第37話 収束への舵取り

 石化から救出されたエヴァンおよび信徒の男性の証言はそれまでジェラルドたちが抱いていた推測をぶち壊した。


 エヴァンが石化されたのはこの事件が顕在化する“少し前”。

 その後、同じく石化されていた信徒の手によってエヴァンの石像が作られたという。つまり、その後にジェラルドの補佐をし続けていたエヴァンは偽物だという事だ。


「待て……今の話を鵜呑みにすることはできない。本部に戻り、今の話をもう一度聞かせてくれ」


 狼狽するジェラルドの姿にエヴァンは心配そうに顔を歪める。そして、事情を察した彼は静かに頷き、立ち上がろうとする。


「わかり……ッ!?」


 しかし、石化の後遺症で足にうまく力が入らない様でよろけて地面に倒れ込んでしまった。


「あ、あの……私も……でしょうか?」


 同じく治療を施していた信徒の方は事情が全く分からず声を震わせている。

 そんな彼にジェラルドもグッと体に力を入れて普段の声色に戻す。


「事件に関与しているかどうかを調べるための聴取だ。事情を知らずに加担していたのであればそれほどの罪にならない様働きかける。だから、決して誤魔化そうなどと思うな」

「は、はい……」


 なにが何やら……。そんな想いで信徒の男は地面に手を付き、頭を垂れていた。


「お前たち、この二人を運ぶのを手伝え」


ジェラルドがそう命じたと同時に俺は動く。


「エイル、この二人に『フルヒール』を。ジェラルドさん、エイルの術が効けばそれぞれ自分の足で歩けるようになりますので少しだけ時間をください」

「……わかった」


 ジェラルドはそう呟くと、エイルの方に視線を向けた。

 エイルはそんな視線など全く気にせず、杖を掲げる。そして、『フルヒール』を掛け終わった二人は驚きを隠せないまま、自分の足で立ち上がった。


「こ、これは……?ジェラルド様、この方は一体……」


 自分が掛けられた術に困惑するエヴァン。しかし、彼の質問に対しジェラルドは口を開かなかった。


「行くぞ。お前たち、この二人を拘束しろ。万が一にも逃げ出さぬようにな」

「「「はッ!」」」


 騎士たちが二人を後ろ手で縛り、その縄を繋げる。本格的に連行の形となり、騎士たちは一足先に本部の方へと足を進めた。


「アンナ、悪いが騎士たちの護衛を請け負ってくれ。人通りの少ない道を行くつもりだが、街の人間に見つかればそれなりに騒ぎになる」

「あいよ。その代わり、聴取には同席もしくは傍受させてもらうよ」

「ああ」


 アンナはジェラルドの返答に頷き、こちらに歩いてくる。そして、俺に声をかける前に他のギルド員に指示を飛ばした。


「アンタらは先に騎士に付いて行ってな。先行するのを二人、後方を一人配置して、街の人間が近づきそうなら手を打ちな」

「「「わかりました」」」


 ギルド冒険者たちは騎士に追いつくため、少し小走りになり動き出す。しかし、ウィングとライザックはこの場に残っていた。


「アンタはどうする?」

「え?私ですか?」


 いきなりの質問に俺は首を傾げる。しかし、アンナはいつもの険しい顔にさらに皺を入れていた。


「話には聞いていたけど上位精霊召喚なんてだいぶ疲れただろう。休むなら無理して同席しなくても大丈夫だけど」


 あぁ、この世界基準だとかなりの魔力を使うらしいからな。

 ゲーム内基準だとCT問題さえ解決すれば、連発することもできる。


「お気遣いいただきありがとうございます。でも、大丈夫です。同席はしませんけど」

「「「は?」」」


 アンナ、ウィング、ライザックの声が重なる。

 そんな声を無視して俺はエイルに手話で指示を伝える。


「体調に不安があるとかじゃないんだね?」

「ええ。魔力はそこまで消費してませんので」

「それなのに傍受に同席しないのか?」

「ええ。さっきの話だけで十分です」


 俺の受け答えに長年の付き合いであるウィングがボソッと核心を突く。


「って事は、さっきのアイツらの証言は正しかったんだな」


 ウィングの発言にまだこの場に留まっていたジェラルドの耳にも入り、目を剥いてこちらを見つめていた。

 俺はそんな反応も視界で捉えつつ、エイルへの指示を続ける。


「どうしてそう思ったんですか?」

「お前が今、そうやって指示を飛ばしているのがその証拠だろ」

「まぁ、そうなんですけど」


 俺は指示を終えたエイルに手を振って、彼女の移動を見届ける。

 そして、四人に笑顔を向けてから大きく手を叩いた。


「まぁ、個人が運用する分には問題のない程度の術です。ギルドや軍で使われていたアイテム並みに信用できるかと問われれば、検証していないので何とも……としか言えません」

「それでもお前は別の事を調べに行くんだよな?」

「そうですね。あの二人の発言が正しいのであれば、エヴァンに成りすましていた男は何をしていたのかって話になります。そっちを調査し始めてた方が良いでしょう?ねぇ?ジェラルドさん」


 ニコリと笑顔で尋ねると、ジェラルドは目を細めて一瞬口をギュッと閉じてからゆっくりと開いた。


「お前は……なんだ?」

「シュトラーゼンのギルド冒険者、お掃除メイドのマナです。それが?」

「個人で運用できる真偽判別の術だと?ふざけるのも大概にしろ」

「だから、私の判断は信用しなくていいです。ジェラルドさんは聴取を続けてください。私はその間に出来ることをします」


 口を開いたままの四人に俺はくるりと背を向けて歩き出す。


「新しく見つけた情報はちゃんと共有しますのでご安心を。それよりもあの二人のお話が正しいかどうかの確認はお願いします。今回の件、ジェラルドさんほどのお方なら大体察しがついていると思いますが、かなり巧妙に攻められています。下手をするとあちらの変装術によって誰かがいつの間にか入れ替わっている可能性すらあります」


 誰も俺の言葉に反応しない。


「あちらがどういうつもりでも、こちらはそれに備えなくてはいざという時に何もできませんので……。それでは」


 俺はそれだけ言うと、その場を後にした。

 居なくなった後の場でどんな会話が為されているかを盗聴しながら……。





「あれがあの時に憔悴しきっていた女なのか?」


 ジェラルドの言葉に誰もが顔を逸らす。

 一週間前、ティモシーが逃げたと知った次の日にジェラルドとも顔を合わせているが、前の晩にあまり眠れなくて元気な姿ではなかった。憔悴していたと見られていてもおかしくはない。

 そんな中、ライザックが答えにならない答えを口にしはじめる。


「アイツはティモシーを取り逃がしたって聞いた時にだいぶ思い詰めてました。別にアイツのせいじゃないって事も言ってありますが、どうも自分の責任だと思っていたようで」

「それでやる気を出したと?やる気を出してあれほどのことが出来るようになったと思うか?元から出来ていたと考えるのが妥当だ」

「だとすると、ティモシーとの会話の時になんか気づいていたって事にはなる。エヴァンの石像が偽物だって件もいち早く察していたしね。それらに気づいていながら情報を共有していなかったってのがあの子の責任に繋がってるんじゃないのかい?」


 アンナの言葉は全部が的外れでもない。

 あの時に石像のすり替えを指摘していれば、別の結果が待っていただろう。


「そうだとして……だ。お前たちはそれらに気づけるか?」


 ジェラルドの問いかけにその場にいるアンナ、ライザック、ウィングは押し黙る。その反応を見てから、ジェラルドはさらに続けた。


「いや、今の問いはおかしいな。マナが見抜いた事をこの場にいる我々も含めて誰も見抜けていないのだ。今の屎泥所に沈められていた石像の件もそうだ。あの小娘が見抜かなければ今回の事件、何も進展などしていない。」

「そういう結果的に良かったところに目が行かないんです。アイツは……」


 疲れたような声のウィングにジェラルドが食って掛かる。


「何を馬鹿な。これだけ良い方向に動いているのだぞ?ティモシー神父を取り逃がした程度でなにを反省することがある」

「アイツん中で最善の流れってのがあって、こういう風に自分が動けば相手はこう動くだろうってイメージがあって……。そっから外れて容疑者が逃げた。自分の読みは浅かったって考えてるんですよ」


 ウィングの言う通りだ。以心伝心かよこの野郎。

 そんな発言にジェラルドはそれこそ疲れ切った感じの溜息を吐く。


「誰も出来ないような事を基準にしてそれが出来ないからと落ち込んでいたのか?馬鹿かアイツは」

「そういう奴なんです」


 いや、馬鹿ってところくらいは否定して。

 あと、みんなして同時に溜息吐かないで。なんかスッゲェ呆れられてるんだけど。

 え?思ってた以上に俺活躍してたんじゃないの?


「ライザック」

「は、はい!」

「アレの事は引き続きお前に任せる」

「え゛……?」


 ちょっとー。俺がいないからって嫌そうな声出さないで。


「先ほど提出された調査報告書にも奇妙な点がいくつか見えた。あのバカ娘が気づいていないとは思えんが、だいぶ犯人の痕跡の核心を突いているように見える」


 マジか……。まとめてる本人、その事実に気づいていないんですけれども。


「あの……わかりましたが、オレではあのアホを管理できる気はしません」


 アホて……。


「管理はしなくていい。だが、アイツが気づいたどんな些細な事でもいいから聞き出すようにしてくれ。正直、あんな見た目でここまで便利な女だとは思いもよらなかった」

「「「でしょうね」」」


 ハモってるよ。ねぇ、なんでハモってるの?

 便利って言葉にもちょっと引っかかるけど、あんな見た目とか言わないで。


「複数の召喚石を用ない同時召喚に加え、上位精霊までも召喚できるギルド冒険者か……」


 言葉だけ聞くとだいぶ強いんだけど、強さと有能さは比例しないんだよねぇ。

 なんかある程度はうまく動いているようだけど、容疑者は逃げてるし、決定的な証拠は挙げられていない。

 エヴァンの石像も見つけられたのは良かったけど、別の問題の顕在化に繋がっただけ。そちらの解決方法なんて全く浮かばない。


 結局、この場での集まりはこれで解散となった。

 事件解決につながる何かが掴めればと思って盗聴をしたもののこの場での話題は俺だけでしたよ。一部、褒められてた感もあるけど、あんまり調子に乗らないようにその辺には蓋しておこう。


 その後は遅れてきたライザックと合流し、更なる調査に励んだ。

 エヴァンの発言もキチンと偽り無しと認められ、無罪放免に。信徒の方はエヴァンの石像を作った本人と分かっただけで、それ以上の事件との関連性や証拠に繋がる情報は見受けられなかった。

 そうやって何も事件が起こらないまま、事件解決に向けて何も進展しないまま、更に二週間が経過した。

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