召喚されて30年! 勇者(おれ)いま46歳、未だ魔王現れず!!

佐崎 一路

第1話

「んもうっ、いい加減引退させてくれてもいいんじゃないですかね!?」


 そう断固たる口調で奏上そうじょうしてみるも、若年の皇帝陛下(21歳・四人の妻有り)は、

「え~~~っ、またその話ぃ? そんなこと言ってもいつ魔王が復活するかわかんないわけだしぃ」

 いつも通り煮え切らない態度と口調で、明後日の方へ視線をやって答える。


「そう言って三十年ですよ、三十年! 神託があったとかで、異世界から召喚された俺ももう四十六ですよ! 普通だったら子供どころか孫がいる年齢じゃないですかっ!」

 つーか、超大国の皇帝に対して勇者といえど一臣下に過ぎない俺が、ここまで大きな口を叩くのもどうかと思うが、ここは皇帝陛下の私室だし、俺にとっては目の前にいる皇帝陛下は、ついこのあいだまでヨチヨチ歩きをして、俺の後を追いかけていた赤ん坊の成れの果てだから、いまさら遠慮する間柄でもない。


「あー、うん……だけどさあ、どーなんだろうねえ?」

 困ったように皇帝陛下が俺の背後をちらりと伺う。


「――いけません」

「――ダメですな」

 目で問いかけられたふたりの中年男――宰相パーシバルと、エルヴィン大神官が同時に首を横に振った。


「なぜだ!?」

 予想通りの反応といえば反応だが、もうちょっと婉曲な表現を使うとか、どっかに落としどころを付けるとかあるだろう!

 振り返って問い質す俺に対して、

「勇者の存在は魔族のみならず、周辺国や亜人族に対しても圧倒的な抑止力を持っているからです。また、我が国の精神的な支柱でもある勇者を放逐したなどという話になれば、下手をすれば国が滅びます」

 パーシバルが面白くもなさそうな態度で言い放った。

「んなもん本来の象徴である皇帝陛下に帰依すればいいだろう。だいたい俺は立場上、単なる臣下……まあ、多少の脚色を加えるなら多少武功のある客将程度の扱いのはずだ」

「いや~。僕なんてとてもとても……三十年にも渡って、我が国を守り抜き、魔族を掃討したカトー殿の功績に比べれば、ほんとお下がりを貰った子供も同然ですからねぇ」


 そう言って「あはははははははっ!」と快活に笑う皇帝陛下。


「いや、そこ笑うところじゃないだろう!? 為政者なら強大な力と名声を持った配下なんて、いつ簒奪者になるかわからない邪魔以外のなにものでもないだろう⁈ 手っ取り早く始末するとか、あらぬ濡れ衣を着せて罪人にするとか、戦々恐々とするところじゃねえか!?」

「え~~、それ面倒臭いし。だいたい、いままで三十年も問題なく回ってたんだし、そもそもこの国がここまで強大になったのも、ほとんどカトー殿お陰なのですから、皇帝の椅子が欲しかった差し上げますけどねえ」


 どこまでも平和ボケしている皇帝陛下。

 う~~む、これが俺を欺くための欺瞞だったら大したものだが、この子は子供の頃からのほほ~~んとしていたからなぁ。

 俺を召喚した前国王陛下も、「このままでは心配で死んでも死に切れん。くれぐれも……くれぐれもあの子を頼む、カトー殿っ!」といまわの際に俺の手を取って頼んでいた。


 俺も前国王陛下にはいろいろと便宜を図ってもらった恩義もあったし、幼少の子供を残して逝ってしまった陛下との約束を反故にするわけにもいかないので、可能な限り国内外の不穏分子や、対立する国や民族を叩き潰したり優和したりと、ここ十五年は働きづくめ――で、気が付いたらもともと魔国に隣接する辺境の小国だったこの国が、いつの間にやらこの世界に三つある大陸の一つを丸々治める帝国と化してしまった。


 ああ、うん……ちょっとやり過ぎたかも知れないが、ここまでやればそうそう国が傾くこともないだろう。

 そう思って勇者として引退を一年ほど前から陳情しているのだが、いまだに埒が明かないのだ。


「いまだに創造神ゼル様から『魔王が滅びた』との神託は下されておりません。つまりはいまだ魔王は虎視眈々と復活の機会を狙っているということになります。魔王とは神にも伍する力を持った不可侵の存在。これをたおせるのは、神の力を宿した勇者のみ。魔王が復活したその時に勇者が不在などとなれば、この世界は容易く瓦解することでしょう」

 エルヴィン大神官が厳かに俺に言い含める。


「その辺は耳にタコができるほど聞かせられている!」こちとら勇者一筋三十年だぞ。「だけど二十五年前に魔国は滅ぼしたし、魔族も大半の大物連中はぶっ殺した。だけど魔王なんて現れなかったじゃねえか!!」


 そうなのだ。この世界に召喚されて魔王の復活に先立って仲間――ちなみにこのふたりは当時の『騎士』と『神官』であったメンバーである。他にも盗賊とか魔術師とかもいたけれど、いまはすでに結婚して引退した身である――と旅に出た俺たちは、紆余曲折の末、五年かけて魔族をほぼ制圧して、魔国を我が国の領土として、逆進行を成功させた実績があるのだ。


 魔国を下したんだから、これで勇者の役目も終わりだと安堵した当時の俺(21歳)に告げられたのは、

「魔王がまだ復活してないからノーカン。引き続き勇者がんばってね」

 という当時の大神官による無情なロスタイム宣告。


 しかたなく国の建て直しを図りながら、魔王復活の時を待っていたのだが、一年経ち二年経っても音沙汰なし。

 五年目に「いい加減にしろ! 俺はもう降りる。魔王が復活したら他の勇者を召喚しろ! 俺をもとの世界に帰せ!」と怒鳴り込んだのだが、それに関する返答は冷たいものだった。


「勇者召喚は先に召喚された勇者が亡くなるまで使えん。帰還の魔術は魔王が知っていると伝えられている。ああ、あと勇者の力は処女童貞を失うと消えるそうなので、それまで貞操は守る様に」


 それを聞いた瞬間、

「なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 と城を揺るがすような絶叫を放った俺は悪くない。


 ど、どうりで勇者の割に全然モテない。パーティが野郎ばっかり。たまに知り合った女の子が、次々と遠くへ引っ越す。社交界でも周り中に筋肉の壁のような野郎が壁のように立って、ご婦人方やご令嬢方との会話ができないと思ってたんだけれど、国家ぐるみで俺の下半身をガードしていたわけか!

 大神官の話でいろいろと腑に落ちた。


 まあ、さすがにその時は荒れたけれど、前国王陛下が親身になってくださって、名目上とはいえ公爵としての身分と所領、そして自らの末の娘(当時2歳)を俺の妻として降嫁までさせたのだ。

 2歳の乳幼児が妻……。

 さすがは切れ者と評判だった前国王陛下だけのことはある。上手い手を打ってきたものだ。


 当然まともな新婚生活などおくれるわけもなく、実質的に子育てに専念することになり、さらには俺の性格からいっても、2歳から我が子同然に育てた子供を性欲の対象と見ることはできず、十八歳になったいまでも、ほぼ親子としての生活を送っている。

 いや、俺としては申し訳ないので、他に好きな男ができたらいつでも別れていいと言っているのだけれど、いまのところまだ父親離れできないようで、他に男の影が見えないところが育ての親としては、ちょっと心配なのだが……閑話休題それはともかく


「魔王なんぞ、もう復活しねーだろう。予言から三十年だぞ、三十年っ!」

「そう油断したところを突くのが魔王というものでしょう」


 エルヴィン大神官も梃子でも動きそうにない。


「んなことい言っているうちに俺がジジイになって死ぬぞ!」

「その時にこそ改めて勇者召喚の儀式を行いましょう」

「だったらさっさとやれよ!」

「現勇者であるカトー殿がご壮健である以上、無駄な努力ですな。それともカトー殿自害なさいますか?」

「なんで自害しなきゃならんのだ!?」

「召喚したての右も左もわからぬ勇者ならともかく、いまのカトー殿が相手ともなれば帝国軍が総がかりでも他殺するのは不可能な事――まあ、そんな不心得者は帝国内におらんでしょうが――また、毒や呪詛の類いは創造神様の加護により一切効果がない以上、新たな勇者を召喚するにはカトー殿が寿命でお亡くなりになるか、自害するか、復活した魔王に斃されるかのいずれかしかございませんからな」

「どんな三択だよ!?」


 思わず呻いたところで、皇帝陛下が「あ、そーだ」と、ポンと手を叩いた。

「東大陸には不老長寿の薬とか、不老不死の仙人だかになれる秘術があるって噂だし、それを入手してカトー殿に永遠に帝国の守護者になってもらえばいいんじゃないかな~」

「ちょっとまて~~~~~~~~~~っ!」

 その場合、永遠に俺は童て……あ、いや、女人との交際が禁じられる生殺し状態に……。


「なるほど。確かに軍部の不満も高まっていますし、東大陸を掌中に収めるのもいいかも知れませんな」

 宰相パーシバルが野心に燃えた目を光らせ、

「我らが至高神を信じぬ蛮人どもに、神の意向を示す良い機会かと」

 エルヴィン大神官も狂信者の眼差しでうやうやしく同意した。


「「「――では、先遣隊はいつものように、カトー殿ということで」」」

 そうして、当然という顔で俺にすべてが丸投げされるのだった。


「なんでこうなった!? 早く復活してくれ魔王っ! いい加減キリがねえっっ!!」

 頭を抱えた俺の絶叫が、今日も宮殿内を虚しくこだまする。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 帝都内にあるカトー公爵の屋敷内にて。

「よっと――」

 いま帝都で話題の新進のデザイナーによるドレスを身にまとった美しくも可憐な女性。名義上のカトーの妻であり、現皇帝陛下の実の妹であるシャルロット(18歳)は、姿見に映ったちょっと扇情的なデザインのドレスとそれを着た自分を確認しながら、

「これで旦那様おとーさんを今度こそ悩殺してやるわ! いつまでも子供だと思わせないもんっ!」

 野暮天の旦那様の攻略を、今日も今日とて努力しているのだった。


 そんな彼女の背中に、魔王の生まれ変わりであるあざがあることを、当の本人を含めた誰も知らないでいたのだった。


 現帝国公爵カトー・ヒフミが召喚されてから三十年。いまだ魔王は目覚めていなかった。

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召喚されて30年! 勇者(おれ)いま46歳、未だ魔王現れず!! 佐崎 一路 @sasaki_ichiro

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