユーラシア大陸やアメリカ大陸などの大陸が描かれておらず、あるのは勝がいる世界とは全く別の大陸である。
「ここにはないと言うことは、君は予言通りに異世界から来た、と思って良いのだな?」
カヤックは訝し気な表情を浮かべながら勝に尋ねる。
「は、はぁ……。いえ、私がさっきまでいた世界と、この世界は違う世界かと……」
勝は地図を見て、今この場所が、自分のいる世界とは全く違うものだなとすぐに感じ取った。
「予言、とは……?」
「うむ。この国に昔から伝わる予言書には、こう記されている。『大地と空が虹色の雲で覆われる時、緑色の翼を持つ鳥に乗った黒い瞳の男がやがてこの国を救うであろう』と……」
「緑色の鳥……零戦のことか。私は確かに、零戦と呼ばれる緑色の翼を持つ戦闘機に乗ってきましたが、救うとは……? それよりも私は元の世界に戻りたい! 私の帰りを待つ家族がいる!」
「元の世界に帰る前に、君の力を借りたい。それにな、元の世界に戻れるかどうかはわからないのだが、昔この国の宝物庫には、不思議な力を持つ虹色の聖杯があった。別の世界に行くことができる力があるらしい」
「何!? ではその聖杯を見つければ私は元の世界に帰れるというのか!?」
「話を最後まで聞いてほしい、その聖杯は、ハオウ国にあるという噂を聞いた。もし仮に、君が私の国に力を貸してくれるのならば、この戦争に力を貸してくれるのならば、聖杯を取り戻してきたら元の世界に帰れるのかもしれない。……力を貸してくれないだろうか?」
「な!? 協力だと!? そんな、いきなり拘束されて、呼び出されて、この国がまるきり別の世界で、戦争に協力しろだと! そんなのってあるか! 俺は日本に帰るし、貴様らには協力はしないからな!」
勝は息を巻いて踵を返し、部屋を出ようとすると、兵士達全員が勝に槍を向けている。
「!?」
「残念な事に、先ず君はいくつかの罪を犯している……。不法侵入、器物破損等だ。もし仮に君が協力を拒否すれば、また拘束する、冷静になって考えて欲しいのだが、君は別の世界から来た人間であり、君が敵なのか味方なのか分からない。君がもし協力してくれるのであれば、身の安全は保障しよう、ただ、協力をしないのであれば、危険因子は排除しなければならない。よって君を拘束し処刑も考えなければならない。いい返事が欲しいのだが……」
(クソッタレ、ここは尋常じゃない世界だ、何もない所から紙が出るだなんて事自体が異常だ! ここは協力して、何とか元の世界に帰るしかない!)
勝は躊躇いながら、「あ、ああ、協力する」と頷き、カヤックは計算通りなのか、確証はあったのか、にやりと笑う。
「見た所君は魔法は使えるのか?」
「いえ……その、魔法とやらは何でしょうか?」
勝の一言に、周りは嘲笑混じりのため息をついた。
「君は多分魔法は使えないだろうな、だか念の為にチェックをしてもらえ、この国唯一の対抗手段である竜騎士となり、力を存分に発揮していただきたい……」
「はっ! やらせていただきます!」
「そうか、分かった。君には魔法研究員のエレガーの元で少し暮らしてもらい、竜騎士訓練所に通い竜騎士となった後、アレン達の部隊へと配属になって貰う。……頼むぞ」
「はっ」
「では、これからここにいるエレガーに君の身の回りの世話と、この国で暮らす最低限のルールと、言葉は大丈夫そうなのだが、会話や文字の書き方や読み方を習え」
勝は、カヤックの隣にいる、26歳ぐらいの若者を見やる。
灰色のロング丈カーディガンを羽織り、白のシャツを着ている男は微笑みながら勝を見つめる。
「魔法研究所のエレガーです、よろしく」
エレガーは何も知らずに子供のように呆気にとられている勝に軽く会釈をして、カヤックのほうを振り向き、一礼をする。
「ではこれから、勝さんを魔法研究所に招き入れます、勝さんが慣れ次第、竜騎士訓練所へと通わせます」
「うむ、頼むぞ」
「では……」
エレガーは軽く口で唱える。
勝の目の前の景色がぐにゃりと歪み、勝は軽く気分が悪くなる。
「うおお」
気が付くと、勝の目の前には、本棚に積まれた百科事典のように分厚い本の山と、大きなテーブルにソファが置かれた20畳ほどの部屋が飛び込んできた。
「ここは!? おい貴様、さっき俺に一体何をしたんだ!?」
「瞬間移動魔法で貴方をこの部屋に飛ばしました、あなたはここで、この国の生活に慣れて竜騎士訓練所へと通うのです」
エレガーは、気の毒な人だと言いたげな表情を浮かべながら、淡々と勝にそう告げる。
「エレガーさん、誰ですかこの変な人は!?」
扉のそばからは、初対面の勝にとって失礼な言葉を投げかける女の子がいる。
「ああ、この方は異世界から来た人だ、名前は花京院勝、これから少しの間だけ、ここで暮らすからね」
「は、はあ」
その女の子は、胸がでかく、髪はややウエーブがかかったロングヘア―で、年は20歳そこそこに見え、呆気に取られて、勝を不審者を見るような目つきで見ている。
「よ、よろしくお願いします」
「勝さん、この子は魔法研究所の助手で、魔法戦闘員のジャギーです、仲良くしてやってくださいね」
「は、はあ、花京院勝と申し上げます」
勝は、目の前にいる初めて見る異世界の女性に奇妙な好奇心を感じながら、軽くお辞儀をする。
「ジャギー・エドワードです……よろしく」
ジャギーは勝の顔を不思議そうに見ながら、軽く勝に会釈をする。
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