第36話 事件の調査

 ティモシーがアルミ・ナミネを出てから一週間が経過した。その間に増えた石化被害者はゼロという事実が何を指しているのかはまだわからないが、街の中ではある噂が広まっていた。


「石化事件の犯人はティモシー神父だったのか?」


 これほどの大きな街で彼の不在に住民が気づけたのは奇しくも石化事件に対する精力的な貢献によるものだった。

 石化被害者を保護する役目を教会で請負い、更には石化被害者を一日に三人程度だったが治療をしていた。ただし、被治療者は協会に所属している信徒がほとんどだったがそれについての言及はされない。宗教家が自身と同じ神を崇める信徒を優先することに誰も疑問を抱かなかったからだ。

 だからこそ、信徒たちは今でもティモシーと石化事件との繋がりを否定している。逆に同時期に石像の消えた騎士エヴァンを槍玉にあげていた。


「騎士エヴァンの像が教会から消えている!石化を解除してやったのなら顔を見せてもいいはずだ!」


 こちらも騎士であるため、石化事件の調査に加わっていた。しかも、事件前からかなり模範的な騎士だったということもあり、街の中でも人気が高かったそうだ。

 だからこそ、信徒ではない街人はエヴァンの事件関与を否定している。

 軍もギルドも騎士エヴァンをこの一週間で探したが石像も死体も出ない。アンナが仕入れた情報によれば、事件に深く関わっているとして軍の方から指名手配を行う準備をしているとか。


 そうやって街人と信徒が犯人捜しで対立。バレンティン協会付近では街人や信徒の衝突で暴動に発展、双方がこれ以上争わないように騎士が配備される始末。

中々に面倒な事態へと発展していた。


 ちなみに、同じく事件に関わっていたとされるカローテ(ダーカス)は石化事件とはほぼ無関係。あの召喚石もいつも利用していた魔法屋から仕入れたとの事。ただし、件の魔法屋は見つからず、誰かの仕込みという事しかわからなかった。

 まぁ、今回の事件に無関係だったからと言ってお咎め無しとはならない。聴取の後、騎士に改めて拘束され、シュトラーゼンへ連行。以前にギルド冒険者を殺害して逃亡を図った事と、今回の事件で犯人に手を貸した容疑で投獄された。


 などなどと……こんな風に事件はゆっくりと収束傾向に入っていた。

 俺はライザックと共に調査を続行。ヒルダたちに加え、ヴァルキリーとドリアードも総動員して、犯人の痕跡を洗い出していた。


「おう。調査の方はどんな状況だ?」


 宿で調査結果をアナログ的にまとめていると、ノックもせずにライザックが入ってくる。乙女の個室にノック無しとは如何なものかとも思ったが、今はそんなことを指摘している場合ではないから開きかけた口を一旦閉じる。


「アルミ・ナミネ広すぎです。全部の石化被害ポイントを調査するのに一週間フルで使うとか意味が分かりません」


 シュトラーゼンとまではいかないモノのこの街もかなり広い。しかも、東西南北の至る場所で石化被害者が出ていたので再調査はかなりの時間を要した。


「それを一人で熟せるんだから羨ましい限りだよ」


 今まではギルドや軍が十数人をかけて調査していたのを人間一人で済むんだからな。

まさに召喚獣さまさまである。


「今、調査結果をまとめてます。個人的にはちょっと気になる所もあるんですけど、今で言うとこちらは収穫無しです。ライザックさんの方は?」

「石化被害者の証言もようやく聞き終えた。ただ、犯人に繋がる証言はほぼ無いに等しい」

「ほぼ?」


 両手を挙げるライザックに俺は聞き返す。


「証言のいくつかにエヴァンやティモシーの姿を見た奴がいた。だが、その二人が何かをしたから意識を失ったという証言はなかった」

「そういう意味ですか……」


 詳細としては、「目の前で話していた」などの証言は得られたもののその後の記憶が無いらしい。石化する直前にその二人から何かをされたという証言が取れればとも思ったのだが、無駄足だったようだ。


「で?お前さんの気になるところってのは?」


 俺はライザックにこの街の地図の一部を見せる。そして、地図上では家四件分にはなるであろう広い土地を指して尋ねる。


「ここって肥溜めですか?」


 俺が指さしているのは街の東側城壁近くの空き地っぽい空間。実際は屋根の付いた大きな井戸?らしく、井戸の中から少し糞尿の匂いがするとリーヴが言っていた。


「ああ。屎泥所(シデイショ)だな。こっちはシュトラーゼンとトイレの形状や勝手が違うだろ。そこは各家庭や施設の便器内に溜まった汚物を一か所に集めて処理するための施設だ」

「あぁ、なるほど」


 匂いが少ないって事は何かしらの方法で発酵させてんのかな?

 変な方向に思考がシフトする寸前にライザックが疑問符を浮かべる。


「それがどうしたんだ?」

「あぁ、いえ……。ここってあんまり人来ないですよね?」

「まぁ……ギルドの依頼が来ればやる奴はいる。シュトラーゼンで言う下水掃除と同じで不人気業務だが、その分賃金も割高だ。戦闘に自信のない野郎や討伐なんかの依頼が無い日の日銭稼ぎにはなってるな」

「いやぁ、実はリーヴからこの中に人の気配がすると報告がありまして」

「は?」


 ライザックの驚きもよくわかる。

 でも、マップ機能に表示されている灰色の丸はどう見ても人間だった。恐らくは石化された被害者が肥溜めに放り込まれている。


「屎泥所の中って事か?いや、あそこは外から流し込む方式だから……。おいおいまさか!」


 ライザックが否定をしようとした途中で俺の言葉に気づく。

 俺は驚く彼の顔を見ながら、ちょっと得意げに笑みを浮かべて立ち上がる。


「一応、軍とギルドに調査報告をしてから、確認しに行ってみませんか?」

「確認するのは良いが……どうするんだ?」

「え?」


 ライザックがそこで動きを止める。おいおい、ここはささっと確認に行くところでしょうに。


「どうするって屎泥所の中を探すんですよ」

「誰が?」


 その言葉だけで「それだけは嫌でござる」と言っているに等しい。

 まぁ、どれだけの深さなのかも知らないけど……。


「大丈夫ですよ。やるのは私です。言い出しっぺですしね」


 ある意味、お掃除メイドの本領発揮と行ったところだ。





 軍側からはジェラルドと数人の騎士、ギルド側からはアンナとウィングと見知らぬギルド冒険者数名が参加。皆が顔に布を巻いて集まっていた。

 それほど臭わないけど、気になる人は気になるんだろうか……。


「確かに……人の気配がするな」


 ウィングが屎泥所の中を見ながらそう呟く。しかし、騎士の方は感知系がいるにもかかわらず首を傾げていた。


「お前たちは何も感じないか?」

「はい。申し訳ありません」

「気にしなくていい。それで?ここに人の気配がすると?」


 ジェラルドは部下を叱ることなく、こちらに鋭い視線を向けてくる。

 だんだんと分かってきた事だが、あの鋭い視線は元々の顔つきが原因であって、意図して睨んでいるわけではないらしい。


「はい。恐らくは石化した人間が」


 説明をしながら屎泥所の石壁の上にジャンプする。

 なんでか騎士たちが興奮した感じの声を出したので不思議に思ったが、その答えはすぐにわかった。

 俺は後ろを振り向いてスカートを押さえ、騎士たちを睨みつける。


「短いスカートだからって下着を見ようとしないでください!」

「だったら、長いスカートを穿け」


 ごもっともです。

 ジェラルドの言葉に心の中で同意しつつ、俺は押さえていた手を離して何もないところから武器を呼び出す。


「さぁって……、お掃除メイドのマナさんの本領発揮ですよ~!」


 手にしたホウキをくるくると回し、チアリーディングのように体の周りを一周させる。同時に防具を変更。ゲーム内でのお掃除メイドの姿(ロングスカート)に戻ると、騎士たちから残念そうな声が聞こえてきた。


「お前ら……」


 声を出した若手の騎士に対し、ジェラルドは呆れた声を出す。


「んで?これからどうするつもりだい?」

「まさか溜まった汚泥を掘り返す気か?」


 アンナとライザックの言葉に俺は後ろ向きのまま、手でVサインを出して答える。


「みたいですね」


 ウィングがそれを通訳すると、アンナがさらに大声を上げた。


「召喚獣を呼んで、あの子らに探させるのかい!?」


 あの子らというワードに反応して、俺はホウキの回転を止めて、アンナの方に体をくるんと回転させる。


「そんな酷いことはしませんよ!あんな可愛い女の子たちに肥溜めの中に入れとか……鬼畜ですか!」

「じゃあ、どうやって探すつもりだい!まさかこの施設を壊すつもりじゃないだろうね!?」


 アンナの叫びに皆の足音が遠ざかる音が聞こえる。

 だから俺はクルリと肥溜めの方に体を戻す。


「そんなことしませんよ。汚泥の中から目標のモノを引き上げるだけです!」

「それをどうやるか聞いてるんだよ!」


 返事の代わりに俺はスキル名を唱える。


「『サモンエレメンタル・シルフィード』!!!」


 俺の前に現れる緑色の魔法陣。そこからくるくると風を纏って現れ出でたる風の上位精霊。緑色の体が透けた少女の形をしており、ポニテがふわりと揺れて俺の目の前でその動きを止める。


「シルフィード、この中から石化した人間を取り出してくれませんか?」


 俺が屎泥所の中を指さすとシルフィードは丸くした目のままそっちに目を向けてから俺に視線を戻す。そして、いつものような不機嫌そうな表情になり、キツイ視線に戻る。


「はぁ?アンタ、アタシを汚物処理の道具かなんかと勘違いしてんの?」

「お願いします。あの中にいる石化した人間を助けたいんです」

「チッ……長いこと精霊をやってるけど汚物の中から物を見つけろとか意味わかんないこと言いだしたマスターはアンタが初めてよ」

「え?シルフィードの初めて……私が貰っちゃいました?」

「ウッザッ!」


 憎まれ口を叩いてからシルフィードは汚泥の中に飛び込む。

 そして、汚泥が徐々に動き、中央付近で噴水のように汚らしいものをまき散らしながら“二体”の石像を宙に浮かべていた。恐らくは嫌がらせなんだろうけど、ウンだけに運よくこっちまで飛んでこかった。


「これ?」

「はい♪」


 シルフィードの確認に俺は笑顔で頷く。

 予想していた中でまたひと騒動ありそうなその石像はシルフィードと共に運ばれる。そして、呆けているジェラルドたちの目の前に無造作に置かれた。

 流石に石像からは鼻をもぐ様な異臭が放たれている。確かにこれはマスクが欲しい。


「これで終わり?」

「はい。ありがとうございました」

「次はキチンと暴れさせなさいよ!次同じようなことさせたらアンタをこの中に叩きこむわ」

「はいはい。わかりましたからさよ~なら~」

「あ!ちょっ!ま」


 シルフィードは文句を言い切ることなく、役目を終えて消える。

 そして、俺は異臭を放つ石像に向かって、もう一体の精霊を呼び出す。


「お次は~?『サモンエレメンタル・ウンディーネ』!」


 同じように蒼い魔法陣から現れる青く透き通った女性。ロングヘアで優し気なお姉さんのようにも見える。


「ウンディーネ、こちらの汚れた石像を綺麗に洗い流してください。あと、洗浄に使った水はそこの塀の向こうに飛ばしてくださいね」

「わかりました」


 ウンディーネの方は文句も言わずに手を動かして水を召喚。石像の周りを水が高速でグルグルと巡り、綺麗に洗い流してくれる。

 『サモンエレメンタル』は本来、各種属性の精霊を呼び出して攻撃させるスキル。広範囲かつ高威力でCTも初期スキルと比べてそこまで増加していないのが特徴。広範囲であることの弊害がある事を除いてかなり有用なプレイヤー攻撃スキルだ。

 なんで精霊に性格が付いているのかは知らないけど、こちらも汎用召喚獣のような設定なのかもしれない。


「ありがとうございます。ウンディーネ」

「また御用があればいつでもお呼びください」

「はい!」


 ウンディーネが消え、俺は綺麗になった石像を見て心の中でため息を漏らす。

 これ、どう考えればいいのやら…………。

 目の前にいる石像の一人。それは居なくなっていたエヴァンの石像。そして、もう一人は見知らぬ男ではあったものの信徒の服を着ていた。


 考えたくない可能性を一旦、頭の隅に追いやってジェラルドに向かう。


「さぁって、これで綺麗になりましたけど……。ジェラルドさん、一応確認ですけどこちらの石像はエヴァンさんで間違いないですよね?」


 俺は正直、一回しか見てないからうる覚え。

 しかし、ジェラルドの震える体を見るに記憶は合っていたようだ。


「なぜ……このような場所に?」

「それはご本人に聞いてみましょう」


 俺はホウキの柄を地面に打ち付けて声を出す。


「我が元へ戻れ『エイル』」


 別件で外に配置していたエイルを『呼び戻し』というスキルで俺の近くまで転移させる。


「エイル、こちらの石像を治療してください」

「うん!」

「『ヴァニッシュメント』」


 エイルの杖から放たれた光がエヴァンの石像に当たり、みるみるうちに肌が人間のモノへと戻っていく。そして、完全に人間に戻ったエヴァンはその場で地面に倒れ込んだ。


「う……ここは?」


 見た目の良さに合ったいい声のその男は焦点の定まらない目で周囲を見渡す。徐々に視界が開けてきたのか視線がしっかりと固定されると、ジェラルドの顔に向けたところで止まった。


「ジェラ……ルド様」

「エヴァン。大丈夫か?」

「申し訳ございません。なにが何だか……」


 駆け寄るジェラルドにエヴァンは頭を押さえて俯く。石化された人間に共通する事だが、回復直後は前後の記憶の混濁と体の筋肉が固まってしまって動きづらくなる。

 しかし、時間を置いて頭がすっきりとしてくると急に血相を変えてジェラルドの両肩を掴んだ。


「た、大変です!なにやらティモシー神父が妙な動きを!」


 エヴァンの口から飛び出た言葉は俺が一番考えたくないストーリーだった。

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