第35話 現実の厳しさ
アルミ・ナミネに戻り、軍施設へと連行された俺らは個別に身体検査を受けた。普通に男騎士の前で下着姿にされたけど、「イヤらしい事したら燃やしますね」と脅しを入れつつ身体検査を受け入れた。
その上で武器と手持ちの召喚石をすべて取り上げられ、個室へと押し込まれる。
妙に時間がかかり、椅子の上で呑気に舟を漕いでいると部屋のドアがギィと音を立てて開いた。
部屋の中に入ってきたのは顔も知らぬ騎士……ではなく、この南方軍のトップであるジェラルド。
その険しい顔を認識した瞬間に俺の眠気が吹き飛び、背筋がグインと伸びる。
「おやおや、軍のトップであるジェラルドさんのお出ましとは驚きですね。まさか、一介のブロンズランクギルド冒険者が疑われているのですか?」
「ふてぶてしさだけはプラチナランクだな」
そう言いながら、ジェラルドは対面の椅子に腰かける。そして、持っていた紙を机の上に置いて腕を組み、俺の目を睨みつけた。
「石化の被害者がどんどんと増えているせいで人手が足りんだけだ。妙な勘繰りをするな」
ジェラルドのその言葉に俺はリアルに首を傾げる。
そんな俺の気味の悪い行動にジェラルドは目を細め、一度置いた紙を手に取る。
「そういう訳で時間が惜しい。こちらの問いに対し、正確な情報のみを答えろ」
ジェラルドからの質問はそれほど答えにくいモノはなかった。
・デスマスクレオンとの交戦開始場所。
・デスマスクレオンとの交戦内容。
・デスマスクレオンについての知識(知らんぷり)。
・カタリナとの合流後の流れ
・カローテについて
「カローテさんの事、知っていたんですか?」
カローテがシュトラーゼンで指名手配されているダーカスと同一人物だった件についてだ。まさか、ジェラルドの方から切り出してくるとは思わなかった。カローテの持つ召喚石に詳しかったのもそのせいだろう。
「知っていたというのは語弊がある。シュトラーゼンから来た騎士から先ほどその情報が展開された」
随分と遅い情報共有だな。
「軍の情報伝達はそんなにも遅いんですか?」
「そこに関しては言い返す気もない」
「だから、ジェラルドさんが出張ってきたんですか。内部に裏切者がいると踏んで」
「そのような事実はない」
まったく表情に変化はない。だけど、俺はもう一歩踏み込んで尋ねる。
「今回のデスマスクレオンについて。ジェラルドさんは事件との関連性を感じましたか?」
「事件との関連は不明だ。しかし、無視はできん」
「では、カローテさんが犯人だと?」
「無視できないというだけで、あの男が黒幕であると断言するほどの証拠ではないだろう」
そう言うと、ジェラルドはメモしていた紙を自分の腰袋に収める。あれもトラベルポーチの一種なのかもな。
トラベルポーチとは猫型ロボットのポケット並みに優秀な運搬魔法のかかったマジックアイテム。荷馬車程度の荷物量を運べるという中級者以上のギルド冒険者ご用達のものでもある。
「話は以上だ。今回の連行は事情聴取のみのものだから帰っていい。外までは騎士に案内させる。しばしこの部屋で待機していろ」
部屋を出て行こうとするジェラルドに俺は後ろから声をかける。
「もし事件解決の糸口を掴みたいのであれば、石化していたエヴァンさんの事を調べてみてください」
「……どういう意味だ?」
ジェラルドは振り返らずに声だけ出す。
「あれは偽物です。石化した人間ではなく、ただの石です」
石化しても人間であれば、マップ機能によって灰色の丸が表示される。しかし、あの場にあった石像にマップが反応していなかった。そこに気づいたエイルには感謝するばかりだ。
俺が告げた言葉にジェラルドは「そうか」とだけ口にして、部屋を出て行った。
俺の言葉を聞いて、僅かな間はあったもののジェラルドに慌てた様子が無かった。
既に気づいていた?
それともやっぱり仕掛け人の方か?
「マナ殿、聴取は終わりましたのでご退室を。門までご案内します」
疑いを向ける俺に考え込む暇は与えられず、入ってきた騎士に促されるままに軍の敷地を出ることになった。
軍の敷地を出てすぐに見知った顔が闇夜の中から現れた。
「お疲れさん」
「ライザックさん、どうして?」
「ウィング経由でお前さんが軍に連行されたって聞いてな。迎えに来てやったんだよ」
迎えに来たのがライザックだったわけだ。
「わざわざありがとうございます。それで依頼の方は?」
確かアンナに言われてギルドで依頼内容の変更を行っていたはず。
「その辺りの話もある。近くに別の宿を取ってるからそこで話をしよう」
「わかりました」
ライザックに誘われるがままに宿に入る。そこにはウィング、タオ、アンナ、カタリナの四人が既に集まっていた。
「無事に戻ってこれたようだね」
アンナはそう言うと俺に近づいてきて、ギュッと抱きしめてくる。
「えっと……どういうことなんでしょうか?」
理解の追い付いていない俺は身近にいたタオに説明を求めると、タオの口から今回の襲撃の一部が明かされる。
つまりはこうだ。
アンナがカローテを焚きつけた犯人だった。
俺の存在を教え、シュトラーゼンに怒られて帰るという体を装って、カローテの事を打ち上げに行くという嘘でアイツを利用した。
理由は簡単。カローテを捕縛させることで、アルミ・ナミネで指名手配書を握りつぶした犯人を炙り出す為。ついでに俺をこの街に留めておく為。
「まさかの身内が元凶」
「事件とは関わりが無かったんだけど、そっちの方はそっちの方で片づけとかなきゃいけなかったんでね」
「ここぞとばかりに利用したというわけですか……」
肩を落としてアンナを睨むも、悪びれもせずライザックを指さす。
「ちなみに、この計画の発案者はそっちだよ」
「まさかの身内に敵!?」
「敵じゃない。よく考えてみろ。何の理由もなしにブロンズランクのギルド冒険者をこの危ない場所に留めて置けるものか。石化解呪が上手くいかなかった以上、ここに駐在させておく理由がない。だから、アルミ・ナミネを出ようとしたら襲撃され、軍に連行された。シュトラーゼンのギルドとしては貴重なギルド員を失いたくはないし、事件の事と無関係かは調査中。結果が出次第、今後の動きを決めるとして保留ってところまで持って行ったんだ。むしろ、感謝して欲しいくらいだな」
「そこに関しては本当にありがとうございます」
話を聞く限り、俺からライザックに告げる言葉は感謝しかない。
ランクの低い俺の処遇をかなり真面目に考えてくれた結果だし、実際にこの街に留まれている。ただ、詳細部がだいぶ俺任せになってた気もするけど、そこはあえて触れないでおこう。
「え、じゃあカローテがデスマスクレオンの召喚石を持ってたのも何かの策だったんですか?」
「そこは正直、アタシらも驚いている。元々、アイツが持っていた召喚石はアンタと比べるとだいぶ弱っちいモノばかりだった。だから、夜襲を受けても怪我はしないと踏んでいたのさ」
「え?」
アンナの言葉に俺は本気で驚く。
じゃあ、カローテに召喚石を渡したのは今回の事件の黒幕側ってことだよな?
ってことは……。
「アンナさん。まさかとは思いますけど……。ティモシーさんってまだアルミ・ナミネにいます?」
俺の言葉にアンナは渋い顔をする。
それが答えだと言わんばかりに嫌な予感が俺の頭の中から消えてくれない。そして、この場に生まれた静寂を破ったのはウィングだった。
「もうこの街を出たよ」
「え?」
このタイミングでこの街を離れた?
いや、それよりも……。
「えっと……ギルド側で監視をしていたんじゃ?」
「監視はしていたよ。けど、こっちがしっぽを掴む前に本国からの帰還命令に乗っかって街を出て行ったのさ」
「このタイミングで?」
疑われているという認識はなかったのか?それとも疑われているからこその一手か……。
「まさか、カローテさんをけしかけさせるために二重登録を?魔力の変質も織り込み済みで?」
「詳細は作戦を立てた奴にしかわかんないけどね。もしティモシーが主犯だった場合、アルミ・ナミネの軍もギルドも相手の手の上で踊らされていたって事になるさね」
アンナの口から出て来る苦々しい言葉にライザックも乗っかる。
「恐らくだがシュトラーゼンギルドに依頼を向けたのも策の一つだろうな。こっちのギルドに入り浸っていればこの事件の捜査に加わっていたカローテと嫌でも顔を合わせることになる」
「つまり奴が犯人だとすれば、この事件は最初から仕組まれていて、最初から逃げる算段が為されていて、こっちが気づいた時にはすべてが終わっていた。正直言って、ここまで綺麗にされるとお手上げだよ」
アンナの言葉に俺は目の前が揺れるような感覚を覚える。
え?これで終わり?
何にもしてないよ?俺、この街に来てから何にも……。
混乱する俺にウィングが近づいてきて、俺の頬を叩く。ピシャリと部屋の中に音が響き、痛みが遅れてやってきた。ジンジンと頬がしびれたと同時に俺はウィングにビンタされたと気づいた。
「目ェ覚ませ。まさかお前、夢の世界に逃げてんじゃねぇよな」
「ウィング……」
「確かにこの世界はオレらのいた世界とは違う世界だ」
ウィングの言葉を受けて、俺がライザックに視線を向けると彼は申し訳なさそうに俯いた。
そういえば、事情は知っていたんだっけ。
「オレもタオも勘違いしてた。だから仲間を失った。お前も現在進行形で勘違いしている。目を覚ませ!この世界は異世界であって、フィクションじゃない!オレらが生きてきた現実世界と同じだ!」
その言葉はジーナとコリスを失った時に自分に言い聞かせていた言葉だ。
だからこそ、死者を少なくするために俺が囮に出たんだ。
どうせ犯人は犯行を続けるだろうから、そこを突いて捕まえればいいって思ってて……。
え?間違ってるのか?間違ってたのか?
呆けている俺の胸ぐらを掴み、なおもウィングは“優しい言葉”をかけてくる。俺の目を覚ますような強烈なモノを。
「創作物はな!区切りがあるから面白いんだ!事件が起これば、最後にはどうであれ犯人が捕まる!事件の全容は解明され、おおむね円満に収束する!だからみんな憧れるんだ!そんな世界があると信じたいから!」
今、ウィングが言っている言葉は俺が前の世界にいる時に得意げに話していた事だ。
学生の時に話していた斜に構えた言葉。だけど、今はその厭味ったらしい言葉が深く俺の胸をえぐる。
「くっそつまんねぇことにオレらの生きてる現実様はそうしてくれねぇんだよ!こっちが上手く動いているつもりでも、こっちの意図通りに犯人が動いてくれるわけが無いんだ!」
「ウィング……もうやめな」
アンナがウィングの腕を掴んで制止する。
ウィングは俺から手を離して距離を取った。
俺は足の力が急に抜け、地面に座り込む。どんなに現実から目を逸らしたくても目の前は真っ暗にならない。
「ティモシーが犯人ってのはあくまでアタシらが立てた仮説の一つだ。アイツがこの街を出て行ったから被害が止まるなんて保証はどこにもない。明日からも事件の調査は続くし、夜の見回りも当然行う。容疑者一人を取り逃がした程度で自信無くして、足止めてんじゃないよ。アタシは本なんぞ読まない人間だから知らないけどね。文字なんぞ見ている暇があったら手と足を動かしな」
そう言って、この場は締めくくられた。
一人一人、部屋を出て行き、俺もその波に乗って部屋を出る。そして、用意してくれていた寝部屋に移動して、刺激臭の漂うベッドに倒れ込んだ。
ジーナとコリスを失ってから、この世界に対する意識が変わったと思っていた。
この世界の魔法を得て、強くなれたと実感し、変われたと思っていた。
だけど、何も変わってないじゃないか。
なんで前の世界で出来ていて、異世界に渡った程度で勘違いをしてんだよ俺は……。いつまで勘違いし続けてるんだよ俺は……。
この世界を都合のいいように時計の針が進む世界だと誤認していた。
大好きな小説に登場する主人公や登場人物のように上手くやれると勘違いした。
ここは“現実世界(リアル)”だ。俺が汗水垂らして生きるために金を稼いでいたあのコンクリートジャングルと同じ場所だ。
間違っても趣味でやっていたゲーム世界のような“幻想世界(フィクション)”じゃないし、爽快感溢れる“創作世界(フィクション)”でもない。
努力をしても、実を結ぶとは限らない。
上手くやろうとしても上手くいかない。
事件を起こした犯人は一部しか捕まらない。
居なくなった人間は運が良くないと見つからない。
いつの間にか隣人が亡くなっていて、我に帰れば目の前で我が子が死んでいる。
悪意なんてそこら中にあるけど、善意も同じくらいそこら中にある。
怠惰に生きる人間もいれば、精力的に人生を謳歌する奴もいる。
そんな当たり前な事を“異世界に転移した程度の事”で俺は忘れ去っていた。
だからこそ、二人は死んだ。しかし、その死をきっかけにこの世界を命のある世界だと認識した。
だからこそ、一番疑わしい人物を逃した。浮ついた気持ちなんて何一つ捨てられていなかった。
絶えず頭の中で繰り返されるおびただしいほどの後悔と自責の言葉。
それらは俺が疲れ果てて眠りにつくまで、頭の中に響き渡った。
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