第38話 シュトラーゼンへの帰還

「『スラスト・ランダミート』!」

「『エイミングシュート』」

「『カバー』!」


 アルミ・ナミネのギルド傍にある鍛錬場で俺とウィング、タオ、ヒルダは面白楽しく汗を流していた。

 いや、動いているから。ヒルダが二人の攻撃を引き受けてくれてるけど、俺も動いているから。


「『サモンエレメンタル・シルフィード』!」

「何を切り刻めばいいの!?」


 血の気が多い娘だなぁ。


「あの二人を殺さない程度にぎったんぎったんにしてください!」

「アハハハハ!喰らいなさい!『ヴァイオレンス・バースト』」

「「「ちょっ!?」」」


 テンションアゲアゲのシルフィードが起こした天災とも呼べる大竜巻がヒルダも巻き込みつつ、二人を襲う。

 俺はもうちょっと抑えめに指示を出しておけばよかったと後悔しながら、全員が無事部活きていることを祈って手を合わせた。


 風が止み、土埃が舞う中を影が二つ移動する。


 いつの間にか後ろに回り込んでいたタオが剣を振り上げ、遠くから狙いを定めていたウィングが引き金を引く。


「『カバー』!」


 スキルの効果で転移したヒルダがタオと俺の間に割り込み、剣を受けきる。しかし、ウィングの放った矢にまでは反応できていなかった。

 ウィングも当たったと確信しただろう。しかし、矢が当たる寸前で俺の体がグイっと移動し、矢は俺の立っていたところを素通りしただけだった。


「何やってんだいアンタら!!!」


 と、勝負の決着が着く前にアンナの怒号が入ってVSは終わりを迎えた。

 ちなみに、VSってのはプレイヤー同士のバトルの事。要は対人戦。

 ゲーム内だと街中で申し込みと受諾が可能で、始まれば専用フィールドに転移する。だけど、異世界ではそんな機能はない。

 だから、ギルドの鍛錬場を借りているんだけど……。


「鍛錬場を貸す事には了承を出したけど、あんな竜巻起こして良いってアタシは言ってたかねぇ?」


 うちの婆ちゃんをも超える威圧感で見下ろすアンナ。

 俺もヒルダもウィングもタオも強制されていないにもかかわらず、正座の姿勢を取っている。


「すいません。テンションが上がっちゃって」

「テンション上げただけで軍とギルドが総出で警戒するような事態を起こすなって言ってんだよ。つか、そのくらいわかりな!」

「あ、いえ!テンションが上がってたのはシルフィードの方で」


 情報を正確に伝えようとしただけなのになぜか火に油を注ぐ結果となる。


「言い訳するんじゃないよ!」

「ヒッ!?ご、ごめんなさい!」

「ウィング、タオ!アンタたちも少しは抑えな!」

「「ごめんなさい」」


 最初は楽しくワイワイと遊んでいただけなのにシルフィードを召喚しただけでこの始末……。

 結局この後、ジェラルドからも叱責を喰らうハメになり、慣れてきたこの世界でのVSは当面禁止というお達しまで来てしまった。





「マナはもうそろそろシュトラーゼンに帰るの?」


 シルフィードによって荒れた鍛錬場をキチンと掃除し終えると、タオがそんなことを聞いてくる。


「そうですね。これ以上の進展が無いとなると、ギルド側も引き上げて来いって事になると思います」


 アルミ・ナミネに来てもう三週間が経過した。

 石化事件はティモシー逃亡後に起こることは一度として無く、彼への疑いだけが増長していった。加えて、教会側がグルだったという噂まで立ち、街の人が武装をして排斥運動が始まる始末。これにはジェラルドも手を焼いているようだ。

 あの教会はバレンティン教国とのパイプに使っていた施設だからあんまり壊したくないんだろうな。潜入させていた部下とかいると、手元に戻しづらくなるだろうし。


「そっかー……。こうやってVSするのもあと少しかぁ」


 タオは残念そうにつぶやく。しかし、ウィングはそんなタオを指さして。


「コイツのせいで何度オレらが怒られる羽目になったと思ってる。事件が落ち着いたならさっさと戻ってしまえ」

「あー、ヒドーイ」

「ウィングはホンと酷いなぁ」


 俺とタオが非難の視線を向けると、ウィングはこれでもかと言うくらい顔をしかめる。


「あのなぁ。これでもオレらはお前は来るまでほぼほぼ優等生を演じてたんだよ。お前が来て、VSだのスキルの練習だのに付き合うようになってからなんて呼ばれるようになったと思う?」


 そんな噂話に興味がないので、当然の如く俺は知らない。けど、タオは知っているようで苦笑いを浮かべながら俺から顔を逸らす。


「お祭りハッピー野郎?」

「ドストレートに要注意人物だよ!」


 それまたストレートな呼び名だこと。


「まぁまぁ、要注意人物だろうとお祭りハッピー野郎だろうと関係ないじゃないですか。ウィングはウィング。タオはタオです」

「いい話風に持っていこうとしているけどお前が原因なんだからな?わかってんだよな?」

「責任転嫁はダメですよウィング。私が発案者だろうとそれに乗ってきたウィングたちにも責任はあります。ちゃんと自分の失態を認めて、大きくなってください」


 自分で言ってて「どの口が?」とも思ったけど、ウィングには効果絶大だったようでその後の文句が出てこない様子。

 そうやって昔みたいな口論をしていると、ライザックが鍛錬場に顔を出した。


「お。ようやく終わったか」

「ライザックさん、どうしたんですか?」

「あぁ。正式にシュトラーゼンのギルドから撤退の命令が来てな。今日中にシュトラーゼンに戻ることになった」


 涼しい顔でそんなことを言うライザックに俺は首を傾げる。


「それまた急ですね?」

「他人事だと思っているみたいだから注意をしておくが、アルミ・ナミネ側からすればこれ以上の騒ぎはゴメンって話だ」

「まぁ、石化事件が収束した後に暴動騒ぎ、さらには教会への排斥運動ですからね。それは大変でしょう」


 排斥運動の鎮静化に関する依頼はギルドに持ってこられることは無かった。

 どうやらその辺は軍が上手く動いてくれていたらしい。

 そんなことを考えていると、ライザックが分かりやすく頭を抱えていた。


「いや、いい」


 絞り出したような言葉に嫌な予感しかしない。

 え、これ以上の騒ぎってまさか俺の話?


「シュトラーゼンの方からも撤退命令が来ていたんですか?」


 タオが俺の代わりに尋ねると、ライザックは気を取り直して説明を続けてくれる。


「ああ。さすがに長期間のレンタルはギルド側にとっても痛手だからな。よほどのことが無い限りは一ヶ月も逗留なんてさせないんだ」

「そうだったんですね。マナ、荷造りとかって済んでるの?」

「一応、いつでも出られるようにはしてますよ。あんまり店広げるクセないんで」


 俺の言葉にライザックは疑問符を頭に浮かべているが、二人には俺の意図が伝わっている。

 よく言えば片づけ上手で、悪く言えば究極のズボラ野郎。

 自動掃除機が自由に動けるように床とかに物をほとんど置かず、手持ちの荷物も一人暮らしにしては最低限と言ったもの。なんせPC用のモニタは合ってもテレビもレコーダーも無いんだからな。


「まぁ、なんにせよ。ようやくの解放だ。哨戒に出している召喚獣たちを手元に戻して、さっさと帰るぞ」

「ライザックさんの方も随分と急ぎますね」


 もうちょっと余韻みたいなのは無いんだろうか……。

 このままだと見送りも無さそうなんだけど。


「シュトラーゼンには嫁と娘がいるんだぞ。しかも、この三週間は帰れていない。生活費は十分に置いてきているが、寂しいってのはあるんだよ」


 なんだよそれ。可愛いかよ。

 家庭なんぞ持ったことないからそういう感覚は本当にわかんないなぁ。


「はぁ~。良いですね~」

「そういうわけだ。早めに戻れるなら荷物もってこい。」


 奥さんと娘さんに会いたくてそわそわしているライザックをちょっと羨ましいと思いつつ、俺はウィングとタオの方に顔を向ける。


「というわけなんで。余韻も何もなく私は自分の拠点に戻りますね」

「さっさと帰れ」

「ウィング!……っとそうだ。マナ」


 タオは何かを思い出したように俺の傍まで来て、耳元で小さな声を出す。


「本当にありがとね」


 何に対してのありがとうなのかあんまり理解できず、俺は素で首を傾げる。

 すると、ウィングが何かを察したようにぶっきらぼうな声を出した。


「お前が事件を進展させたんだ。あんまり悲観的になるなよ」

「はぁ……」


 まぁ、方向はどうであれ事件が進展したことには変わりない。

 落ち込んでるって気づいて励ましてくれてんのかな?

 そう考えるとちょっと嬉しい。

 俺は緩む口元を無理やり広げて笑顔を作る。


「ありがとうございます。ウィングもタオも元気でやっててくださいね」

「おう」

「マナもね」


 ウィングとタオは今のところこの拠点を動くつもりは無いらしい。

 聞いたところによると元の世界に戻る方法も探していないんだとか……。理由の大半は俺と同じだったが、もう半分は前の世界とやってることはほとんど変わっていないからだそうだ。

 前の職業を知っている俺からすると、全く違う様にしか見えないが「生き抜くことに変わりがない」と言われれば「確かに」としか返せなかった。


 荷物を取りに行って、アルミ・ナミネのギルドで正式に手続きを済ませて転送屋に移動する。

 ギルドから出る前にアンナやカタリナと少しだけ話をし、別れのイベントは見どころも無く終了。


 ささっとシュトラーゼンに戻り、ライザックと別れた後に俺は懐かしのギルドへと向かった。


「お久しぶりで~す!」


 ギルドに明るい笑顔と可愛い声を轟かせる俺。そんな俺の姿を見て、ギルドの中にいた屈強な男たちは目を剥いていた。しかし、すぐに懐かしそうに顔を綻ばせて近づいてくる。


「おかえり。マナ」

「ん?ライザックは?」

「ライザックさんはご家族の方に」

「ハハハ!相変わらずだなぁ!」

「リェラ!マナが戻ってきたぞ!」


 空いたグラスをたくさん持っていたリェラが俺の方を見て、少し瞳を潤ませる。

 そして、足早に手に持っていたグラスを洗い場へと運ぶと、そのまま俺の目の前まで走ってきた。


「お帰りなさいマナさん。色々と話は聞いていますよ。大活躍だったそうじゃないですか」

「はい?」


 ちょっと意味が分からず、首を傾げているとリェラが飛び切りの笑顔を浮かべて俺の手を取る。


「シュトラーゼンギルドの裏方代表としてお礼を申し上げます。マナさん、今回のクエストに参加してくださって、本当にありがとうございました」


 う~ん。ライザックがどういう報告をしていたのか俺にはさっぱりだが、なにか盛大な勘違いをされている気がする。

 事件を悪い方向に進めて、犯人に繋がる手がかりさえ掴めずに戻ってきてるから何とも言えない。


「報酬はちゃんと用意しています。少々お待ちください」

「え?あ!」


 呼び止める前にリェラが行ってしまう。

 なんともバツの悪い感じで立ち尽くしていると、ギルドの屈強な男たちが労う様に俺の肩をポンポンと叩いて散っていった。

 なんだかそれらの行動が気持ち悪くも感じ、どうしていいか分からずにいるとリェラが袋を手に持って戻ってくる。


「マナさん。こちらが今回のクエスト報酬です」

「あ、はい。ありがとうございます」


 受け取った布袋にそれほどの重さはない。

 しかし、中身を見て俺は飛び上がった。


「え?え?リェラさん?これって?」

「もちろんマナさんの分の報酬です。アルミ・ナミネ側のギルドからの正式な報酬に加え、南方軍からの謝礼金も含まれています。あと、少ないですけどシュトラーゼンギルドからの基本報酬も含まれてます」


 この事件に関わる前に想定していた金額よりも遥かに多い。

 っつか、一回でこんな金額稼いで良いの?


「で、でも!アルミ・ナミネで私が出来た事なんてほとんど無くて……」


 自分が一番理解している事実。それを思い返すと何とも言えない気分になる。

 貰った報酬もその金銭価値に見合う働きが出来ていたかと言うとノーだ。


「ですが、ライザックさんからの報告およびアルミ・ナミネのアンナさん、カタリナさんからの評価、ジェラルド軍団長からのお礼までありましたし……。マナさんが出来たことがほとんど無かったなんてことは無いと思いますよ」


 そんな素振り一個もみたことないんだけど!?

 怒られて、叱られて、また怒られて……。もう少し反省した方が良くないか俺……。

 思い返すほどに自己嫌悪のループへと落ちる。


「マナさんは本当におかしな方ですね」


 なんだか微笑ましいものを見るような目で俺を見つめるリェラ。周りのギルド冒険者たちもなんだかやれやれって感じで俺の方を見ている。

 なんだか居心地の悪さを感じていると、リェラが俺のことを抱きしめてきた。


「にゃ!?」

「マナさんが御自分の事をどうお考えになっているかはわかりませんけど、ちゃんと評価を受けるだけの仕事をしているんです。ご謙遜も良いですけど、与えられた評価はちゃんと受け取ってください。もし、その評価がこちらの勘違いだと仰るのなら」


 そう言ってリェラは俺の首に回していた腕を放し、少しだけ距離を取る。


「その評価に見合うだけの努力を今後もなさってください。我々の目が節穴でないという証拠をマナさんが作ってください」

「それ……逆なんじゃ?」


 俺の言葉にリェラは本当に面白いモノを見るかのように笑う。


「これからもよろしくお願いしますね。“お掃除メイド”のマナさん」


 この日、初めて名乗っていた二つ名を他人に呼ばれた。渡された金銭的な報酬なんかよりも、はるかに嬉しかったその言葉は……俺の胸に温かく残った。

 そして、リェラに認められたこの日を境に“お掃除メイド”という二つ名とその噂は各地へと広まっていったのだった。

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お掃除メイド「マナ」の異世界奮闘記 八神一久 @Yagami_kazuhisa

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