寂しさのシンパシー

松風 陽氷

寂しさのシンパシー

 最近記憶の飛びが増えてしまって困惑するのみである。特に夜の記憶が曖昧だ。記憶があったとしてもいつのものだか分かりゃしない。睡眠薬を幾つかちゃんぽんして飲んで深く眠ったような気がするが、これは昨日の話だろうか、若しかすると一週間前の話の様な気もする。今日も冷たい濃紺が来た。電灯のオレンジと光る猫の目。夜は嫌いじゃない。寧ろ昼より人目が気にならなくなる気がして好きだ。ちなみに猫も好きだ。ただ、記憶がごちゃごちゃすることにのみ、辟易する。夜のそういうところは嫌いだ。シャッターの閉じた商店街、狭く雑草の生えた路地から三毛猫が出てきた。まだ少し小さかった、そして細かった。そいつは僕と目が合うや否やびくりと大袈裟な程身体を震わせそこから十秒固まったまま動かなくなった。僕が近寄ると面白い位連動して背を反らした。こちらが一歩後退りすれば華奢な背は元に戻って、三歩下がると一二歩近付いてきた。とぼとぼと歩く猫だった。僕はそいつと目が合った瞬間、親近感が湧いた。月みたいな金色。寂しさのシンパシー。きっとやつもそう思ったに違いない。だって僕も目が合ってその時、大袈裟かと言われてしまいそうな位びくりと固まったのだから。虚みたいな黒色。寂しさのシンパシー。ふとこいつの親について考えた。子猫が一人でいて大丈夫だろうか。どうして一人、親は何処なんだ、いないのか。猫は僕の十五歩後ろで歩き方を真似た。やめとけって、陰気が伝染るぞって、そう言ってやりたかったけど言いかけてやめた。実は言いたくなかったのかもしれない。何故なら僕は利己主義者だから。似たもの同士が歩く道。こうもシャッターに囲まれていると行く所々で拒絶されている気になってしまって、不安な胸が掻き立てられる。あれ、これはいつの記憶だろうか。三毛猫はいつ出会ったものだったか。あの日見た月は、綺麗な三日月だった。今日のは何だ、上弦だか下弦だか知らないが、取り敢えず中途半端に太った月だ。悲しくなった。三日月が太ったことが、今の僕には何よりも重大なことで、とても残酷なことの様に感じた。少なくともあの猫は昨日会ったのでは無いと、事実を突き付けられた。月が余りにも違い過ぎるじゃないか。では、いつ出会ったのだろう。四日程前か、一ヶ月前のことか、いや、現実かどうかさえ確信が持てない。全てが崩れ落ちて行く幻聴が頭に響く。それが大事でないと言えるものか。自分の記憶に自信が持てない、その恐怖が、如何なものか。ある人は僕にしっかりしろと言った。僕はそいつの顔面に糞を塗り込めてやりたいという下賎な衝動に駆られた。猫の細さとシャッターのぼこぼことした歪みなんて、まるで知らないくせに。明日は月を見て悲しくならないと良い。もし悲しくなったら、それはまたいつの話になるのか分からなくなってしまう。いや、もう自分が何を言っているのかさえよく分からない。


 ガタンゴトンゴゴゴゴゴ.........と、マンションが横滑りする窓の外。確か海外だと「ちゃがちゃが」という耳慣れないオノマトペを使うんだったか。黒くて背の高いだけの四角は、幾何学的に美しく順序正しく夥しい数の電灯を据えていて、その橙色が良くない視力のレンズを通して乱反射した。社会という名の化け物。なんて、言葉が浮かんで、その途端、全てを壊してくれないかと思った。僕の乗っているこの車両から、自宅から、大学から、この手から、脚から、顔から、心臓まで、何から何まで、自分に関わるもの、全てを。宵に生きる化け物は、ドロドロと自身の身体を溶かしながらきっと、走り続けるこの車両のこの扉を割ってバイオレンスに乱入するのだ。そして僕のことを探してくれる。それはまるで、囚われの姫を求める勇者の様に。見つかった、月の光が息づくその瞳は僕を掴んだら最後、離しちゃくれない。銀河みたいな暗黒が僕の腕を飲み込んでぐいと引く。引力でつんのめった僕の左胸にはぐさり、化け物の爪が立つ。鮮血と震える視界。外気を素直に吸って順調に冷え切っていく身体。生暖かい赤はピアスを立て続けに空け損ねた時、軟骨をニードルでグリグリと抉り貫通させては刺し直してを繰り返した時みたく、とめどなく、脈を持って、広がり続ける。

 そんな妄想。僕の放課後通学路。最寄りの駅で下車し、ため息一つ。「改札方面行き、上りエスカレーターです」なんて、そんな高嶺の花っぽくちょっと気取った声で言ったって、誰も聞いちゃいないさケータイにメロメロで。定期券のカードからお金は一銭も引かれていない。つまりはどこにも寄り道なんかしていない。いつも同じ画面は何だか真面目でつまらない。どこか寄り道をして帰りたいと思った。自宅の最寄り駅に着いてから、そんな風に思い立った。新宿とか品川で寄り道すれば良かった。何で僕はこう、いつもワンテンポ遅いのだろう。まぁ、途中で降りて遊びや買い物に行こうとしても、そんな気力何処にも無いのだけれど。もう、そんな事さえ出来ない位に疲れた。だからといって別に、今日特別大変なことがあったという訳では無い。僕にとって只普通の様に生きる事は大きな偉業に等しいのだ。こうして結局、帰宅途中にあるコンビニでロングの缶チューハイを買う。いつもそうだ。それ程の気力しか残っていないのだ。酒を買って呑んで寝る程度の、不健康的な気力しか。アパートの階段を上ろうとすると、一段目にちょこんと座った三毛猫がいた。中くらいのサイズで痩せていた。そして、死んだ瞳で僕を捉えると、何かを諦めた様な仕草で顔を逸らしフイとどこかへ消えて行こうとした。寂しさのシンパシー。僕はアパートの裏へ向かう猫の背をとぼとぼと辿った。同じ足取りで、空っぽの頭で、透明人間になった気分で、ボタボタとふらつきながら。猫がチラリとこちらを振り返った。お前は寝床へ帰れ、自分の安心出来る場所があるだろう、そう言われている気がした。でも、拒絶はしてこなかった。目と目が合った刹那、こいつと離れたくないと思った。しかし、どうしても離れなくてはいけない気がした。一緒にいると、共に泥沼から抜け出せなくなるような気がした。共溺れ。いや、溺れる気力さえ無くって、仲良く犬死にするのだろう。猫と人間の犬死にだ。僕らはきっと似すぎている。寂しさのシンパシー。だから、共に居てはいけないのだ。か細い希望の光がどこかに必ず存在する暗黒世界が現実だとするならば、このシンパシーはきっと、現実とは違う、幻の世界に姿を変える。絶望という名の、泥で出来た光の無い世界。その中に足を踏み入れたが最後、黒が纏わり付く幻覚に惑わされて永遠にもがき苦しむ気がした。今の現実でさえ苦しいのに、そんな幻御免だと思った。とてもじゃないが耐えられない。藪の中にスルスルと身を溶かして行く猫を尻目に黙って背を向けた。忍足で静かにアパートの僕の部屋へ。じゃあな、ミケ吉。ここの藪が僕達の決定的な分かれ道、分岐点、相容れない、相容るべきで無い僕らの境界線なんだ。

 高校のジャージに父のお下がりの古い半纏姿で、アパートの小さな小さなベランダに出る。この時間はやはり少々寒くなってきた。そろそろ温燗でも良いかも知れない。先程買ったロング缶をカシュっと空けてゴクゴクゴクと大きく飲み込んだ、その時、視線の先に大きな満月が朧になって浮いていた。ミケ吉の目と同じ色の、ちょっぴり濁って日本的な繊細さや美しさを孕んだ月だった。寂しさのシンパシー。僕の選択はきっと正しくて、やっぱり少し寂しかった。



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