第33話 敵との遭遇


 “人は失敗を積み重ねる生き物である”


 俺が世話になった大学の恩師の言葉だ。

 だから、「実験に失敗してもそこから学び、やり直せばいい」と言って、何度も何度もやり直しを要求された。

 あの時はふざけやがってと心の中で反発していたが、今ならあの時のように教授権限でやり直しを強制されたい。


 そんな風に心の中で感傷に浸りつつ、俺は迫りくる攻撃を避け続ける。


 風を切る音が鳴り、俺の立っていた場所に“何か”が当たる。

 攻撃を避けては、立ち止まり、真っ暗闇の中で僅かに見える輪郭だけがぼやけた何かの動きに集中してまた避ける。

 ギリギリまで動かないのは攻撃目標を限定させ、なおかつ体力の消費を抑えるため。


 そして、敵はマップ上で300mは先におり、足を止めている。


 アルミ・ナミネを出発した日の夜。俺は見えない敵の見えない攻撃を避け続けるという意味不明な作業を強いられていた。

 ちなみにヒルダは一番最初の攻撃から俺を守って掴まり、連れ去られたので『帰還命令』にて返してしまった。

 クソゥ、あのタイミングでヴァルキリーとか呼べたのに惜しい事をした。さぁ!教授、俺にやり直しの権利を!


 馬鹿みたいな心の中の一人芝居をやめて話を元に戻そう。


 この作業、一番めんどいのは敵の姿が見えない事ではない。追加で召喚獣を呼べない事だ。

 ゲーム内での召喚スキルは通常の魔法スキルと同じで足を止める必要がある。しかも、詠唱が無くても一秒~二秒の間はエフェクトの問題で動けなくなる。この辺の仕様は異世界に来ても変わっていない。

 相手の攻撃間隔はその時間よりも長いのだが、間を置かずに連続攻撃できると判明したわけじゃないから冒険はできない。しかも、攻撃が闇夜の中の揺らぎを視認しないと察知できない類のモノなのでそれなりに集中力もいる。


 召喚獣を呼べない俺は攻勢に回る事が出来ず、回避に専念すると自動回復機能の付いたこの体は永遠に避け続けることができる。まさに無限ループ(さじ加減は己の意思)!


 ってかさ!その日の夜に襲う!?

 俺の後ろにはアルミ・ナミネの夜の光がまだ見える。なんなら街を囲む外壁でさえ普通に見えている。

 ってことは、戦闘中に魔法の光が見えたら監視している騎士が気づく。そんなことをされれば、援軍を呼ばれるしこの攻撃を仕掛けた犯人にとってはデメリットしかないはず。

 なのにこのタイミングで襲われるハメになった。意味が分からん。


 攻撃を避けつつ、マップに視線を移すと敵性マークの後方150mに一人。俺の後方250m、アルミ・ナミネ側に一人。そのどれでもない東側に潜んでいるのが一人。三人目はスカウター系なのか、リーヴの『エネミーサーチ』の効果時間中のみでしか感知できなかった。


 普通に考えれば敵性マークの後ろにいるのが犯人なんだろうけど、他の二人も汎用召喚獣の操作範囲内(500m)にいる。さらに、俺の後ろ側にいる奴も戦闘音は聞こえているはずだが、なかなか近づいてこない。

 アンナが気を利かせて護衛を寄こしているらしいが、周りには三人もいるのにどれも動かないのですごく不安になる。


 合図が無いからリーヴも未だ三人のどれが犯人か見つけていないのだろうし、俺が見えない敵を中途半端に倒してしまえば召喚石は敵の手元に戻ってしまう。だから、俺は攻撃ができず、避ける作業に没頭する羽目になった。



 時間にして三十分。元の世界で言えば既に体力が尽きて、死んでいるだろう。今はHPの自動回復機能に感謝をし、俺は回避作業を続ける。

 しかし、その後も十分経過したが周りの三方に動きは無し。いつまで続ければいいかわからないこの作業に嫌気がさし、気の短い俺は攻撃に合わせて攻撃をしてしまう。


「『サモンフレア』!」


 サモナー系の職が一番初めに覚えるであろう属性術。術者の周辺360°全体に炎を撒く範囲系スキル。ソロプレイでは多くの敵を巻き込めるため重宝するが、レイドを組んでいる時は周りのプレイヤーの位置に気を付けないと仲間を攻撃してしまう事になる。それで何度、怒られた事か……。


 俺の発動したスキルによって炎が出現し、相手の攻撃とタイミングよくぶつかった。それと同時に相手の見えなかった体がはっきりくっきりと見えるようになる。

 長い舌、その遥か後方にいるカメレオンのようなナニカ……。暗闇なのでキチンと見えたわけじゃないけど、知ってる気がする……?


 俺は目の前で動きを止めたデカい舌の傍を駆け抜け、俺は姿を見せたモンスターの元へと走る。

 モンスターの舌も俺のスタートに一秒くらい遅れて本体の元へと帰っていく。


 再度あの舌が発射されるまでに何とか近づこうと、俺は足に力を入れ、術名を唱える。


「『フェイク・パワード』!」


 この世界に来て初めて覚えたこの世界由来の魔法。

体の周りに魔力で編まれた筋肉を纏う肉体補助術。純粋に肉体を強化する『パワード』と異なり、外部筋肉のような役割で無理やり身体能力を上げる魔法だ。

体への負担は『パワード』の一.五倍、最大強化率は『パワード』の六十%という劣化品。


 劣化品とは言えども肉体強化。魔力の糸に意識を通し、俺は踏み込む足の動作を補助する。普段と比べれば遥かに強化された筋力で大地を踏み抜き、一気に敵との距離を詰めた。


 カメレオンも徐々に姿を消し始めているが、足が動く気配はない。


 姿を消す寸前に俺は敵の目前にまで到達し、大きく腕を振るってコンソールをタッチ。アイテム欄からホウキを取り出して、握りしめる。

 振りかぶった腕はそのままに、まだ消えていない後ろ足に向けてホウキを振り下ろした。


 しかし、相手も生き物。何もせずに攻撃を受けてくれるはずもなく跳躍。一瞬で俺の周りを砂ぼこりに変え、逃げてしまった。


「まぁ、ゲームみたいに姿を消している間は動かないとかそう言うのはありませんよね」


 こぼした愚痴は誰にも届かない。

 はぁ……と軽く溜息を吐いてからホウキの柄を肩に乗せる。


 恐らく敵は“デスマスクレオン”。白い仮面を顔に付けた大型モンスター。

 ゲーム内では順当に進めれば、八七階層にて初めて遭遇する“姿を消すボス敵”だ。

 こちらの攻撃に当たると保護色が消え、その後数十秒は消えることが出来ない。特筆すべきところはそこだけで後は石化対策をして、レベルを十分に上げていれば問題ないというレベルの敵。

 範囲攻撃の『ペトロブレス』も前方広範囲に撒かれるが、後ろに回ってしまえば簡単に回避できる。


「さてさて」


 俺はここで来ない助けを待つことを本格的にやめる。

 アンナの言う助けが来ているはずだが、周りの三つに動きが無さすぎる。一つはシュトラーゼンからの付き合いだから仕方がないが、あとの二つは敵として判断して動こう。


 俺はニンマリと笑みを浮かべて、デスマスクレオンのいるであろう方向に視線を向ける。そして、イベント時のように声を出しながらホウキを振り下ろす。


「光の精霊~!バァーンッってやっちゃいますよ~!『サモンフラッシュ』」


 サモナー系のスキルの中で最も狭い範囲攻撃。撃ち出す方向と攻撃判定が一秒以下という扱いづらいと有名なスキルを発動。

 目の前に光球を出現させ炸裂させる術なのだが、いかんせん範囲が狭い。他の魔法職にあるような単体攻撃魔法の射出でもなく、出現した場所で炸裂してしまう意味不明な術。

 それを“誰にも当たらないところ”で発動した。


 眩く弾ける光球は単純に目印。

 アルミ・ナミネの城壁警護をしている騎士にも今の光は見えているはず。


 これで敵さんに時間制限が付く。アルミ・ナミネからの応援が来る前に俺を片付けなきゃいけなくなったはずだ。


 再度、俺は敵から少し距離を取って走り回る。舌の攻撃に合わせ回避、もしくは再使用可能(CT:三八秒)となったタイミングで『サモンフラッシュ』を使い続ける。

 攻撃が防御として扱えるのは現実世界での強みだな。


 そうやって動きを見せると、動いていなかった二つが動き出す。

 一つはゆっくりと、もう一つはかなりの速度で近づいてきた。


 暗闇の中、近づいてくる黒い影。

 戦闘をしているところに割り込んできたソイツは高く跳躍するとデスマスクレオンへと攻撃を仕掛けた。


「『フレアトルネード』」


 暗闇の中から炎の竜巻が斜め下方向に向かって放たれる。

 その攻撃は的確に敵の頭に直撃し、悶絶させることに成功した。


「うわお!エグイですね」


 んー、今の味方に向けて放つ攻撃か?

 属性耐性的にはほとんどダメージ無いはずだけど、自分で呼び出した召喚獣にあんな攻撃を出せる胆力があったら恐ろしいな。


 地面に着地し、近づいてきた黒い影。

 その姿がだんだんと見えるようになってくると、こちらも仮面を付けていた。めちゃくちゃ怪しい!


「近づいてきたら攻撃しますよ」


 俺は威嚇のためにほうきを構えてそう言うと、彼女は歩くのをやめて声を出す。


「待って。私は敵じゃない」

「それを私は判断できません」

「いやいや!いまあのおっきいのに攻撃したでしょ!?」


 仮面越しなのによく声の通る人だな。スラッとしているのに胸はある。声も高いし女のようだが、彼女が近づくたびに俺は距離を取るために後ずさる。


「ハッ……!まさか仲間だと思わせて私を後ろから襲う気ですね!」

「違う違う!アンナさんに頼まれてキミの護衛に来たの!」

「アンナさんがそんなことをしてくれるはずがありません!あと、助けるなら襲われた直後に来てください!」

「うッ……」


 痛いところを突かれて言葉を失う仮面女性。表情が見えないけど、図星を突かれて“ウッ……”ってなってそう。

 そんなことをしていると、姿が露わになったままの舌が俺たちを攻撃してくる。仮面女性の方は俺が避けなければ無害だったとは思うけど、今の攻撃を避けながら指さす。


「ほら!私も攻撃されてる!」

「はいはい。そうですね」

「まったく信用されてない!?」


 むしろどこでどう信用しろというのか……。


「はぁ……。お姉さん、お名前は?」

「え?」


 敵対象が増えたからか、舌の攻撃が少し範囲攻撃に変わった。新たに増えた舌を横に薙ぐような攻撃を避けつつ、自己紹介を始めた。


「私は“お掃除メイド”のマナと申します。で、お姉さんのお名前は?」

「今やる事かなぁ!?」


 そのツッコミには全面的に同意します。だけど、俺は自分の意思を貫く。


「あの敵と同じような仮面を付けておいて名前も名乗らずに信用してくれだなんて……そんな都合のいいことある訳が無いでしょう!」

「わかった!やるよ!」

「嫌々やられても説得力がありません!」

「ねぇ!今、戦闘中なんじゃないのかなぁ!?」


 ちなみに、馬鹿なやりとりをしている間に敵の姿は掻き消えていた。

 それでもパターンの変化したデスマスクレオンの攻撃を避けられているあたり、彼女が敵である可能性は否定できない。


「やるなら全力で!可愛らしく!自分の全身全霊を掛けて媚びるように!」

「出来るか!!」


 全力のツッコミと同時に避けそこなった舌先に捕えられる彼女。

 どこまでが演技なのかを今の今まで確認しようとしていた俺だが、とっさの判断で舌に接近。彼女が連れ去られる前に舌を蹴り上げて拘束を解除してあげた。


「はぁはぁはぁ……」


 この程度の動作だけで息が切れるとは……。暗闇でギルドプレートがほとんど見えないけど、シルバー程度の奴を寄こしたとかじゃないよな?


「息上がるの早すぎません?」

「避けながら……、喋るの……、どんだけツラいと思ってるの!?」

「ああ。最初の方はツラいですよね」

「最初とか……関係ない……」


 まぁ、俺もヒルダたちとの日々の訓練時にお喋りしながらやってないとできなかっただろう。よくある修行パートと違ってツラいよりも楽しかったなぁ。目の保養って大事。


「でも、相手方は休ませる気ないみたいですよ」

「これ……でも……信用してないの?」

「え、最初から信用してなかったわけじゃありませんし」


 そう言いながら、デスマスクレオンとカタリナの間に立つ。

 姿が見えているまま舌が俺に向かって射出され、俺はさっきまでと同じように魔法を発動させる。


「『サモンフラッシュ』」


 舌と魔法がぶつかり合い、攻撃が中断。先ほどとの違いは、デスマスクレオンが苦痛の叫びを上げている事。

 大きな声が暗闇に響き渡り、空気をビリビリと震わせた。


 痛みに耐えているためか相手の動きが止まる。倒す時には良い停止時間なんだけど、倒すのが目的じゃないから暇な時間だな。


「信用してたならなんで疑ったの?」


 ようやく息が整ったのかカタリナが立ち上がる。表情は仮面で見えないけど、口調は怒ってる。


「いやぁ、助けに来てくれた人を疑うのは様式美かなって」

「ちょっ!?」

「あと、信用していたわけじゃないです。敵でも味方でもとりあえず疲弊させて様子を見ようとしていただけです」

「それ……信用していたとは言えないんじゃ?」

「だから、信用していないわけじゃないんです」


 言葉って難しいよね。

 心に優しさを求める俺は相手が敵だろうが味方だろうが、命を取るつもりは無い。初対面のカタリナに対しても、デスマスクレオンからの攻撃は守り切るつもりだった。だなんて、そんなこと言っても“それこそ”信じないだろうし


「グダグダと戦ってきましたが、終わりが近づいてきましたよ」

「え?」


 カタリナは俺の言葉の意味が分からず疑問符を浮かべる。

 そして、すべてを終わらせる声が後ろから聞こえてくる。


「そこの二人、大丈夫か!オレはギルドから斥候として来たカロー……テッ!」


 自己紹介の途中、彼の声は風を切る音と地面に何かが衝突した轟音に阻まれる。

 あまりの衝撃に俺とカタリナの足元も少しグラつき、事情を知らないカタリナは心配そうに衝撃地点であるカローテの方に顔を向けた。


「な、なに!?今の衝撃!?」

「援護射撃ですよ~」


 ただし、予想よりも妙に力が入ってて、捕えるべき対象が死んでないかが心配だけど。


「これが援護射撃!?って、カローテ!大丈夫!?」


 カタリナがカローテに近づこうとしていたので腕を掴んで食い止める。

 彼女はそんな俺の行動に勢いよく振り返り、怒りをあらわにする。


「どうしたの!?」

「あれ……見えますか?」

「あれってどれ!?」


 俺が指さす方向、カタリナは何もない暗闇の中を見るために顔を動かす。そこで先ほどまでいたはずのモノがいなくなっていたことに気づく。


「え?あの……魔物は?」

「召喚獣って保有魔力量を超えたダメージを受けた時、または召喚主の気絶、もしくは召喚主が命を落とすと持ち主の手に戻らずにその場で石に戻る仕組みになっているそうですね」

「それは知ってるけど……。え?」


 信じられないモノを見るようにカタリナの顔が倒れているカローテの方に向く。


「そこで倒れているのが召喚主です」


 ようやく釣れたと俺は安堵し、カタリナを置いて暗闇の中を歩く。

 夜闇に紛れ、僅かに生えた草に隠れるように落ちていたそれを拾い上げたところで、今回の戦闘は終了を迎えた。

 久しぶりにすごく疲れた。

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