第34話 イベント戦終了

「はい。デスマスクレオンの召喚石です。とりあえず、カタリナさんに預けておきますね」

「あ、うん……。え、なんで?」


 出会って十分も経ってないはずなのに普通に疑問を持たれた。


「え、だって私が持ってたら犯人かもしれないって怪しまれる可能性がありますけど、アルミ・ナミネのプラチナランク冒険者様が持っていれば…おぉ!回収してくれたのか!って話になるじゃないですか」

「プラチナランク冒険者って……アンナさんからどこまで聞いてたの?え?話す時間あったの?」

「私は直接聞いてませんけど、仕事のできる召喚獣がいるのでそちらを経由して」


 実際の目的が何だったかは知らないけど、リーヴのおかげでカタリナを事前に知ることができたのは大きかった。


「本当になんで疑われてたの?私」

「だから様式美ですって」


 意味不明な説明に大きなため息を吐くだけのカタリナ。

 心中察するけど、同情はしない。さっさと助けに来ればよかったものを……。

 ふと、頭の中に疑問がよぎる。


「逆に聞きますけどカタリナさんはなんですぐに助けに来てくれなかったんですか?」


 俺はカタリナに質問をしながら、バッグから縄を取り出す。そして、カローテと名乗る男を昔ネタで覚えた亀甲縛りで締め上げる作業に移行する。

 カタリナはそんな俺を見下ろしながら、俺の疑問に答えた。


「言うなって言われてることだからアンナさんに告げ口しないでおいてよ。助ける前にマナって奴の実力を測っといてって頼まれてたの」

「それでしばらく様子見ですか」

「避けてたから実力はそれなりにあると思ったけど、自分の召喚獣は全然召喚しないし。あれだけ見てると、自分で召喚した召喚獣と戯れているようにも見えてね」

「逆に疑われてるじゃないですか私」


 避けつつ待っていたのがアダになるとは……。


「じゃあ、私が攻撃を始めたから助けに現れたんですか?」

「まぁね。それだけじゃ判断のしようが無かったけど、とりあえずアンナさんに頼まれてたし。それにアナタの魔法は当たってたけどほとんどダメージになってなさそうだったから」


 まぁ……デスマスクレオンに“光属性”、“風属性”を除く魔法攻撃はあんま意味ないからな。

 魔法防御力が高いのではなく、属性に対して耐性を持っているだけ。だから、そんなに強くない。


「まぁ、私の魔法も当たった時の衝撃で動きが止まったくらいで、ほとんど傷ついてなかったから……。デスマスクレオンなんて初めて戦ったけど炎はあんまり効かないのかな?」

「そうかもしれませんね」


 知ってるけど答えは言わない。これ以上は疑われたくないし、いずれは辿り着ける程度の答えだ。

 ちょっと不格好にも見えるが、縛り作業終了。ふぅ……いい汗かいた。


「でも、カローテが主犯?そういう風には見えないけど」

「まぁ、運が悪ければ主犯にされるんじゃないですか?」

「え?」


 カタリナの疑問符は近づいてきていた灯りと一人の老騎士の声によって阻まれる。


「そこにいる冒険者三名!南方騎士団団長ジェラルド・グレイだ!敵性生物の姿が消えたように見えたが何があったか説明をしてくれ!」


 出張ってきたのは昼に会った老騎士。

 ちゃんと兜を被って、馬に乗っている騎士姿。カッコイイ姿なのに昼間にコケにされた恨みのせいか認めたくない自分もいる。

 ジェラルドは馬から降りて数人の部下と共に近づいてくる。


「カタリナさんお願いします」

「え?私?」

「私は昼間、あの人にこっぴどく怒られているので、多分信じてもらえません」

「えぇぇ?」


 ちょっと嫌そうな声を出しつつ、カタリナは俺らの前に出てジェラルドと向き合う。

 ジェラルドは兜を脱ぎ、部下の持つたいまつに照らされその厳格なお顔が強調される。


「その仮面……、ギルドのカタリナか」

「はい」

「後ろの二人は……、一人は昼間の不届き者か」

「不届き者じゃありません~!マナって言う可愛らしい名前があ~り~ま~す~!」


 不満な感情をたっぷり込めてジェラルドに言い返す。しかし、彼は俺の不満なんぞには意も介さず、もう一人の縛られた男に目を向けた。


「そこの男は?ん?縛られているのか?」

「私も半信半疑ですが、こちらのカローテがさきほどここで私とマナが戦闘していた敵性生物を召喚した張本人です」

「なに?」


 ジェラルドはカタリナの言葉に眉をひそめる。


「カローテと言えば、ギルドの者だろう。まさかこんな街の傍で喧嘩でもしていたとでも言うのか?」

「いえ。彼が呼び出した召喚獣は“デスマスクレオン”。西の砂漠に住む餌を“石化させて喰らうモンスター”です」


 周囲の騎士たちがカタリナの説明に驚きを見せる。しかし、ジェラルドの方は静かにカタリナを睨んでいた。


「それは本当か?その男が本当にデスマスクレオンを呼び出したのか?」

「そのはずです。現に彼が気絶したと同時にデスマスクレオンはその姿を消しました」

「俄かには信じられんな」


 急にジェラルドは不信感を表す。


「何が信じられないんですか?」


 俺が口を挟むと強めの圧が飛んできた。怖くない怖くない。

 さっとカタリナの背中に隠れると、彼女が空気を読んで俺の言葉を繰り返してくれる。


「何が信じられないんですか?」

「デスマスクレオンは大型の魔物だ。あれだけの巨大な生物を召喚するのにそこの男一人の魔力で賄っていたとは到底思えん」


 召喚石の消費魔力システムはあんまりわかってないけど、質量に比例するのか?

 っつーか、カタリナの言葉には素直に答えるのね。


「カタリナさん、召喚石って召喚対象の質量によって消費魔力が変わるんですか?」

「それ……私よりもマナの方が詳しいでしょ」

「私の持ってる召喚獣たちは大きさがほぼ統一されているのでそんな詳しい部分は知りません」

「なんでそんな自信満々に……。えっと……、ジェラルドさん。召喚石使用に伴う消費魔力って出現する魔物の大きさに比例するんですか?」


 カタリナの言葉にジェラルドは思案顔のまま答える。


「ああ。大雑把な枠組みではあるが、この男が使っているダークメタル・マンティスとは比べ物にならんほどの魔力を求められるはずだ」

「召喚石って複数人による召喚も出来ましたよね」

「ああ。だが、もしその中核になったのならこの場にいるのはおかしい」


 へぇ……。“普通に”疑ってるな。

 昼間に会った時はこの爺さんも主犯の一人かと思ってたけど……もしかして違うのか?

 けど、ダメマンティスの事は知っている。ギルド冒険者の情報をそこまで把握しているって事には違和感を覚える。


「お前たち、事件の重要参考人かもれしれんこの男を連行しろ」

「「「ハッ!」」」


 騎士の数名が気絶したカローテを持ち上げて運ぶ。

 ジェラルドは部下の動きを目で追ってから、カタリナの目の前にまで歩いて来た。その上でその背中に隠れていた俺をひと睨みしてくる。

 え?なに?


「カタリナとそこのも事情を話してもらうため連行する」


 “そこの”って……。

 けど、カタリナもなんだ。事情を聞くだけならこの場でもいい気がするけど……。


「事情を聞くだけならこの場で話してもいいですよ」

「先ほどの敵性生物が召喚獣であるならば、お前たちも容疑者の一人だ。そのくらいは理解して欲しいモノだな」


 つまり犯人を逃がすつもりは無いって事ね。

 こっちの言葉だけじゃ信用できないのも頷ける。こう考えるとまともな指揮官なんだよな。


「お前たち!カローテの手荷物を全て押収しろ。特に召喚石はデスマスクレオンの可能性が高い。今回の事件との関わりがあるかもしれない大事な証拠品だ」

「あの~」

「どうしたカタリナ」

「これ……」


 カタリナが召喚石を差し出す。

 それを見てジェラルドは目を剥いた。


「カタリナ、この召喚石は?」

「デスマスクレオンの召喚石です」

「先に回収していたという事か」

「と言いますか、召喚主の元に戻らなかったので」

「どういう意味だ?デスマスクレオンほどの大型魔物をお前が殺したのか?」


 さらっと俺の存在が掻き消えていた。

 倒したのは俺でもないけど、そういう無視はいくない。


「いえいえいえ!私一人でそんな事はできません!やったのはこちらのマナの……え、協力者?で、カローテの方を狙撃して気絶させてました」

「召喚主の方を?」


 そこでジェラルドの険しい目がこちらに向く。

 負けん気と睨み返しては見るモノの爺さんに睨まれるのは本能的に怖いと思える。なので、俺は露骨に顔を逸らすことしかできない。


「どうしてカローテがデスマスクレオンの召喚主だと確信した?」

「私がデスマスクレオンとの交戦中に、私を見張っていた方々がいました。そのうちの一人はカタリナさん。もう一人がカローテさんです」

「それだけであの男が召喚主とは断定できないだろう。まさか、気絶させたら運よくデスマスクレオンが消えたというわけではあるまい」


 ん?

 今のジェラルドの言葉に違和感を覚える。


「召喚獣の操作範囲内にいたのはその二人だけです。カタリナさんの方はアルミ・ナミネの現状を慮ってくれたアンナさんが近郊にいる間だけ護衛に寄越したそうです」

「なるほど……。消去法でもう一人の方が召喚主だと考えたわけだ」

「はい」


 俺の説明におかしなところは無いはず。だけど、ジェラルドは何やら考え込んでいる。

 しかも、こっちを睨みつけながら……。


「貴様の協力者とやらを今すぐ連絡を取ってこの場に呼べ。そいつにも話を聞く」

「え~」

「容疑を掛けられているという立場を忘れるな。非協力的であれば、拘束も考えるが」


 拷問とかいう言葉が出てこなくて良かった。

 俺は観念して天高く両手を挙げる。そして、一秒だけ目を閉じてクワッと顔を強張らせる。


「リーヴ~!!!カッマ~ア~ン!」


 ジェラルドもそばに居たカタリナも急な大声に驚き、耳を塞ぐ。

 二人の意識が俺の大声に向いている間にリーヴが音も無く、ジェラルドの背後を取った。


「リーヴ!一応、注意しておきますけど大人しくしててくださいね。今、我々は疑われている立場だそうなので」

「はい♪わかりました」


 リーヴが声を出すと、ジェラルドは一瞬でその場から消え、少し離れた場所で剣に手を掛けていた。その瞳には警戒心しか読み取れない。


「昼間に連れていたのとは異なる亜人か……。まさか、私の領域にこうも容易く入ってくるとは……」

「申し訳ありません。マスターの一大事だと思いましたので……。でもまあ、威嚇も攻撃もしていないのでご安心ください」


 ニコッと笑みを浮かべるリーヴに対し、ジェラルドは険しい顔を更に強める。

 変な演出したせいで余計な疑いがかけられてそう……。


「ジェラルド軍団長」

「どうした?」

「カローテの所持品押収および連行準備整いました。その二人……いえ、三人に対しても拘束をしますか?」


 ジェラルドは俺の方をチラッと睨んでから、騎士に視線を戻す。


「この三人に対しては不要だ。事件に関わっている可能性があるため、事情聴取を行うだけだ。それに今は余計な事をしてギルドと揉めている場合でもない」

「承知致しました」


 ギルドと揉めている場合じゃない?

 いや、それよりも……。


「カタリナ殿、それと……」

「私はマナ、こちらはリーヴです」

「マナ殿、リーヴ殿も拘束はしませんが、同行中は一人に対し、騎士二名が付きます。ご容赦ください」

「わかりました」

「はーい!」

「は~い♪」


 カタリナは真面目に、俺とリーヴは笑顔で元気よく返事をした。

 騎士の口元に苦笑いが一瞬見えたのは気にしない。


 連行と言っても拘束が無いので無言のまま行軍を続けるだけとなった。

 カタリナとのお喋りも楽しみたかったけど、今後の事を考えてウィングとタオにメッセージを送る。


俺『アルミ・ナミネの外で戦闘したった。騎士に拘束されて連行中だう』

ウィング『は?』

タオ『え?なんで?』


 二人とも、意味が分からないようなのでもう少し書き足す。


俺『カローテっていう奴がデスマスクレオンを召喚した』

ウィング『カローテが?』

タオ『デスマスクレオンってゲームのボスと同じ?』

俺『そうそう』

ウィング『倒せたのか?強さはゲームと同じか?』

俺『強さはよくわかんない 召喚主をリーヴが射抜いたから』

ウィング『カローテを殺したのか?』

俺『気絶させただけ』

タオ『デスマスクレオンってもしかして事件と関係ある?』

ウィング『そういえば石化付与のブレス使ってたな』

タオ『じゃあカローテが犯人?』

俺『関係ないと思いますよ』


 偶然ではないとは思うけど、事件との直接的な関わりはないだろう。


タオ『連行って事は南方軍本部かな?』

ウィング『だろうな まさか犯人にされてないだろうな』

俺『それはない というか予想と違った』

ウィング『は?』

タオ『は?』


 カローテをけしかけて、俺やその仲間っぽいのを犯人に仕立て上げる気だと思ってた。けど、そんな力技をジェラルドはこの場でしなかった。

 まぁ、取り調べの際にやってくるかもしれないから油断はできないけど……。


 気になるのは昼間に出会った頃とは明らかに俺に向ける視線が異なっている。噓つきに向ける視線じゃないし、俺の言葉を素直に受け取って質問をしていた。


 リーヴの挑発に対してもそうだ。

 反射的に腕くらいは切り落とされる覚悟をしていたが、リーヴは無傷。距離を取ってからも警戒はしていたがその程度。

 リーヴにはアルミ・ナミネで人目につくような行動を取らせていない。自分勝手に動いていたみたいだけど、隠密行動を止めてまで自分のやりたい事を優先するような娘ではないと信じている。


 違和感は違和感のまま取り残され、俺らはなんの問題も起きぬままに南方軍駐屯地・本部棟へと足を踏み入れた。

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