Ever after

「ちょっと、この本、最後のページが無くなってるじゃない」

 幼い少女特有の、甲高い声が響く。


 ベッドの中だった。

 まだ小さな少女が、温厚そうな男性型アンドロイドに腕枕をされ、本を指さして不満を漏らしている。


 時刻は夜。だから、アンドロイドは口の前で指を立て、「しー」と少女に沈黙を促す。

 素直な少女はしまったとばかりに、両手で口をふさいだ。

 小さく、穏やかな声でアンドロイドは語る。


「まあ、この本は元々、おばあさまのものですからね。何度も読む内に、ページが外れて、どこかへ行ってしまったのでしょう」


 おばあさまもお母さまも、この本が本当に好きでしたから。そう言いながら苦笑するアンドロイドに、少女は唇を尖らせて零す。


「でも、これじゃ百年後にアンと博士がきちんと出会えたのか、分からないじゃない……」


「私がこうして動いていることが、結末の代わりになるのではないですか?」

 少女の祖母が幼かった頃からこの家に勤めるアンドロイドは、そうおどけたように言う。


 それを聞いて、少女は想像した。

 百年後、アンはいつものように博士に言うのだ。

「おはようございます、博士」と。

 博士はというと、「流石に二度寝する気にはなれないな」なんて笑って。二人で朝食を食べて。

 それから、その日はゆっくり、この百年で何があったのかを話すに違いない。それから、それから……。


 アンドロイドが手に持つ、一冊の本。

 その表紙にはこう描いてあった。


『cybernetic beauty』


 実際の出来事を元に生まれた、新しいこのおとぎ話は、世界各国で翻訳、出版されている。

 邦題では、少し似ている何世紀も前のおとぎ話になぞらえ、こう呼ばれていた。


『電子の森の美女』


 アンドロイドは、少女の髪を愛おしげに撫でながら、こう続けた。


「それに、おとぎ話の結末は決まっているものですよ」


――めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電子の森の美女 秋来一年 @akiraikazutoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ