ラブコール

蒼山皆水

ラブコール


「はぁ……」

 制服のままベッドに寝転がりながら、私は天井を見つめてため息をつく。


 鹿野かのくん、この前、告白されてたよ。

 友人から聞いたその台詞が脳内にリフレインする。


「うあああああああああ」

 私は奇声を発しながら、左右に身体を九十度ずつ交互にひねってごろごろする。


 着たままの制服のスカートにしわができるけど気にしない。お母さんに見られたら怒られそうだな。誰がアイロンかけると思ってんの!? って。


 私、一宮いちみや小糸こいとは、絶賛片想い中だ。

 相手は、この前告白されていたという鹿野とおる


 幼馴染とまではいかないけれど、中学の時に知り合って、同じ高校に進学した、よく話す仲の良い男子。


 バドミントン部で、団体戦のレギュラーに入っている。ゲームと漫画が好き。短髪が似合う。A型で、誕生日は十月二日。てんびん座。


 よく話すとはいえ、学校以外で二人きりで会ったりしたことはない。

 お互いに遠慮の必要ない、気心の知れた関係。それだけだ。


 話すうちに惹かれていって、たぶん好きなんだろうなって思ったのが去年、高校一年生の夏くらい。

 時折みせる優しさにキュンときた。よくある話だ。


 鹿野くん、この前、告白されてたよ。

 今日の昼休み、そう教えてくれた友人は、恋バナが大好きなキャピキャピした女の子だ。


 私が片想い中ということを知っていて、とても嬉しそうに報告してきた。その顔と声が完全に楽しんでいた。


 余計なことを言いやがって。おかげで私はこんな有様だ。と、ベッドを転がったせいで身体に巻き付いたシーツを元に戻しながら、心の中で恨み言を呟く。


「……どんな子なんだろう」

 あいつに告白した女の子は。

 きっと可愛い子なんだろうな……。


 わかっている。もたもたしていたのが悪いのだ。

 私の方が前から好きだったとか、私の方があいつのことをたくさん知っているとか、そんなことは関係ない。恋に順番なんてないのだ。


 鹿野とは、よくメッセージのやり取りをする。

 中学のときの同級生の名前を挙げて、あの二人、付き合い始めたらしいよ、というなんでもないメッセージを、鹿野が去年送ってきたのが始まりだ。


 そこから週に何度かメッセージを交わすようになった。途切れることはなかったけど、頻繁にやり取りをしているわけでもない。


 そのメッセージの履歴を確認する。

 最後の会話は、私の送った写真だった。


「失敗した」という文章と一緒に、黒焦げになったホットケーキの画像を添付した。ちなみにギリギリ食べられた。

 三日経っているが、未だに返信はない。


 告白してきた子とデートにでも行っているのだろうか。

 そんなことを考えて、勝手に凹む。


 上手くいかなければいいのに。

 自分の中に、こんなに醜い感情があるなんて、思ってもみなかった。

 再びため息をつく。


 メッセージをさかのぼっていると、

「あ」

 間違えて通話のボタンをタップしてしまった。


「ヤバ。待って待って」

 慌てて取り消そうとするが、鹿野はすぐに応答した。ちょうどスマホをいじっていたのだろう。


〈もしもし〉

 ダルそうな低音。


「よ。元気?」

 とりあえず話してみる。落ち着け、落ち着くんだ、一宮小糸。


〈おう。どした?〉

 いつも通りの能天気な声だ。

 私がこんなに悩んでるってのに、なんかムカつく。


「暇だったから」

 特に用事もないのにこうして通話してるのだ。いい加減、私の気持ちに気づいてほしい。いや、誤操作なんだけどね。


〈……切るぞ〉

「待て。早まるな。親御さんが悲しむぞ」

〈俺は今忙しいんだよ〉


「どうせゲームか漫画でしょ」

〈まあな〉


「じゃあ良いじゃん。暇なんだったら構ってよ」

〈別にいいけど〉

 やった。言ってみるものだ。今のはちょっと勇気が必要だった。頑張ったな、一宮小糸。


 私と鹿野は、普段教室でしているような、なんでもない会話を交わす。

 さっきまでのモヤモヤした気持ちがだいぶ薄まった。

 私はとても単純だ。


「そういえばさ、この前告白してきた子とはどうなったの?」

 タイミングを見計らって、私はぶち込んだ。

 一通り雑談を終えて、聞くなら今だと思ったから。


 言ってから、それを聞くために通話したみたいになってしまった、なんて思ったけど、時すでに遅し。


〈なんで知ってんだよ〉

「女子の情報網なめんな」

 私は開き直る。


 私があんたのことを好きだって、何人かは知ってるからね。そういう情報は嫌でも入ってくるんだよ。


〈こえ~〉

「で、付き合うの?」

 聞くならそこまで聞いてしまえ。こういうことは勢いが大事だ。


 付き合うことになった。そう返ってきたらどうしよう。今まで通りに気軽に話しかけたり、メッセージを送ったりできなくなるのではないか。


 そもそも、鹿野からメッセージが返ってこないことが、何よりの証拠なのではないか。

 考えれば考えるほどに、思考はネガティブに染まっていく。


 だから、

〈は? 付き合わねえよ〉

 そう言われて安堵が押し寄せた。それを声に出さないように、喉に力を入れる。


「どうして? もったいないよ。あんたみたいなバカを好きになってくれる子なんて、他にいないでしょ」

 そんなことないけどね。


 というか、私は何を言っているのだろう。後押ししてどうすんの。これで鹿野がその子と付き合ったら、たぶん一生後悔するじゃん。


〈さりげなくバカって言うな。でも、話したこととかねえし、その人のこと、全然知らねえから……〉

 もっともなようにも聞こえるし、適当に理由をつけているようにも聞こえた。


「じゃあ、よく知ってる女の子だったら付き合うの?」

 例えば、私とか。


〈そういうわけじゃねーけど……〉

「はっきりしろし!」


〈うるせえよ。それより、お前こそどうなんだよ〉

「どうって?」


綿屋わたやと付き合うことになったんだろ?〉

「はぁ?」

 自分でも驚くくらい大きな声が出た。


〈そ、そんな大きい声出すなよ〉

「いや、だって……。ええ? それ、どこ情報?」


〈部活の男子。綿屋についに彼女ができたらしいって盛り上がってた。で、その相手がお前って誰かが言ってた〉


「えっと、たしかに、綿屋くんには告白されたけど、私は断ったよ」

 綿屋くんはテニス部の部長で、明るい人気者。

 そんな人が私のことを好きになってくれたのはすごく嬉しいんだけど……。


〈……マジか。お前こそもったいなさすぎだろ〉

 スマホの向こうの鹿野は、なぜか嬉しそうに笑っていた。


「あ! それめっちゃ失礼だからね!」

 バカにしやがって。


 断ったのは鹿野のことが好きだからだよ、なんて口を滑らせてしまえたら楽なのにな……。


〈いや、失礼なこと先に言ってきたの、一宮なんだけどな〉

「たしかに」

 二人して笑い合う。


 もしかすると、鹿野がメッセージを返さない理由は、私に彼氏ができたと思ったからかもしれない。案外そういう真面目なところがある。違ってたら恥ずかしいから聞かないけれど。


〈ってか、月曜までの課題終わった?〉

 気のせいかもしれないが、無理やり話題を変えたように思えた。

 恋愛の話をするのは、なかなかエネルギーが必要なのでありがたい。


「英語の訳のやつ?」

〈そうそう。それ〉


「全っ然終わってない。終わる気配もない」

〈俺も〉


「でも明後日までだから大丈夫でしょ」

〈やー、明日は一日練習試合だから、今日終わらせないときついんだよな〉


「あらら。ご愁傷さまです」

〈まだ死んでねえわ!〉


「あはは。これからやるんでしょ。通話してて大丈夫なの?」

 本当はもっと話していたいけれど、邪魔になってしまっては申し訳ない。

〈そうなんだよな。これからやんなきゃなんだけど、すっげぇ眠い〉


「そっか。おやすみ」

〈ちょ、無慈悲か!〉

 こうして、テンポの良いやり取りができることが、たまらなく嬉しい。


「私より慈悲深い人間は滅多にいないよ」

〈七十億人くらいいるわ。ふぁぁ~。ちょっと仮眠する〉

 あくびがかわいいな、この野郎。


「それ朝まで寝ちゃうやつじゃん」

〈それな。っつーわけで、二十分経ったら起こして〉


「どうしよっかな」

〈なんか適当にメッセージ送ってくれればいいから。よろしくおやすみ頼んだマジで〉

 最後にそう言って、鹿野は通話を切った。


 ずるい。私が断れないことを知ってて言っている。

 まあ、頼られるのは嬉しいからいいか。私もちょろい女だ。


 それから十分くらいが経って、鹿野にどんなメッセージを送ろうかを考え始める。

 まず入力したのは『あ』。あまりに素っ気なさすぎる。却下。


 次は『起きろ』。これもつまらないな。

 別に面白さを求めてるわけじゃないんだろうけど。


 じゃあ『ごめん、忘れてた。二時間経ってるけど、さすがにもう起きてるよね』はどうだろう。


 寝ぼけた状態でこのメッセージを見てくれればいいけど、時間を確認した後に見られたら、私がただの変な人になってしまう。リスクが高い。


 あーでもないこーでもない、と考えているうちに、五分が経っていた。


「あ、そうだ」

 私は頭に浮かんだ文字を入力してみる。


 これだったら、あいつも一発で飛び起きるだろうな。

 メッセージを見た鹿野の顔を想像してニヤニヤする。


 って、ダメに決まってるでしょ。何考えてるの私は。

 うああ、でも。このまま送ってしまおうかな……。


 私は『好き』と入力された画面を見つめる。


 頼まれた時間までは、あと五分。

 あと五分経って、他に思い浮かばなかったら、送ってしまおう。

 頑張れ、一宮小糸。

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