並行世界戦記 赤龍の撃墜王

第一章:異世界から来た男

第1話 黒の死神

 1943年7月の某日、花京院勝は三菱零式艦上戦闘機22型に乗り、一式陸上爆撃機5機の護衛をしながら、5機の零戦とともにブービンゲル上空を飛んでいる。


(うーん、いつ見ても綺麗な光景だ。これが戦争でなかったら、観光で来たいものだ……!)


 誰が好き好んで、戦争に、しかも激戦区のラバウルに行きたいものか――勝はそう思い、辺りを注意深く見まわす。


 ラバウルの兵士の消耗率は高く、生きて帰ってこれたのは全体の数パーセントである。


 最新鋭の零戦があったとはいえ、中国戦線で30機もの戦闘機を撃ち落とし、真珠湾攻撃に参加した勝に、ラバウルでのお呼びがかかったのが半年前である。


 この頃になると、はじめの破竹の勢いはミッドウェー海戦で正規空母を4隻失う大打撃を受けてから翳りが見え始めており、米軍の猛攻が始まってきた。


 同僚が次々と亡くなっていく中、勝は故障が多い零戦で50機もの敵を撃ち落として、瞬く間にトップへと躍り出た。


 だがそんな勝にも、好敵手的な存在がいる――


「あ、あっ!」


 雲の谷間を飛んでいる時、アイスキャンデーと呼ばれる曳光弾が一式陸攻を捉えて、瞬く間に一撃を受けて火を吹いて落ちていくのに気がつき、勝たち護衛戦闘機部隊は高度を上げ、残っている陸攻隊は雲の谷間に逃げる。


(クソッタレ、何処にいやがるんだ?)


 雲の中に入った勝は、曳光弾が風防をかすめていくのが目に入り、後ろを振り向く。


「黒の死神……! 貴様だったのだな……!」


 黒の死神と呼ばれるP38は、勝に一撃を加えた後に離脱をする。


 オクタン諸島で完全な零戦が手に入って研究が進められた結果、脆弱な防御と高度での格闘性能が落ちること、急降下に耐えきれない機体である弱点が敵側に分かってしまい、一撃離脱戦法なるもので零戦の最強神話は崩れ落ちた。


 ラバウルには、黒塗りの機体の、黒の死神と呼ばれるP38がおり、そいつはバタバタと零戦を撃ち落としていくのだが、勝は持ち前の戦闘技術と生まれ持った勘で何度も命の危機をかいくぐり、黒の死神との再戦を果たすことができた。


 目の前を離脱していくP38を、勝は追いかけて行くのだが、零戦の最高速度は560キロ程度、P38の最高速度は680キロとその差は100キロ近く、みるみるうちに引き離されて行く。


(逃さない、ここだ)


 戦闘機同士の戦闘は、高速で行うために撃ち落とすのは至難の技なのだが、勝は速度を上げて逃げて行く前に、弾道の伸びが良い7.7ミリ機銃を神業的な技術で黒の死神のプロペラに当てる。


 そいつはプロペラに当たったことでバランスを崩すのだが、それでも速度は少し落ちた程度で、勝を引き離していく。


(後少しなんだ、絶対に撃ち落とす、この前の借りは返すからな……!)


 勝は二週間前に黒の死神と空戦をして被弾し、脱出してジャングルに落ち、ゲリラに追われながら命からがら基地へと戻った。


 リベンジとばかりに黒の死神を追うのだが、目の前には虹色の雲が、まるでそこだけが卵のようにしてすっぽりと周りから抜け出しており、その雲に向かって、黒の死神は入って行く。


(この雲はなんだ?見たことがない異質な雲だ……だが、仲間の仇、この前の仇、必ず撃ち落とす……!)


 勝はスロットルを限界にまで絞り、虹色の雲の中へと入って行く。


 ――そして、勝の意識は消えた。


 🐉🐉🐉🐉


 薄暗く、鼠の鳴き声が聞こえる狭い部屋の中、周りは鉄格子と石壁に覆われており、雨が降ったのか、石壁に生える苔からは水の音が滴り落ち、その音で勝は目が覚めた。


「はっ。……おい、ここは何処なんだ?」


 勝は立ち上がろうとするのだが、両手両足に付けられた鎖が邪魔をして、立ち上がることができないでいる。


 勝の眼に映るのは、松明の火と、それに照らし出される石壁、壁に描かれた、羽と鱗で覆われた化け物の絵、そして、甲冑に身を包み、片手剣と槍を装備している兵士らしき人間――


「気がついたぞ」


「さっそく、カヤック閣下に報告だな、おい、出すからな……」


「なんだ貴様らは、しかもその、緑色の髪の毛と、緑の目はなんだ!? 敵か!? ここは何処だ!? 捕虜収容所か!?」


「質問は一つにしろ。……貴様は、黒い髪と黒の瞳からしてみて、この世界の住民ではないな、出してやる……貴様に危害は加えない。おい、鍵を外してやれ」


 その男はリーダークラスなのか、手下らしき人間に牢屋の鍵を開けて、勝の手足に付けられた鎖を外す。


「余計な真似をすんなよな。殺すからな」


「くっ……!」


(こいつらは一体何者なんだ!? 見た所、米国の人間ではなさそうだ、それに、あの甲冑と槍には生身の俺では敵いそうにない、ここはおとなしく彼らに従ったほうがよさそうだ……)


 勝は渋々、彼らに腕を掴まれて、外に続く階段を登り始めて行く――


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